
2.5秒に一度、あなたに会う 〜科学の目で見た、織姫と彦星〜
七夕の雨を、あんなに本気で心配していたのは、いつまでだっただろう。
小学生の頃、紙芝居で初めて織姫と彦星の話を聞いた。一年に一度しか会えない、ふたり。語り手のおばさんが最後のページをめくったとき、胸がキュッとなったのを、いまでも覚えている。
だからあの頃の私にとって、7月7日の天気予報は一大事だった。雨が降ったら、ふたりは会えない。夕方、西の空に雲が出てくるだけで、そわそわした。てるてる坊主を、誰のためでもなく、空のふたりのために吊るした年もあった気がする。
今日は、どうやら晴れるらしい。
空を見上げて、ほっと胸をなでおろしている子が、今夜もきっとどこかにいる。あの頃の私みたいに。
でも、大人になった今、ふと思うことがある。
織姫と彦星って、本当に「一年に一度しか会えない、かわいそうなふたり」なんだろうか。
織姫は、こと座のベガ。彦星は、わし座のアルタイル。夏の夜、天頂近くで光る夏の大三角の、あのふたつだ。
ふたりとも、私たちの太陽と同じ「恒星」。自分の力で光っている星だ。
星の寿命は、人間とは桁が違う。仮に10億年としてみる。人間の寿命を80年とすると──約1250万倍。
ここで、私はちょっと立ち止まってしまった。
寿命が1250万倍ということは、時間の感じ方も、きっと1250万分の1なんじゃないか。彼らにとっての「一年」って、いったいどれくらいなんだろう。
人間の一年は、秒に直すと約3153万6000秒。
それを1250万で割ってみる。
……約2.5秒。
2.5秒に、一回。
「一年に一度の再会」は、彼らの体感では、2.5秒に一回会っているのと同じだった。
2.5秒って、あくび一回分くらいだ。
つまり、あくびをして目を開けたら、もう相手が戻ってきている。いなくなったと思ったら、すぐそこにいる。ほぼ、ずっと目の前にいる。
……それはそれで、ちょっと飽きないだろうか。
織姫だって、たまには「筋骨隆々のオリオン様にお会いしたいわ」なんて、思っているかもしれない。
そう考えると、雨の七夕も、そんなに悲しまなくていい気がしてくる。
子どもの頃は「この雨は、ふたりの涙なんだ」と信じていたけれど。
たとえ100年、雨が降り続いたとしても──彼らにとって、それはたったの4分。
「あら、どこ行ってたの。お手洗いかと思ったわ」
天の川の真ん中で、そんな会話が交わされているのかもしれない。
そう思って空を見上げて、はっとする。
いま私の目に届いているあの光は、たったいまの光ではない。ベガの光は25年前に、アルタイルの光は16年前に、あの星を出発している。何十年、ときには何百年もの旅をして、ようやく私の目に届く。
星は、時間の旅人なのだと思う。
あの頃、雨雲ばかり見ていた小さな私に、教えてあげたい。ふたりは、あなたが心配するよりずっと、いつも一緒にいるよ、と。
今夜、晴れた空の下で。あくびをひとつして、もう一度、見上げてみようと思う。
おまけ:織姫と彦星を、もう少しだけ科学の目で
ベガ(こと座)は地球から約25光年、表面温度およそ9600℃、明るさは太陽の約40倍。実際の寿命は5〜6億年ほどとされる、明るく燃えて早く燃え尽きるタイプの星。アルタイル(わし座)は約16光年、およそ7700℃、太陽の約11倍の明るさで、寿命は10億年弱。本文の「10億年」は、イメージしやすさを優先した仮の数字です。
夏の大三角のもうひとつ、デネブ(はくちょう座)は別格で、1400光年以上の彼方にありながら、太陽の10万倍以上の明るさで輝く超巨星。寿命はわずか数百万年。
天の川は、本当の川ではなく、私たちが住む天の川銀河を内側から眺めた姿。そして七夕伝説のルーツは中国の牛郎織女伝説で、韓国やベトナム、台湾にも似た物語が息づいています。短冊に願いを書く風習は、平安時代に日本へ渡ってきたもの。