
50年の窓 第17章
第17章 Ω研究会全体会議1日目
2037年9月10日
第1回のΩ研究会全体会議は、世界オンラインで開催された。現時点では全研究会構成員の課題への真の理解を推進するために全体会議として開催された。議長、ケントは現状を500名のメンバーに完全な共通理解を持たせる事を当面の目標とすることを提案し、カレンとサムはこれを承知した。
議長代行であるケントは、自分が議長代行であり、今後必要なWGが定義されたのち、WGの議長の互選で正式な議長が選任されることを伝え、
ウクライナの戦時中にロシアで開発されたウイルスが人類全体に大きな脅威になっているという、この事件の概況の説明をした。
更にこのΩプロジェクトは米国の行政機関であるNSAの配下にあり、今回の課題に対する対策を研究開発する活動を方向づけることが、この全体会議の目的であり、更にこの会議の配下の各WGがその課題解決の方法論を具体化することが目的であり、世界の叡智を集めて問題解決をすすめたいと、説明した。また、事の重要性、それが時間との戦いである事を強調し参加者の特段の協力を求めた。
また、各WGが定義されるまでは、参加者が現状についての正しい理解を持つことが極めて重要であり、当面の「現状理解のためのセッション」について、完全に課題を理解するように不明な点は遠慮なく質問をすることを、参加者に強く求めた。
更に、WGの検討、研究結果として得られた方法論を実行するのは、基本的に各国の責務であるが、全世界での対応が必要な事項であるが、各国にそれぞれの事情があり実行が困難である場合も想定され得るため、特に途上国対応を考慮するWGも定義する。
ケントの誘導で、Ω研究会議部門長のサミュエルから短い自己紹介があり、全世界から叡智を集めたこのΩ研究会で統合される知恵が現状の問題と戦う唯一の武器であり、真摯な取り組みを期待する旨挨拶があった。
また、会議冒頭に議長代行指示で、Ωプロジェクトの起点となる大統領の世界公開の演説のビデオを流し、改めて米国の決意をあらわにした。
そしてケントは更に、
「今日初めて話をお聞きになる方もおいでのはずで言葉がすぎるかもしれないので、先に失礼をお詫び申し上げておきます。
今回のΩ研究会議は、過去のどんな国際会議とも異なる、そして気候変動のような遠い将来の脅威を議論する場ではありません。後ほど説明があると思いますが人類の救済を50年という許された時間で、いかに実現するかを議論するために必要と想定される分野の世界の叡智に集まっていただきました。本件に関わる世界の知的精鋭を集めた会議です。お1人、おひとりが欠くことの出来ない精鋭です。
議長として皆さんにお願いがあります。議論に入る前にあらゆる疑問を解決してください。時間は限られていますが、そこに時間を惜しむつもりはありません。我々は、500人全員の叡智を必要としています。よろしくお願いいたします。」
ケントはさらに続けた。
「事件概要説明はこの後、副議長のカレンからありますが、副議長の話の1部と内容が重複しますが、なぜ、これほどに重大な問題でるのかをご説明させていただきます。
Dウイルスに感染することで、4歳以上の人には、自分が感染源になる事以外に大きな症状はありません。この自覚症状が無いということが、WHOの調査で既に世界人口の最大80%が感染してしまっているという重大な事実を招いています。
更に感染者の子が受けた遺伝子変異は優勢遺伝であるためにその方の子は全て我々が「人類の亜種」と言っている好奇心を持たない人になります。亜種とはいえ人との交配は可能であり、対策がなければその孫は全て亜種になり、人類は50年以内に全て亜種になります。
これが意味することは、旧来の人が持つ、すなわち好奇心、探究心を育てる脳機能をもつ人が居なくなることになります。その結果、科学技術をはじめとしてほぼ全ての分野での学問や芸術の分野での新たな進展がなくなるだけではなく、過去の蓄積された叡智を理解できる人が居なくなり、すべての文化の途絶も可能性として予想されています。
予想されるその実態は、想像に過ぎませんが、1932年にオルダス・ハクスリーにより表現された『すばらしい新世界』で表現された様な世界になると考えることが理解しやすいかもしれません。
さらに、事業を行う、起業する、為政者になるなどを望むものが居なくなるとすると、経済活動の崩壊だけでなく、さらに人類の滅亡すら予想されるものです。
この機会に集まった500名のプロジェクトで、この遺伝子の完全削除が実現できなければ、その後の人材では、解決不可能な事態であると理解すべきです。我々に残された時間はわずかであることをどうか認識してください。」
そのケントの説明は、ほぼ嘆願に近いと言えた。
500名のメンバーは詳細がまだわからず、半信半疑ではあるが、かつて無い人類の存続に関わる問題であることを理解した。
議長代行、ケントは質問を求めたが、信じられない出来事に対する恐怖からか、しばらくの不自然な沈黙が続くことになった。
副議長のカレンが、次に用意されたプレゼンテーションを開始した。
