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「どうして次女ちゃんばっかり?」長女の一言で気づかされました。


どうも みこみこ です。

二人目を妊娠したとき、何度も言われた。

「上の子ファースト、大事だよ」

職場の仲間からも。

親からも。

友人からも。

そして、私自身もそう思っていた。

私は保育士として働いていたから、兄弟が増えたときに、上の子の気持ちが揺れることがあるというのも知っていた。

赤ちゃんが生まれれば、どうしたって赤ちゃん中心の生活になる。

泣けば抱っこ。

授乳。

オムツ替え。

寝かしつけ。

赤ちゃんのお世話には、どうしても時間を取られる。

だからこそ、

「お姉ちゃんだから我慢してね」

ではなく、

「あなたのこともちゃんと見ているよ」

と伝えることが大切なんだと思っていた。

だから私は、頑張った。

育休中も。

仕事に復帰してからも。

できるだけ長女ちゃんとの時間を作った。

話を聞いた。

一緒に遊んだ。

できるだけ長女ちゃんを優先した。

「上の子ファースト」を意識していた。

……なのに。

ある日、長女ちゃんから言われた。

「どうして、いつも次女ちゃんばっかりママとくっついているの?」

その言葉を聞いて、

「え?」

となった。

私は、長女ちゃんとの時間をちゃんと作っているつもりだった。

寂しくさせないようにしているつもりだった。

でも、長女ちゃんが見ていたものは、私が思っていたものとは違った。

私は「時間」を作っていた

長女ちゃんと遊ぶ時間を作る。

一緒にお話する。

長女ちゃんのやりたいことに付き合う。

赤ちゃんのお世話ばかりにならないように、夫婦協力しながら、長女ちゃんとの時間を意識して作る。

私は、それが「上の子ファースト」だと思っていた。

もちろん、それが間違っていたわけじゃない。

長女ちゃんとの時間は大切だった。

今でもそう思う。

でも、長女ちゃんの言葉を聞いて、ふと気づいた。

私は、

「長女ちゃんとの時間を作ること」には一生懸命だったけれど、
「長女ちゃんと何気なくくっつくこと」を、いつの間にか忘れていた。

次女ちゃんは、まだ小さかった。

泣けば抱っこする。

機嫌が悪ければ抱き寄せる。

眠くなれば膝に乗せる。

寝かしつけるときには、身体をくっつける。

不安そうなら、ぎゅっとする。

それは全部、次女ちゃんを落ち着かせるためだった。

私にとっては「お世話」の一部だった。

でも、長女ちゃんから見たら違ったのかもしれない。

「次女ちゃんは、いつもママとくっついている」

そう見えていたのだと思う。

長女ちゃんとの時間はあった。

でも、触れ合いは?

そう考え始めると、いろいろなことに気づいた。

長女ちゃんとは一緒に遊んでいる。

話もしている。

出かけることもある。

でも、

膝の上に座らせる。

何となく隣に座ってくっつく。

くっついて寝る。

用事もないのに抱きしめる。

頭を撫でる。

そういう「何でもない触れ合い」は、どれくらいあっただろう。

思い返すと、思っていたより少なかった。

私は長女ちゃんに、

「ママはあなたとの時間を大切にしているよ」

とは伝えていたのかもしれない。

でも、

「ママはあなたにふれあいたいよ」

ということは、十分に伝えられていなかったのかもしれない。

「上の子ファースト」を間違えていたの?


