
『地獄のエンマチョウ』第5話 エクセルで人生のバランスシート
地獄の閻魔庁。
それは地獄にある。
三途の川を渡った
向こう側にある。
朱色の閻魔庁とか、
三途の川とか、
ファンタジーだと思っていた。
いや、ファンタジーだろう。
オレ様の記憶が脳内で
再構成されているに違いない。
子供の頃、
寺に預けられて、
源信の『往生要集』
を写経させられた。
若如象馬牛驢駱駝騾等
或鉄鉤斲󠄂其脳
「若(も)しは象・馬・牛
・驢(ろ)・駱駝(らくだ)・
騾(ら)等の如(ごと)きは、
或(あるい)は鉄の鉤(かぎ)にて
其(そ)の脳を斲(き)られ」
挿絵付きの生々しい奴だ。
畜生道とかよく覚えている。
獣と人が合体したキメラだ。
当時の前衛芸術の一種だろう。
ダーク・ファンタジーか。
中々シュールでセンスがある。
オレ様は深く関心した。
だから知識ベースで、
よく知っている。
それが今オレ様の脳内で、
再構成されている訳だ。
とにかく
まだ認めていない。
オレは死んでいない。
オレたちは、
ハセ公の案内で、
熊野森町から、
あの世とやらに行った。
それはトンネルを
潜り抜けるような
体験だった。
ワープっぽい。
宇宙戦艦トマト?
そして
気が付いたら、
河原に立っていた。
人々が河を渡っている。
腰まで水に浸かっている。
渡るのは大変そうだ。
どこかに橋か
船はないか?
辺りを見渡すと、
小舟があり、
渡し守がいた。
爺と婆がいるが、
洗濯竿で洋服を干している。
近くに賽銭箱があり、
婆が人に金を要求している。
金がないと身包み剥がれる。
ははぁ、アレが有名な
奪衣婆(だつえば)だな。
そして隣にいるのが、
懸衣翁(けんえおう)?
いや、
よく見ると
看板が立っていた。
太い墨で書かれた
達筆な文字が走る。
Χάρων
カローンと書かれていた。
古典ギリシャ語だ。
「渡し守のカローンに、
1オボロスの渡し賃を払うんだ」
ハセ公は解説した。
そこは六文銭だろう?
何でギリシャ神話が混じっている?
ああ、
ハセ公の仕業だな。
ゼミの先生が
世界を書き換えた。
ちょっとしたバクだ。
ハセ公、凄くね?
オレ様が眺めていると、
突如、河の上に虹の橋がかかり、
スーッと渡って行く奴がいた。
あっ!ズルッ!
そいつはアッと言う間に、
向こう岸に渡り、
スタスタ歩いて行った。
今、何かズルした奴
いなかったか?
オレが振り返ると、
皆手を合わせて拝んでいた。
オレ様はぽかんとする。
メシ食う前に、皆で、
アーメン!とか言う
ミッション系の学校以来だ。
「アレは偉い人だよ」
おばあちゃんは言った。
そうなのか?
偉い奴は
フリーパスなのか?
相変わらず、
腰まで浸かって
河を渡る人がいる。
だが時折、
河底を見て、
喜びの声を上げている。
なんだ?
砂金でも出て来たか?
遠くてよく見えないので、
オレ様はズームして
奴らの手元を見た。
財布だ。いや、
クレジットカードだ。
何でそんなものが落ちている?
よく見ると、Χάρωνが、
物干しに服をかける時、
河に持ち物を色々投げ捨てている。
「ああやって
欲を捨てているが、
また拾うので重くなる」
おじいちゃんは言った。
なるほどね。
よく出来ている。
欲がある奴ほど重くて、
河を渡るのに
苦労するんだな?
「そういう事だ。
呑み込みが早いな」
ジョージはそう言うと、
おじいちゃんとおばあちゃんと共に、
立ち去ろうとした。
え?どこ行くんだ?
