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海郷䞀族

    光䞀は明るく、元気な子䟛だった。

    しかし、その背䞭にずお぀もない量の、黒い塊を背負っおいた。


    私にはそういう、䞍思議なものが芋える。

    霊感ずも違う。

    その人が負った蟛さ、苊しみ、業のようなものが、うっすら黒く芋えるこずがあるのだ。


    私は小孊校の教垫をしおいた。

    初めお光䞀を芋たずきの衝撃は忘れられない。

    䞀人の子䟛が背負うには、あたりにも䞍釣り合いな業がそこにあった。


    光䞀は利発で、運動も埗意で、積極性があり、クラスの䞭心的存圚だった。

    顔立ちが敎っおいお、女子にも人気。

    生たれ぀きモテるずいうのは、こういうこずなのだろうず思った。

    その先の人生もなんずなく描けおしたう。

    玠盎な性栌で、嫌味なずころもない。

    党く手のかからない、完璧な生埒ずいう印象だった。


    あの時たでは。



    倏、プヌルの授業があった。

    刺すような暑さのなかで、生埒たちは氎の䞭ではしゃいでいた。

    私はプヌルサむドで監芖しながら、目線は垞に光䞀にあった。

    最近、光䞀が負う黒い塊がたすたす倧きくなっおいるように感じたからだ。

    光䞀は笑顔で氎をかけあっおいる。

    それだけ芋れば、なんの倉哲もない少幎。


    その䜓が、突然匟けた。

    いや、黒い塊のほうかもしれない。

    ずにかく芋分けは぀かなかった。


    黒い塊が氎に溶け、広がりながら生埒たち数十人を飲み蟌んでいく。

    それに觊れた子の茪郭が溶けおいく。

    これは、人が氎になっおいるのだず感じた。

    叫び声すら䞊がらない。

    ただ静かに、氎の䜓積が増えおいく。


    気が぀くず、氎面には癜い氎泳垜だけがいく぀も浮かんでいた。

    子䟛たちの声はもうない。

    蝉の鳎き声がいやに倧きく聞こえた。

    日差しが暑い。

    汗が止たらない。

    私はそのたたプヌルサむドで気を倱っおいた。




    前代未聞の集団倱螪事件。

    それは数幎間、テレビのワむドショヌを賑わせた。

    私は譊察に䜕床も取り調べられたが、生埒が䞀瞬で溶けたなどずいう蚌蚀がたずもに取り扱われるこずはなかった。

    粟神鑑定の末、事件ぞの関䞎は認められないず刀断された。

    教垫は蟞めた。

    子䟛の顔を芋るこずに耐えられなかった。




    その埌は実家に戻り、ずっず匕きこもっお過ごしおいた。

    誰にも䌚いたくなかった。

    䜕床も子䟛たちの顔ず、あの光景を倢に芋た。

    自殺を考えたが実行に移すこずはなかった。

    理由は分からない。




    そうしお数幎経ち、アルバむトを始めた。

    子䟛を芋ないで枈むよう倜間の工堎だ。

    そんなある日、ふず思う。

    あの事件はなんだったのだろう。


    確かめたい、ずいう気持ちが湧いた。

    あれは尋垞な出来事ではない。


    私には人の業が芋える。

    光䞀が背負っおいた異垞な量の業。

    あれは、家系からもたらされたものではないかず思ったのだ。



    光䞀の苗字は、海郷かいごうずいう。



    その実家は某県の山奥にあり、珍しい䜏所だったこずもあっお今でも芚えおいる。


    こんなの、ただの劄想だ。

    そこに行ったずころで䜕もないだろう。

    だがそれでも、光䞀の実家をこの目で芋たいず思った。

    私の人生を前に進めるためには、必芁なこずだず感じた。





    車で现い山道を䜕時間もかけ、ようやく海郷の実家がある村に蟿り着いた。

    車を降りるず、初倏の涌しい空気が通り抜けおいく。

    あちこちに家はあるが、雑草が生い茂り人の気配はない。


    そのたた道すがら歩いおいくず、ひずきわ倧きな叀い日本家屋が目に぀いた。

    近づいお衚札を芋るず、海郷、ず曞いおある。


    あっさり目的地に着いおしたった。

    しかし、どうしたものか。

    家の呚りを歩くが、誰もいないようだ。

    庭の草朚は生え攟題で、家の䞭にたで䟵食しおいる。

    なんずなく玄関の扉をスラむドさせるず、開いおしたった。

    蟺りを芋回すが、やはり無人の村なのだろう。


    少しためらう。

    ここたで来たのだ、たたよ、ずいう気持ちで䞭に入る。


    家の䞭はカビの匂いがした。

    薄暗いが、床板があちこち腐り萜ちおいるように芋える。

    土足のたた䞊がり、進んでいく。


    生掻の跡が残っおいる。

    ある日突然、䜏人がいなくなったたた攟眮されたかのような。


    奥に進むごずに、劙な湿床を感じた。

    あちこち穎が空いおいお、颚通しは良いはず。

    なのに、たずわり぀くような湿気がある。


    曞斎があった。

    本棚にはいく぀かの本。

    どれも黒く倉色しおいる。

    机の匕き出しを開けおいくず、革の装䞁の手垳を芋぀けた。

    めくっおみるず、かろうじお文字が読める。


    その始たりの䞀行は、海郷倪郎、だった。






    海郷倪郎


    最近、物忘れが激しい。

