
結婚しなかった“運命の人”たちへ
久しぶりにJUJUさんの
『この夜をとめてよ』を聴いていた。
(2011年発売なので、わたしが25歳のときの曲!)
「『愛してる』っていうあなたの言葉は
『さよなら』よりも哀しい」
20代の頃は
「いや、さよならの方が絶対悲しいでしょ!」と
ツッコミを入れていたこの歌詞が、
40歳になった今、驚くほど五臓六腑にしみわたる。
大人になるって、
こういう切なさや矛盾が、手に取るように
解るようになることなのかもしれない。
婚活をしていると、
わたしたちはつい「結果」という名の
コスパを求めてしまう。
結婚できたか、
付き合えたか、
未来へ繋がったか。
一喜一憂の毎日に疲れて、
「あの時間は無駄だったのかな」なんて
ため息をつく夜もある。
でも、本当にそうだろうか?
人生にはその時々に必要な“運命の人”が
必要なタイミングで現れる。
人を狂おしいほど愛することを教えてくれた人。
逆に、ボロボロになって
「自分を一番大切にしよう」と誓わせてくれた人。
本音で生きるきっかけをくれた人。
自分の中にある傷を見せてくれる人。
苦しかった過去を癒してくれる人。
別れによって、次の人生へ背中を押してくれる人。
たとえ籍を入れなくても、
今はお互い違う誰かと生きていたとしても、
あの出会いがなければ、
今のわたしの深み(と、ちょっとしたシワ。笑)は
存在しなかった。
だから、結婚に繋がらなかった出会いを、
ただの「黒歴史」や「失敗」で片付けたくはないのだ。
その出会いが、
わたしの人生にどんな景色を運んできてくれたのか。
そうやって過去の元カレたちを
脳内で全肯定してみると、
人生は「成功」と「失敗」の二元論ではなく、
豊かなグラデーションでできているのだと気づく。
運命の人とは、
必ずしも左薬指に指輪をはめてくれた人とは限らない。
だから結婚だけが、運命のゴールではない。
出会ったこと、そのものが運命なのだ。
人生のその瞬間、一部の時間を、
一緒に泥だらけになりながら伴走してくれた誰もが、
等しくわたしの運命の人だったのだ。
過去の恋人も、
片想いの相手も、
タイミングが合わなかった人も、
恋愛にならなかった大切な人も。
そんな過去の愛おしい人たちに
心の中で乾杯(感謝)しつつ、
これからわたしの人生を、
またバグらせに、いや、
豊かにしにやってきてくれたご縁を、
全力で楽しみたいと思います!