「オレたちはここまでだ。
達者でな。グッドラック!」
三人はこちらを見ながら、
手を振って、
光の粒になって消えて行った。
ゼミの先生とオレだけ残る。
よく分からん。
とにかく渡るんだな?
ハセ公は頷いた。
オレは奪衣婆の前に並ぶ
人たちの最後尾についた。
金がない奴は、
奪衣婆は容赦なく、
衣服を剥いでいく。
老いも若きも容赦がない。
いよいよ、
オレ様の番が来た。
部屋から財布、
持ってこなかった。
スカるからな。
「婆さん、婆さん、
クレジットカードOK?」
オレ様はテキトーに時間を稼いだ。
「現金のみだよ!」
信じられないダミ声だった。
「三途の川で
クレカが通ると思うのかい?」
「ああ、悪ィ、
訊いてみただけだ」
今時クレカが使えないなんて、
サービスが悪過ぎる。
星1だ。
後で書き込んでやる!
オレ様は横を向いて、
口笛を吹きながら、
ポッケを探る素振りをした。
ある訳がない。
オレはハセ公を見た。
独りで頷いている。
意味が分からん。
ふと手に何か当たった。
尻ポケットだ。
取り出してみると、
古い万札だった。
あった。
天の救いか?
聖徳太子の一万円札だ。
昭和の万札だ。
こいつは心強い。
何か光っていないか?
「これでどうだ?」
思い切って古い万札を渡すと、
奪衣婆とΧάρωνが
やってきて鑑定を始めた。
日に当てて透かしたり、
指で触って確かめる。
オレ様はドキドキした。
なんで万札が出て来たのか、
よくわからない。
誰かの好意か?
「いいだろう。
乗りな!」
奪衣婆は言った。
オレ様とハセ公は、
Χάρωνの船に乗った。
渡し守は櫂を漕いで、
小舟で河を渡る。
河底にはキラキラと光る
小銭とか宝石らしきものが
沢山視えた。
手を伸ばせば拾えそうだ。
オレ様はひょいと掬った。
距離感がおかしかったが、
手がニューッと伸びて拾えた。
あ、ギザ十だ。
懐かしい。
オレ様はその10円玉を見た。
だがすぐに飽きて河に投げた。
河底は金と宝石と
クレジットカードで
キラキラしている。
単語帳とか落ちていないか?
文法書は?古い辞書は?
その様子をハセ公は見ていた。
何だ?文句あるか?
小舟は無事に対岸に着いた。
オレとハセ公は岸辺に立った。
河を歩いて、渡った奴らがいる。
オレたちは楽だったが、
他の人はかなり苦労している。
ゴクローさん?
何か頭の先に命綱みたいのが、
ついている奴らがいたが、
対岸に着いたら、切れた。
何だろうな?アレ?
よく分からん。
宇宙飛行士の
ワイヤーみたいだな。
オレ様の頭にも
ついているのか?
自分だとよく見えない。
一本道が続いていたので、
オレたちは歩いた。
周りの人も歩いている。
まぁ、この群れに尾いて行けば、
大丈夫だろう。
ドデカイ朱色の建物が見えた。
地獄の閻魔庁だ。
背景がヤバイ。
「ここは天国と地獄の境目だ」
ハセ公は見上げて言った。
そうか。
よくある最後の審判って奴だな。
分かるぞ。
Final Judgement?
ああ、それはキリスト教か。
その後、朱色の門を潜った。
左右に阿吽の羅漢像がある。
デカイ。18メートルを超える?
いや、目がギロッ!と動いた。
うわコレ、本物だ。鬼だ。
受付で番号札を配る赤鬼がいた。
2メートル級?巨人だ。
4242番?
何だか不吉だな。
もうちょっといいカード寄越せよ。
それにしても
お役所みたいな場所だな。
税金滞納してないか?
ちょっと心配だな。
皆、静かに待っている。
ここは待合室か?
