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みずからとおのずからのあいだで、パラダイムをゆさぶる

    ビジョンやパーパスを掲げるとき、それは「今の自分が信じたい未来」でもある。

    けれど、少し時間が経つと、その言葉が自分の手を離れ、別の意味を帯びはじめる瞬間がある。

    今回の記事は自己紹介を兼ねて、そんな「ズレ」や「ゆらぎ」を手がかりに自分のパラダイムを見つめ直す試み。



    自己紹介(2025年12月27日修正)

    Vision

    人が「自分らしく力を発揮し、充実して生きられる」ことを実現したい。

    哲学でいう“ユーダイモニア(善き生/幸福)”の実現。

    誰かが押しつける理想ではなく、それぞれが自分の感覚で「よく生きている」と感じられる社会をめざしている。

    Purpose

    「自律的に動けること」を支える。

    ユーダイモニアを感じるには、「自分の意思で動けている感覚」が欠かせない。

    とはいえ、独りよがりでも虚しくなるだけ。「世界から必要とされている実感」も大切。

    自律は、自分の意志で選択して行動しているという感覚と、周りから促され突き動かされる感覚の両立している状態だと思う。

    行動の結果を周りの環境や社会のせいにせず、自責として考えられることが自律の表れだと考えている。

    ユーダイモニアに必要な、自律的に動くことを支えたい。


    Mission

    個人の自律を支えるために、「環境」「人」「関係性」を整える。

    ① 組織開発・デザイン(環境)

    構造や制度の観点から、安心して挑戦できる環境を形づくる。

    ② 人材開発(人)

    リーダーやマネージャーには、自律を促す姿勢と関わり方を。

    メンバーには、自己理解や強みの発見、そして「はじめて」を応援できる力を。

    ③ 対話・相互理解(関係性)

    関係の質を高め、信頼と安心を育て、挑戦が生まれる土壌をつくる。


    最近気になっていること

    パラダイム

    最近、「パラダイム」という言葉をよく考えている。

    パラダイムとは、世界をどう見ているかという“ものの見方の枠組み”のこと。

    トマス・クーンが科学史の中で用いた言葉で、常識や前提、価値観など、

    無意識のうちに世界を理解するために使っている“レンズ”のようなものだと思っている。


    成人発達理論

    そして、成人発達理論。

    これは、ロバート・キーガンらが提唱した、人の内面的な発達段階を示す考え方。

    発達とは「より多くのものを“対象として見られるようになること”」とされていて、

    以前は自分と同一化していたものを少し離れて見られるようになる、

    つまり、意識のフレームが広がることを意味している。


    縁起

    さらに、仏教の「縁起」という考え方に出会うと、

    その発想はもう一歩深くなる。

    縁起とは、すべての物事は独立して存在するのではなく、

    他との関係によって成り立っているという教え。

    自分の考えや行動も、他者や環境との関係性のなかで生まれている。

    つまり、「完全に自分で決めている」と思っていることも、

    実は数えきれない“縁”に支えられている。


    気になることはつながる

    この3つの視点――パラダイム、成人発達理論、縁起――を並べてみると、

    「自分」という存在の境界がだんだん曖昧になっていく感覚がある。

    どこまでが自分で、どこからが世界なのか。

    その線は思っているよりもずっと流動的で、にじんでいる。


    弱さ考

    そんなことを考えていたときに、

    井上慎平さんの著書『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』に出会った。

    そこに登場する「みずから」と「おのずから」という言葉の対比が、とても印象に残っている。


    「みずから」は、意志をもって行うこと。

    「おのずから」は、自然とそうなること。


    パーパスのゆらぎ

    自分のパーパス──「自律的に動けることを支える」──を改めて見直すと、

    それは明らかに「みずから」の側に立った考え方だったと気づいた。

    意志や選択、主体性といった概念を大切にしてきたけれど、

    どこかで「おのずから」動き出してしまう力も、

    人の中には確かにあるように思えてきた。


    意志をもって選び取ることの先に、

    自然に、あるいは流れに導かれるようにして動く瞬間。

    そこには、力みも、コントロールもない。

    それでも、確かに何かが起こっている。


    最近は、その“おのずから”に惹かれている。

    人が「自律的であること」に価値を見出すのと同じくらい、

    「自然とそうなっていく流れ」に身を委ねることにも、

    何か大切な意味があるように感じている。


    パラダイムをゆさぶられている

    もしかしたら、自分が掲げているパーパスは、

    すでに少し古びはじめているのかもしれない。

    けれど、その矛盾こそが、

    次のパラダイムへの揺らぎのサインでもある気がしている。


    「みずから」と「おのずから」のあいだで、

    そのゆらぎを感じながら生きていきたい。

    自分のパラダイムを、少しずつ揺さぶりながら。


    パラダイムの揺らぎのその後(2025年12月27日追記)

    「自律」の意味を新たに知った。

    「自」は自分で、「律」は世界のことを指しているらしい。

    つまり、自律は「みずから」と「おのずから」のあわいに存在するということ。

    自律という言葉を選び取ったことは、何も間違っていなかったと気づけた。


    パラダイムの揺らぎの落ち着き(2026年2月20日追記)

    みずからの「好奇心」「場へのコンプレックス」「道草への憧憬」

    おのずからの「ご縁」「お誘い」「巡り合わせ」

    そのあわいとして、人生後半のリスポーン地点として、副業個人事業主として活動をはじめました。


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    共に考える人/みちくさくう代表。複数人で何かを始めたり、変えたりするときに、一緒に考える仕事をしています。企画と計画は一緒に。実行は原則、あなたたちで。兼業会社員。 SE/PM→新規事業→人材・組織開発+みちくさ なう アニメ/メダカ/スキー

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