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金沢の兄のボランティアの話など

    みけ*るーちぇ

    私には3人の兄がいるが、9月の彼岸前のこと石川県に住む次兄が松本の友人と会った帰りのついでに両親の墓参りに来た。
    長兄と三番目の兄は近所に住んでいて時々会えているが、次兄とは数えて見れば7年ぶりだ。

    前日に、できれば皆さんの顔を見られたらいいな?とLINEがきて、大体の到着時刻はわかったが後は不明。
    長兄は用事があるので会えない。急だものね。
    当日、次兄の到着を待っていると、フルサトの駅に降りたとLINEあり、お墓に行ってからおウチに行きたいと思います、よろしく😊
    すでにお寺へ徒歩で向かっているようだ。
    まず駅に迎えに行きお店でと三番目の兄と話してたのだが、おウチって私のうちデスね😅
    上の兄2人は、子供の頃からだいたいこんな感じ。

    下の兄も家に来て、リビングで能登半島地震の話を聞いた。
    あの時は心配でLINEすると、夫婦お揃いのヘルメットを被って車庫に避難していた。
    子供達と孫達は遠くで暮らしているので無事だが、子供達はかなり心配しただろうと思う。
     金沢なので能登ほどではないが、兄の家はブロック塀が倒壊し屋根瓦が壊れ、室内の壁が剥がれ落ちたり物が散乱する被害はあったようだ。
    その修理の順番はまだ回ってこず、応急処置で凌いでいる、屋根の真ん中はガムテープで合わせておけば雨漏りしないよと笑っていた。

    次兄は一段と痩せて、鼻筋もここまで細かった?と思うほど。
    年を取ったなと思ったけれど、その割にとても明るく元気な様子。

    それは多分、兄が4月から7月末まで能登でボランティア活動に従事し多くの肉体労働をこなしたからではないかと思った。

    そうしたボランティアをするのは初めてだったろう。
    定年退職して時間はあるが、行く時は食料や交通費などはもちろん自己負担、体育館のような場所で寝ることが多かったそうだ。
    がれきの撤去や災害ゴミの処理などをしていたようで、荷を積んだ車を運転する写真をLINEで送ってきたことがある。

    倒壊した建物の中を歩くのはすっかり慣れてしまったよと、明るく言ったけれどちょっと感慨深げに見えた。なかなか元通りにならない状況を思ってのことではないか。

    仮設住宅にも入ってみたけれど、とても狭い!長くは住めない、俺は住みたくない、と心底言っていた。
    能登は平らな土地が少なくて、地滑りの被害もあって仮設住宅は海ぎわに立てるしかなく、海岸が隆起した場所に建てたたものもある、もう一度地震があったり津波があったりしたら最初に被害を受けるだろうなとも言っていた。(その後の大雨で、浸水した仮設住宅。心配が当たってしまいました、、)

    神戸など、遠くの地域からボランティア活動に参加する人たちの存在、そのためにかかる交通費だけでも多いだろうにと、感謝も表していた。

    誰がどこに行き何をするかという計画は、経験豊かなボランティア活動参加者によって振り分けられ、朝、壁に張りだされた表をみて出かけるとのこと。
    あちこちの被災地に行ってきた有名なボランティアの人がいて、皆が良い形で活動ができるように部屋やトイレなど、何かと気を配ってくれたのだという。
    ピンときたのが前に見た写真。
    兄と笑って肩を組んでいるピカリンと兄が書いていた男性。タフな体格と充実した笑顔が輝いて見え(頭のせいでなく)、只者ではない!と思った。聞くと、やはりその人だった。

    こんな時だけどいろんな人と知り合えて良かったよと言っている兄は、スッキリとしたいい顔をしていると妹は思ったよ😊

    その後話題は移り
    次兄は20代に金沢の住人になり、生まれ故郷はすっかり様変わりしているのだが、また一段と変わっていたことに驚いていた。
    あの辺りに子供の頃こんな店があったんだけどな、と懐かしそうに残念そうに話す兄。

    そこで私のとっておきの場所をおすすめすることにした。
    お寺の近くに小学校へ向かう路地があって、かすかにだが懐かしい雰囲気がまだ残っているのだ。

    家々は新しくなっているが、ところどころ表札に知った苗字があったり、本屋だった家もどこか面影を残している。
    お風呂屋さんがあった横道を覗くのも懐かしく感じるはずだ。
    小学校は2度建て替えられているが建物と庭の位置は同じだ。
    校門前の文具など売っている小さな店は、やっているのか古びていてその場所にある。
    小さな郵便局は、小さな隠れ家的レンタルスペースに変わっているが、でもゆるい上り坂の上なのは変わらない。
    料亭の裏庭への細い通路の入り口は、植物に覆われ今も謎めいた場所に見える。
    地面の起伏やカーブ、影や湿度、植物の雰囲気は変わっていないのだ。

    道を抜けた先には今では総合病院が建ち、徒歩で病院に行く時には周り道のこちらを通っていくのが、私の密かな楽しみになっている。

    次兄は、私の話を聞いて帰りはそこを通って帰ることにすると決めた。
    駅まで遠くなるけど大丈夫?と聞くと、おかげですっかり疲れがとれたからと、楽しげに歩いて行った。

    しばらくして「レトロ通り歩いて駅に着きました。聞きしに勝る場所だったねー」とLINE.
    ✌️😄

    次兄と会えるのは今度は、何年後になるかな。その日まで兄弟皆で元気でいようね!

    ⭐️地震に次ぎ大雨の被害も出てしまい、能登半島の人たちが少しでも早く安らげるよう復興をお祈りいたします。

     
     
     
    みけと呼んでください。押しかけ猫のボンはテンカンの病で毎日4種の薬を計9回飲んでいますが、元気にのんびりな日々。 デジタルアート、カラーインクアート、アクリル画など描きます。ID: miciluce 他の作品は→ https://note.com/la_luce7

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