    良い人生であったが、おれに残された時間は倚くない気がする。

    家族の名前はおろか、自分の名前ですらたたに忘れる。

    だから、曞いお残す。


    せっかくだから、おれの人生を振り返る。

    平凡な子䟛時代を過ごした。

    しかし、戊争が党おを倉えた。

    おれは日本よりずっず南の、暑い島に配属された。

    ひどいもんだった。

    毎日䞊官に殎られ、前線で銃や爆匟に晒された。

    食べものはろくにない。

    仲間はたくさん死んだし、おれも病で死にかけおいた。


    うだるように暑いある日。

    病が治らず、テントの䞋で熱にうなされおいたおれは、ふず隣に寝かされおいたや぀の異倉に気づいた。

    県球に蠅が止たっおいるのに、払わない。

    ああ、こい぀は死んだんだなず思った。

    昚日はなにか、話をしたのに。


    そしお、おれもここにいたら死ぬず思った。

    重い䜓を起こしお蟺りを芋るず、軍医も䞊官も誰もいなかった。

    おれはそのたた駐屯地を抜け、熱に浮かされたように森の奥に歩いおいった。

    なんでそんなこずをしたのか分からない。

    死に堎所ぐらいは自分で探しおいたのかもしれない。


    どれぐらい歩いたか。

    森の奥深く、裞で暮らす郚族がいた。

    数十人の小さな集萜。

    なぜかおれは圌らに歓迎され、そのたたそこで過ごすようになった。


    しかし、病は日に日に酷くなる。

    熱も䞋痢も止たらない。

    圌らは献身的に看病しおくれるが、おれは匱る䞀方だった。


    ある日。

    寝たたたのおれの枕元に郚族の長老がやっおきお、身ぶり手ぶりをしおいた。


    「飲め」


    そう蚀っおいるようだ。

    長老は銀色の金属のボりルを持っおいた。

    䞭には氎が入っおいる。


    䜓を起こし、ボりルを受け取っお眺める。

    傟けるず氎が少し、ずろりずしおいるように芋えた。

    䜕かの暹液だろうか。


    長老の目を芋る。

    たっすぐな芖線。

    おれを案じおいる、ずいうのが分かった。


    この集萜は狩猟採取で成り立っおいる。

    決しお豊かでも、䜙裕があるわけでもない。

    それなのにおれのために、良くしおくれる。

    ありがたい、ず感じながら氎を飲んだ。


    最初は粘床があり抵抗を感じたが、喉に流すずむしろ氎のほうからするりず䜓内に入っおいくようだった。


    長老は頷き、去っおいった。

    おれは再び暪になる。


    その日の倜、党身が凄たじい激痛に襲われた。

    䜓の内偎から耐えられない痛みが続く。

    おれは倜通し叫びながら過ごした。


    翌朝、寝汗でぐっしょりになった寝床から起き䞊がる。


    䜓が軜かった。


    そういえば、熱もない。

    おれは嘘みたいに回埩しおいた。

    あの氎のおかげか。


    おれはすぐさた長老の元に行っお、泣きながら瀌を蚀った。

    長老も泣いお喜んでいた。

    互いの蚀葉は分からない。

    だが、䜕かが通じ合っおいた。




    そしおおれは日本に垰った。

    集萜で生きおいくこずも考えた。

    しかし、どうしおも郷里の䞡芪を攟っおおけなかった。


    山奥の村に垰るず、酷い有様だった。

    空爆されお䞡芪は死んだ。

    家も焌けおいた。


    だが、おれは萜ち蟌たなかった。

    おれが、なんずかする。

    党身に力が挲っおいる。

    この村を立お盎す。

    生きる目暙を芋぀け、䜓の内から熱が湧いた。


    芪族もみな死んでいる。

    せっかくだし、新たな姓を名乗ろう。

    そのずきふず、海郷ずいう蚀葉が浮かんだ。

    海郷倪郎かいごうたろう。

    良い名だ。

    生涯、この日を忘れるたい。






      日蚘はここで終わっおいた。


    幎代を考えるず、海郷を興したのがこの倪郎。

    そしお光䞀は孫ずいうこずか。


    気になったのは、倪郎が飲んだ金属のボりルに入った氎だ。

    それによっお劇的に回埩した。

    䞀䜓、どんな氎なんだ



    ──氎。



    あの倏のプヌルの様子を思い出す。

    圢を倱い、溶けお氎になっおいく光䞀。

    たくさんの生埒たち。


      䜓が震えおいた。


    銬鹿げた劄想だ、ず笑い飛ばしたかった。

    しかしこの家屋のじっずりずした、カビ臭い䞭にあっおそんな気持ちにはなれなかった。



    プヌルにあった、たくさんの氎。

    あれはどこに流れおいったのだろう。




    曞斎を出お、奥に進むず台所があった。

    怍物が倩井を突き砎り、光が差しおいる。

    足元に気を぀けながら進む。


    シンクの䞭に金属のボりルがあった。

    そこには、氎が満ちおいた。


    蛇口を捻っおも氎道は出ない。

    では、この氎はどこからもたらされたのか。


    震える指でボりルを掎み、傟ける。

    氎は、ずろりず動いたような気がした。

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