プレゼンテーションは以下の項目についてであった。
「全体会議副議長であり、既に決定しているWG01、『遺伝子改変ウイルス研究グループ』の議長のカレンです。
私のバックグラウンドは遺伝子工学ですが、その延長で今回の問題が発生するまでは『自閉症と遺伝子変異の関係』を最近の研究テーマとしていました。」
カレンは、異変への気づきから現在、大統領に世界レベルでの課題設定をいただくまでの経緯と、Ωプロジェクトの今後の体制案について説明した。
カレンは、いかなる手段で今回のDウイルスが開発されたかの説明を始めた。
「ご参集の皆様には、既にご存知のことと思いますが、脳の発達は幼児の概ね3歳までに完了しますが、将来必要になる脳の知識の取得のため、その他の成長のために脳の前頭前野にドーパミンの放出の仕組みがあり、脳内神経網の成長が誘導されます。言い換えれば脳の成長に必要なニューロンのネットワークの成長がドーパミン放出が報酬となり、その体験を反復させたいという動機を生むことで促されます。
通常脳内へのドーパミン放出の理由である指示系統がいくつかあるわけですが、今回の遺伝子障害では好奇心達成に基づくドーパミンを放出するニューラル回路が構成されていないために、3歳までの脳発育の時期に、「知ること」への興味を育てないまま成長することになります。
余談なりますが、私の子供教育の現場体験で申し上げますと、
亜種の子は1見自閉症のような他人との交流を望まないおとなしい性格になるようです。現状で、感染した子供達の様子を観察すると新規アイディアの創出提案に自ら貢献する事は殆どなく、文化的活動にも興味を示しません。決して反抗的なことはなく、どちらかと言えば従順といえます。現時点で9歳以下だと思われますが皆様の周りにも既に相当数の亜種がいるはずです。遺伝子のチェックで確認できますが観察していただくと、その違いがご理解できると思います。
この遺伝子障害は好奇心を持つことの欲が制限されることで、これが脳の育成期に重なることで、好奇心が殆どない脳が完成されます。当然のことですが、これは明らかに脳の機能障害であり、3歳をすぎ脳成長が事実上終わると修復は不可能になります。
Dウイルスは、好奇心に関わるドーパミンの放出の指示系統であるニューロンの軸索の接続を作るプロセスを遺伝子から削除する機能を持ちます。したがって妊娠初期にDウイルスの影響を受けた個体は亜種になります。しかし、3歳以前でDウイルスに感染した子であっても、妊娠してすぐの胚芽の時期にウイルスの影響を受けていなければ、遺伝子障害は発生しません。ただし、感染した以上は感染源になると共にその個体の子への影響は無視できません。
また、この遺伝子変異は優勢遺伝になるので、どちらかの親が亜種であれば子は亜種になります。
また、両親の遺伝子が正常であってもどちらかの親がDウイルスに感染していれば、卵子の受精時以前にDウイルスに接触する事でその子の遺伝子は改変され、亜種となります。
また、Dウイルスは感染しても自覚症状が全く無いので、Dウイルスは最終的には、骨髄等に潜伏してしまうために、ワクチンなどで排除することは容易では無いようです。
さらに重要なことは、好奇心は知識を積み上げる霊長類発生に至る重要な機能であり、進化を研究する多数の科学者には理解されていることですが、好奇心が薄い、無いということが意味することは、その亜種が大人に成長しても探究心とか理由を知りたがるという才能が育っていないため、創造的な業務につくことは多分不可能で、言われたことだけをやる、他人に隷属することに疑問を持たない、というおよそ文化とか学問には無縁の人格になることが予想されます。
人類全体が亜種となった時、社会がどれほどに変わるのか、私の個人的な知識からの予測はありますが、そこは、皆さんの叡智をベースに「亜種社会予測WG」を設定し、議論していただきたいと存じます。そのWGの検討結果にもよりますが、この、今回の問題を解決することができるのは現時点で6歳以上の人々のみであるとすれば、そこでこの問題を急いで解決する必要がある。これを、『50年の窓』と称しておきましょう。」
カレンはこれらのことを24枚ほどのピッチを使い1時間ほどで説明をした。
多くのメンバーが質問しカレンがこれに答える中で、500人のメンバーに共通の理解と、驚くべき事件が発生しているという事実認識が確かなものになりつつある。500人が漏らさず、問題の大きさ、すなわち人類の歴史に関わる重大事である事を心から理解した。この質疑応答は、概ね3時間に渡りカレンは理解を求めるために体力の限りをつくした。
ケントも、カレンと交代を繰り返し、彼の知る事実を元にカレンの説明を補足する努力を続けた。
1時間の休憩の後、再度カレンがマイクを取り、今後の対策案について説明を開始した。
現在起こっている課題を5つに分類し、それぞれの課題の詳細と彼女が考えられる対処について新たなピッチを用意し説明に入った。
「皆さん、お疲れのところ恐縮ですが続けさせていただきます。当面の課題について共通理解をもっておきたいと考えます。その次のステップで課題ごとに参加者を分けて、分科会、WGですね、に分けて課題ごとに専門家に分かれていただき議論を進めたいと考えています。
