
【お朔日参り】2026.9.1
朔日の朝
5:55に起床。
いつものように家の神棚にお水、お米、お酒をお供えし、手を合わせる。
シャワーを浴びて體を清め、毎月1日の慣例でもある玄関の盛り塩を新しくし、身支度をして地元の氏神さまへ出発。
朝6時台、日の出は少しずつ遅くなっている。
暑さは和らいで、秋の気配も感じる。
境内の参拝客はまばらで、いつのまにか自分ひとりになり、しばらく朝の静かな空間を味わった。
お朔日参りを始めたのは2016年5月ごろ。こちらにお伺いするのはもう何回になっただろうか。
朔日だけでなく、春分・秋分、夏至・冬至のほか、誕生日や人生の節目となりそうな日にも参拝してきたから、正確にはわからないが、いつのまにか氏神様への参拝は生活に密着したものになっていた。
ご利益にあやかろうと参っているわけじゃない。
毎回、先月のお礼と今月の誓いをお伝えしている。ただ、これまでの「誓い」を思い返すと、願いに近いようなものもあったのかもしれない。
静かな境内で、そんなことを考えていた。
帰宅して風呂にゆっくり浸かり、その後はコーヒータイム。

この日の豆はラオスのペトラルカ農園のゲシャ。僕のお気に入りの珈琲店のマスターのお話では、エチオピアのゲシャ村原産の苗を、ラオスの農園へ持っていって育てているという。
エチオピアのものより、酸味がまろやかで甘みも感じる。同じ由来の苗でも、育つ地域によって味も違う。土や気候によって出来上がるものも違ってくるんだろう。
そんなことを考えていたらふと、畑で在来種を育てていて、その土地に合う、合わないケースがあったことも思い出した。
珈琲もいつものように、豆を挽いたとき、お湯を注ぐとき、飲んでいるとき、飲み終えたあとのカップに残る香りを楽しむ。
珈琲を飲み干して、カップに残る香りを楽しんでから仕事に向かう。
豆を挽き始めてから飲み終わるまで、20分くらいだろうか。朝のほんの少しの時間だけど、非常にゆっくりとした時間に感じられた。
こうして始まる朔日の朝が、僕は好きだ。
いつもありがとうございます。