ここで、

「じゃあ、上の子ファーストなんて意味がないの?」

と思うかもしれない。

私は、そうは思わない。

むしろ、上の子ファーストは大切だと思っている。

ただ、

「上の子ファースト=上の子との時間を増やすこと」だけではないんだな。

と、実際に二人の子どもを育ててみて感じた。

子どもによって、欲しいものは違う。

たくさん遊んでほしい子もいる。

話を聞いてほしい子もいる。

自分でやりたい子もいる。

そして、

「ママとくっつきたい」

という子もいる。

長女ちゃんが本当に求めていたものが「ふれあい」だったのかは、私にも分からない。

これはあくまでも、私が長女ちゃんとの生活の中で感じたことだ。

でも、あの一言を聞いて、

「私はこの子に何をしてあげるかばかり考えて、この子が何を欲しがっているのかを見落としていたのかもしれない」

と思った。

ワンオペになって、さらに気づいた


そして、ワンオペで二人を見るようになってから、そのことをさらに実感するようになった。

二人の子どもを一人で見ていると、本当に余裕がない。

次女ちゃんが泣く。

ご飯を食べさせる。

長女ちゃんが話しかけてくる。

次女ちゃんを抱っこする。

お風呂に入れる。

寝かしつける。

その繰り返し。

次女ちゃんが泣けば、私はすぐに抱っこする。

「どうしたの?」

「大丈夫だよ」

そう言いながら、自然と身体をくっつける。

一方で長女ちゃんには、

「ちょっと待ってね」

「今、次女ちゃんのお世話してるから」

と言ってしまう。

もちろん、それは仕方がない場面もある。

でも、だからこそ気づいた。

触れ合いって、意識しないと減ってしまうんだ。

特に長女ちゃんは、ある程度自分でできるようになっている。

だから、

「この子は大丈夫」

と、親の側が無意識に思ってしまう。

次女ちゃんには「抱っこ」が必要。

でも、長女ちゃんには必要ない。

……そんなふうに、知らないうちに線を引いてしまっていたのかもしれない。

でも、これを読んでいるあなたには、自分を責めてほしくない


ここまで読んで、

「私も上の子との触れ合いが足りないかもしれない」

と思った方がいるかもしれない。

でも、どうか自分を責めないでほしい。

私自身も、この記事を書きながら過去の自分を責めたいわけではない。

あのときの私は、あのときの私なりに、一生懸命だった。

「長女ちゃんを寂しくさせたくない」

そう思って、できることをしていた。

それは間違いなく、長女ちゃんを大切に思っていたからこそだと思う。

育児って、後から振り返ると、

「あれもできたかもしれない」

「こうした方がよかったかもしれない」

と思うことがたくさんある。

でも、そのときの自分には、そのときの精一杯がある。

だから、

「もっと触れ合わなきゃ」

と、今度は別のことを頑張りすぎる必要もないと思っている。

できる日もあれば、できない日もある。

余裕がある日もあれば、

「今日はもう無理!」

という日もある。

それでいい。

じゃあ、私はどうする?


長女ちゃんが隣に来たら、少しくっつく。

膝に乗ってきたら、そのまま座らせる。

寝るときに近づいてきたら、ぎゅっとする。

何でもないときに抱きしめる。

そんなことを、少し意識するようになった。

でも、それも「毎日ちゃんとやらなきゃ」という新しいルールにしたわけではない。

できるときにする。

気づいたときにする。

それくらいでいいと思っている。

そして、もう一つ。

長女ちゃんが大好きなものを、一緒に楽しむ。

ということで。

今度、長女ちゃんと一緒に、

名探偵プリキュアを観に行きます。

「上の子のために何か特別なことをしなきゃ」

ではなくて。

ただ、

「ママと一緒に行きたい!」

と思ってくれる場所に、一緒に行く。

大好きなものを見て、一緒に笑って。

「楽しかったね」って帰ってくる。

そんな時間も、きっと大切なんだと思う。

二人目を妊娠したとき、

「上の子ファースト、大事だよ」

と言われた。

私はその言葉を守ろうとした。

でも、長女ちゃんから言われた、

「どうして、いつも次女ちゃんばっかりママとくっついているの?」

という一言で、立ち止まった。

私は「上の子ファースト」をしていた。

でも、

「長女ちゃんを見る」ことはできていただろうか。

今も、答えは分からない。

これからも、分からないことだらけだと思う。

それでも、長女ちゃんの一言に気づかせてもらったことを大切にしながら。

今日はぎゅっと抱きしめて。

明日は一緒に笑って。

そして今度は、長女ちゃんの大好きなプリキュアを一緒に観に行こう。

「ママと一緒に行けて楽しかった」

そう思ってもらえたら、それで十分なんじゃないかな。

これも、子育ての思い出になるよね。



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