
【掌編小説】銀河の沖漬け─あるいは惑星移住計画
惑星カラマリでは、連日、巨大宇宙船接近のニュースでもちきりだった。
こちらからの光信号に対する応答はなく、数日中にカラマリの大気圏に突入する計算だ。
『難破船、まもなく墜落!』
シーマウントタイムズ紙の敏触腕記者は、八本腕をフル活用しながらタイプライターを叩き、センセーショナルな見出しを躍らせた。
はたして宇宙船は海中へ突っ込み、激しい水蒸気爆発を起こした。
スクイード類が暮らす水深500mの海底都市においても少なからず水圧変動が生じたが、皆、地下シェルターに避難し、難を逃れた。
早速、調査チームにより、砕け散った宇宙船の捜索が始まった。
乗員の遺体と思われる欠片が回収され、異星人は全長約1.7メートルと巨大で、胴体のてっぺんに独立した頭部が乗っており、先端が枝分かれした四肢を持っていることが判明した。
ほとんどの物がメチャクチャに破損している中、「謎の円筒形金属容器」だけが原型を留めていた。
「異星文明の記録媒体か、あるいは未知の動力源か!?」
科学者が色めき立つ中、その容器が開封された。
中から現れたのは、キラキラと輝く琥珀色の液体。その中に、巨大ではあるが、見覚えのある魚の肉片が浸っていた。
その芳醇な香りは科学者達を魅了した。
直ちに料理専門家が呼ばれ、彼はさほど躊躇いなくその肉片を口に入れた。
「……甘味と辛味の絶妙なバランス。動物性と植物性の旨味が織りなす奥深い味わい……我々が食べてきた生魚は一体なんだったんだ?」
ほどなくして、この船は約500年の時を超えカラマリにたどり着いたとの分析が報告された。
『究極の保存食は究極の美味!』
このニュースは世界中の関心を集め、科学者はその保存技術を、料理専門家はその味を再現することに腐心した。
半年後、植物性タンパク質を塩と共に発酵させた調味液で魚を煮込み、金属容器に密封して直ちに冷却することで、無菌状態で外界から完全に遮断された保存食が再現された。
缶詰技術の解明はスクイード文明に飛躍的進歩をもたらすことになる。
きっかけは、ある科学者の一言だった。
「それにしても美味すぎる……この調味液の中で泳ぎたいくらいだ」
彼らは、調味液をオゾン処理により無菌化するとともに酸素含有量を極限まで高め、「生命維持液」へと昇華させた。
そして、自ら缶詰となり、宇宙の極低温下でコールドスリープを図る実証試験を開始した。
50年後、生命維持缶詰の実証試験から目覚めた科学者達は全員、心身共に密封前と変わらぬ状態だった。
「……よく寝た。むしろ、肌にツヤが戻った気がする」
目覚めた一人が放ったこの一言により、惑星移住プロジェクトが決定的なものとなった。
第一次移民団の缶詰が、特殊セラミックボールの中に封入され、数千万個のボールが銀河各方面へ放出された。
いつの日か、まだ見ぬ惑星の海に辿り着き、新たな文明を築くことを夢見て。
426年後の地球──それはカラマリより遥かに暑い惑星だった。
瀬戸内海国立公園において、多数の火球が観察された数日後、底引網漁船が数十個の缶詰を回収した。
漁師はこの異質な輝きを放つ、プルタブのない小さな缶詰を家に持ち帰り、缶切りで強引に開けた。
不思議なことにプルタブは缶の内側に付いていたが、中身は見覚えのある小さな生物。
………… ホタルイカ?
ついさっきまで生きていたかのような艶めかしい透明感と上品な調味液の香りに惹かれて、恐る恐る口にしてみる。
「……え、うまっ」
それは、この世のものとは思えない絶品の沖漬けだった。
翌日、漁師は同じ海域へと漁船を走らせた。