うん?何だ?あちこちに
張り紙が貼ってあるな。
どれどれ?
正見?正思?正語?正業?
正命?正精進?正念?正定?
ああ、コレ八正道だ。
仏教の教えだ。
正しく反省しろ
という奴だ。
浄土真宗だと、
殆ど出て来ない。
コレ、マメな。
やっぱあの教え、
仏教じゃなくて、
キリスト教じゃね?
日本でキリスト教が
流行らなかったのは、
浄土真宗のせいだって
昔、英語で論文を読んだ事がある。
で、親鸞聖人は、
うなぎのようにつるっとして、
つかみどころがない。
逃げるのが上手い人だ。
ソクラテスと議論したら
きっと面白い。
逃げる親鸞、
追いかけるソクラテス、
どっちが勝つか?
病院の待合室みたいな場所で、
ハセ公と座って待っていると、
青鬼が近付いてきて、
ハセ公に何か耳打ちしていた。
そう言えば、
語学の鬼だから、
関連あるかもな。
閻魔庁の通訳か何か?
「4242番の方、どうぞ~」
あ、オレだ。立ち上がると、
ハセ公は座ったまま
オレを見上げていた。
「付き添いはここまでだ」
ハセ公は右手を出した。
そうか。悪いな。
世話になったな。
よく分からんが。
オレはハセ公と握手した。
「ラテン語の学習を怠るな」
分かった。分かった。
「日本語からラテン語、
ラテン語から日本語だ」
分かった。分かった。
語学のケイジアンは健在だな。
オレ様が独り長い廊下を歩くと、
ハセ公は最後までオレを見ていた。
よせや、いつまでも
見ているんじゃねぇよ。
テレるじゃねぇか。
扉が見えてきた。
改めて扉の前に立つとデカイ。
コレ、30メートルは越えてね?
大魔王の扉みたいだ。
親子でぶっ飛ばせ?
そうか。
コレは最終決戦なんだ。
ここは魔王城で、
大魔王がこの扉の向こう側にいる。
オレは異世界転生者にして、
この世界の勇者で、
大魔王と対峙する。
そんなシナリオだろう。
地獄の閻魔庁で、
大魔王と対峙する。
和風ファンタジーだな。
オレが大扉に手をかけると、
それは重たい青銅の扉だった。
ギギーっと扉が開いた。
奥を見た。
その閻魔大王は青かった。
銀縁の眼鏡をかけている。
手にご飯をよそうしゃもじを持っていた。
デカイ。叩かれたら死にそうだ。
そして机の上には電卓が置いてあった。
多分、カシオだ。オレ様には分かる。
右手に鬼たちがずらりと並び、左手に官吏がずらりと並ぶ。なぜか聖徳太子の17条の憲法が張り出されていた。閻魔大王は鎮座する椅子の奥に、柱のような大剣が立てかけてある。鉄塊だ。そして手前に水晶玉とデカイ鏡があった。モニターだ。何か映っている。いや、アレは照魔の鏡か?
うん?この閻魔大王、どこかで見た気がする。何処だったか思い出せない。だが知っている?
「……これより裁判を始める。もう分かっていると思うが、お前は死んで 霊になった」
「いや。俺はムショク透明人間だ。異世界転生した。大魔王め!覚悟しろ!」
閻魔大王は、ああ、分かった、分かった、面倒臭いなという顔をした。
「……当法廷は、異世界転生者透明人間○○を裁く。いいな?」
閻魔大王はギロリと大きな目玉を剥いた。思わずたじろぐ。
「何だか知らないが、別に何も悪い事はしていない!俺は勇者だ!どんとこい!」
「……そうか。では採点する」
照魔の鏡に、善悪のバランスシートが展開された。エクセルだ。善悪という関数も入っている。緊張する。そんな悪い事はしていない筈だ。少なくとも、刑法は犯していない。やがてオレ様の人生が、照魔の鏡に映し出された。人生劇場だ。バランスシートに善悪が記入されていく。加点式だ。何だかAIぽいアシストだ。コパか?
