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ちょいちょい書くかもしれない日記(長い睡眠)

    椹野道流

    新入り猫は、家族と別れてからずっと、外で(おそらく)ひとりで生きてきたので、誰かとくっつくとか、寝床を分け合うとか、そういうことに慣れていない。
    たぶん必要性も感じていないのだろう。
    母猫もきょうだい猫たちも、そんな新入り猫をそのまんま受け入れ、無理やり家族の輪に組み込もうとはしていない。
    でも、末猫はバリバリのコミュ強なので、新入り猫ともそこそこ打ち解けている。たまーに、ほんの短時間、同じベッドに入っているのを見ると、ちょっと感動する。
    せっかくの一軒家なので、猫たちには家の中の好きなところで、それぞれが快適なように暮らしてくれたらいいと思っている。
    それでも、たまにはみんなで無理なく集えるといい、とも思う。
    友人がくれたとても頑丈なおもちゃを持ち出して全員と遊んでみたり、おやつタイムを設定してみたりするのはそういう理由からだ。
    新入り猫も、「そろそろおやつの時間かな……」という顔で、仕事部屋に入って来るようになった。いい傾向だ。

    そんな新入り猫だが、私が横になると、すっ飛んできて肩を枕にピッタリ寄り添って、飽きるまで一緒に寝る。
    どういう心境かは本猫のみぞ知るだが、一応、私を信頼してくれてはいるらしい。ありがたいことだ。
    実はここ数日、私はアホみたいに寝ている。
    ドライアイで目がつらいせいもあったが、それ以上に、とにかく身体が休息を求めている感じだ。
    できるだけ睡眠時間をとっているつもりでも、睡眠の質はあまりよくなかったのかもしれない。
    今も、寝入って4時間程度で目が覚めてしまうのだが、ちょうど猫たちの朝の世話やゴミ出し、シャッターを開けることなどをするのにいい時間なので、いったん起き出してあれこれして、大人用のミロなどを飲みつつ布団に舞い戻ることにした。
    なんとも怠惰だが、起きていてもろくに働けそうにないので、諦めて寝ている。
    新入り猫は、そうした二度寝のときも、ピッタリ寄り添ってくれる。
    他の猫たちも、空き場所にのしのしやってきて、一緒に寝てくれたりする。
    僕たちを理由にして、寝ていていいよ……と言ってくれているようで、ちょっと嬉しい。
    父が死んでおおよそ1年半。
    ずっと慣れないことの連続で、新型コロナの後遺症を引きずりながらあれこれ頑張ってきて、やっと少し、気持ちが緩んだのかな。
    実家も手放して、やっと、もう休んでいいんだと身体が認識したのかな。
    そんな気もする。
    目の働きが一時的に制限されているのも、とにかく休めという身体の声かもしれない。
    というわけで、今週いっぱいは自分を甘やかそうと思う。
    ドライアイは、日に4度の目薬のおかげで、少し楽になってきた。

    昨夜、あまりの寒さに思い立ち、おでんを仕込んだ。
    私にとってのメイン具材、大根とコンニャクはたっぷりほしい。
    餅巾着は当然マストだ。
    練り物も好きなものを全部入れたい……と思ったら、大きなアルミ鍋いっぱいになってしまう。
    まあいいのだ、小腹が空いたときに食べ続けるので、特に問題はない。
    年の暮れにさつまいもをたくさんいただいたので、副菜用に、小鍋に分けたおつゆで青ネギと一緒に炊いた。
    そういえば、これもまた、父の大好物だったなあと思い出した。

     
     
     
    猫に仕えたり、専門学校で解剖学や法医学、公衆衛生学を教えたり、たまに医師のお仕事も。メインのお仕事は小説家です。「祖母姫、ロンドンへ行く!」(小学館)、「最後の晩ごはんシリーズ」(角川文庫)、「鬼籍通覧シリーズ」(講談社文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)など。