質問の時間はたっぷり取りますのでご安心ください。
最初に、午前中にご説明した内容の再確認が含まれますが、今後立ち上げてゆくべきWGについて私の今までに気づいた課題について、幾つかご説明しておきます。もちろん1つの頭脳で思いつく課題には限りがありますが、私が思いついたものをご理解いただく中で、500名の皆様の中で、更に貴重な対策を思い付く方々が居られるはずです。
是非そういった意味でヒントとしてご理解いただければ幸いです。自分は次に挙げるようなWGの課題をご提案しておきます。
亜種胎児の遺伝子の修正手法の開発
新しいベクターウイルスで、子供の亜種の全身の遺伝子を修復するウイルスの開発。これは私が議長をさせていただきますWG01の課題とします。生後間もない内の処理になると思いますが将来の感染者の子を守ることです。これをDウイルスに対して、Gウイルスと名付けておきます。
現実的で実行可能な非感染者の隔離手法開発
通常は感染者を隔離するのですが既にWHOが既に人類の90%が感染していると報告していますので、少数である、非感染者を守るための隔離対策が必要です。世界各地の為政者にお考え頂くための外部条件をまとめておく必要があります。都会では難しいかもしれませんが地方都市や山里などでは比較的現実的な対策があり得るかもしれません。
精度の高い感染者確認手法開発
今後の非感染者の隔離など実行する中で、現在の検査方法は100に1の誤診はあるようで、その感染者確認の精度を高める必要があります。このことは非感染者を隔離する前提において大きな問題になります。
ウイルス予防薬の開発
通常のインフルエンザのような予防薬の開発ですが、これは、非感染者の隔離と強く関係します。予防薬完成時までに非感染者を隔離で保護しておかないと意味がなくなる。また、まだ感染者が稀な山村などの地域で要求が出るはずです。先程申し上げたGワクチンです。
感染者の非感染源化技術の開発
感染者のDウイルスを体内から完全除去することはできないと思われますが、休止させて感染源ではなくす方法があり得るかもしれません。
亜種となる時期の確定
感染という概念と、亜種になるという概念は全く異なります。亜種になる条件は、卵子が受精後、ある程度細胞分裂が進んだ後では、全細胞の遺伝子が同じように書き換わることは基本的には無いことなので、亜種になるのは、どのタイミング以前なのか明らかにすることが各種対策において必須の情報と考えています。」
カレンのWGについての説明は終わり、議長代行のケントは明朝までの予定を確認した。
1、質問がなくなるまで、Q&Aを続けること、
2、想定される20程度のWGは、運営サイドからの人事ではなく、課題を理解してもらった上で、各自から、立候補あるいは提案を求めてゆくことで進めること、
を合意した。
散会の前に、議長代行ケントから、
「会議メンバー全員が閲覧可能で部外秘のウェブサイトの全体会議専用掲示板が用意できていますので、本日の議論を受けて、WGの構成案を掲示しておきますのでその内容について、皆様のご意見を追記していただきます様お願いします。
1、理解のできない部分についての質問
2、我々事務局側が気のついていない課題があれば、追加提案してほしい。
3、また今後対策を議論してゆくWGの提案と、そのWGでの検討課題の詳細について明記してほしい。
4、提案されたWGについて、定義を明確化しておきますので、各WGへの参加希望、議長をボランティアでやっていただける方はその旨明記願います。」
と要請し、
「お疲れの所申し訳ありませんが、3時間後(米国東海岸時間21時)までにお願いしたい。」と依頼した。
「明日の予定ですが、明日の全体会議までに、いただいた情報を元に、事務局で、現時点でのWG構成の案ご提案し、部外秘のウェブサイトに掲示しますので、意見交換をお願いし、その後、WGごとに別れて会議を持ち、各WGの議長を決めていただきたい。その後、各WGで担当課題の確認をしていただき、
その後、HQ部門長のサムにΩ研究会議ボード会議召集していただき、全WG議長参集の中第1回Ω研究会議ボード会議を実施します。また、全WGの中からΩ研究会全体会議の議長を選出し、またWGの定義についてボード会議にて確定させます。次回以降の本全体会議の議長として選ばれた方に私からバトンタッチいたします。」
カレンとケントのプレゼンの内容、休憩時間をいれて9時間を超える議論、それにもましてカレンとケントの熱が500名に漏れなく伝わり、ことの重大さは充分にシェアできた1日であった。
緩い話題で場を和ませるような環境は全く無く、ケントはカレンの受けているストレスと疲労が気にはなるが声をかける雰囲気は、そこにはなかった。
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第18章 Ω研究会全体会議2日目
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