「……退屈な人生だな。倍速視聴するか」
照魔の鏡が人生動画を映している。閻魔様は、勇者の人生を倍速モードで視聴した。どんどん悪行がバランスシートに記入されていく。不味い。悪行の方が多い?善行がない?ネットでぶっこ抜いた深夜アニメとか、エロ動画が地味に効いていた。コレ、違法か。不味いな。どうする?オレ?
「……わし的にはどうでもいいが、与えられていないものを盗っているからな」
閻魔大王はそう言った。親不幸も悪行にカウントされた。死んだ後、夢だ。幻覚だ。脳のエラーだと騒いだせいで唯物論者判定も受けた。信仰心もゼロだ。死んだ後の行動も全部計算に入っていた。同僚を助けたのは善行だ。なぜか墓の前で婆さんに手を合わせた事まで、善行に加算されていた。かなり細かい。願いましては?
チーンと鐘が鳴って、結果が出た。地獄行きだ。全然足りなかった。
「……とりあえず、血の池でも逝っとくか?エロ・グロ・ナンセンスは好きだろ?」
閻魔大王はそう言った。透明人間は何も言えない。やっぱ動画ぶっこ抜き過ぎたか?
「……エンマ様は見ている。そういう事だ。時々、夢でわしと会っただろう?」
夢?夢の中で閻魔様と会えるのか?真っ黒な髭もじゃのあのおっさんか?
「……そうだ。それがワシだ。よく覚えておけ」
閻魔大王はバカデカイ台帳を取り出した。地獄のエンマチョウだ。何か記入している。
「でもオレ、犯罪者じゃねぇよ。法律は違反していない」
オレ様は反論した。この裁判はおかしい。弁護士もいない。インチキだ。
「……刑法の話はしていない。善悪の話をしている」
「善悪?」
オレ様はポカンとした。
「……そうだ」
「何が善で何が悪だ?基準は何だ?」
オレ様は強弁した。
「……神仏だ。神仏に照らして善悪は決まる」
「分からねぇ。オレには分からねぇ」
「……では問おう。お前の基準は何だ?」
閻魔大王が問うと、オレ様は胸を張った。
「基準?そんなの自分に決まっているだろうが」
「……それを自己中心と言うんだよ」
閻魔大王は呆れていた。
「オレは自己中じゃねぇ!勝手に決めんな!」
「……では他者中心に生きているのか?」
「いや、そういう訳じゃねぇ」
オレ様が首を振ると、閻魔大王は言った。
「……お前は分かっていない。いいか。よく聞け。他者あっての自分だ。自分あっての他者ではない」
「そんな事は分かっている!」
「……いや、お前は分かっていない。矛盾だらけだ」
「オレ様は自己中じゃねぇ。だが他者中心でもない。中道だ!」
「……そういうのは中道とは言わない。自己と他者の二軸しかない。その間はない」
「では訊くが自分中心の人生で何が悪い?他者中心の人生なんてあり得るのか?」
「……あり得るな。そして皆が自己中心に生きたら、奪い合いになって回らないだろ?」
「いや、だからそれが競争社会だろ?資本主義だ」
「そういう自己中が多いから、わしの仕事がなくならん」
「……そんなの知らないね。人間、最後は自分が可愛いもんさ」
オレ様がうそぶくと、閻魔大王は言った。
「お前、本気でそう思っているのか?」
「……ああ、そうさ。命あってのもの種だ」
「その命は誰に与えられた?」
「……親だろ?」
「ではその親の命は?」
「……爺さん・婆さんだろ?ていうか無限遡及する気か?」
「そうだ。物事の根本原因、第一原因は何だ?」
「……ビッグバン?」
「その前は?」
「……知らねぇ」
「でもその前も存在するだろう。それも結果なのだから」
「……その前は誰も知らねぇよ」
「そこに神仏がいる。全ての始まりにして終わり。第一原因、根本原因だ」
「……気が遠くなる話だな?誰か確かめたのか?」
「確かめておらん。だが無限の連鎖は存在するだろう?」
「……そうかもしれないが、オレ様に関係ないね」
「だからお前は自己中なんだ」
オレ様はブスっとした。もういい。どうせオレは自己中さ。
「もっと人のために生きろ!なぜ生まれてきた?」
ああん?なぜ生まれてきただぁ?何言ってんだ?
「お前は自分のために生きているのか?」
え?でも究極的にはそういう事じゃねぇの?死ねってか?
「そんな事は言っていない。お前は何のために生きている?」
あんま、考えた事なかったな。その日暮らしだ。何のために生きる?
「食うために生きるかな?」
「……それなら動物と変わらん」
「でも食わなきゃ生きていけない」
「道理だ。だがそれなら畜生に生まれても文句は言えまい」
「……人間に生まれて来る意味ってか?」
「そうだ。何のために人間に生まれて来た?」
「……偶然じゃね?」
閻魔大王は首を静かに振った。
「偶然はない。始まりから終わりまで無限に連鎖している。円環だ」
どうやら、第一原因から宇宙の終わりまで予定されているらしい。
「……そんな世界は嫌だな。オレは自由でいたい」
「可能性はある。無限のな。それを自由と言ってもいいが、結果は必ず伴う」
「……因果の理法から逃れられないってか?」
オレ様だって、その程度の理屈は分かる。でも嫌なんだ。予定論は嫌いだ。
「原因結果の無限の連鎖はある。何人も逃れられん。そこで自己中心に生きて何になる?広がるのか?それ」
「……広がらんだろうな」
それは閉じた輪だ。出口がない輪で、どこにも繋がっていない。その場でぐるぐる回るだけだ。
「であるなら、なぜ人のために生きない?自分のために生きて何になる?お前は食うだけか?」
「……自分のために生きるなら、食う、寝る、やるだけで十分だな」
「それを畜生、動物と言うんだよ。人間とは何か?」
「……自分のために生きる存在じゃないって言うのか?」
「そうだ。自分のために生きたところで何になる?メシを食うだけだ」
「……他者のために生きるのが善だって言いたいのか?」
「そうだ。他者あっての自分だ。自分あっての他者ではない」
「……何で生まれて来る?どこから生まれて来るんだ?」
「天国から生まれ変わって来るんだ。生き方を変えたい。人生をやり直したいと思って、生まれ変わってくるんだ。だから苦難・艱難がない人生もまたない。ただ楽に生きて何になる。それなら天国にいればいい」
「……わざわざ生まれて来るのか?人生をやり直すために?」
「そうだ。新しい人生をスタートさせているんだ。そこでまた自分のために生きて、食うのか?バカバカしい。いい加減、人のために生きたらどうだ?それが人間じゃないのか?そうでないなら畜生で十分だ」
オレ様は沈黙した。オレは間違っていたのか?
「お前は人のために尽くしたか?人を生かしたか?人を許したか?」
いや、全然。どっちかと言うと、自己中だったね。
「そしてお前は死んだんだ。この意味が分かるか?」
オレ終了?ゲーム・オーバー?オレ様はしょげた。涙が出る。やり直せるなら、やり直したい。コンティニューだ。もしもう一度、人生があるなら、最初からやり直したい。そして真っ当に生きたい。人のために尽くしたい。
「……死んであの世に帰ると、この世の記憶は遠い昔の夢のようだ。だがなかった訳ではない。なかった事にはならない。そこで深い後悔を残してはならない。やるべき事をやれ。それが人の生きる道だ」
「なぁ、死んだら人はどこに行くんだ?オレはもう天国には行けないのか?」
「……最終的には天国に帰れる。そして同じ時代、同じ環境に近い世界に行く。そこではお前が親しくなれる人たちがいる。天国の仲間だ。お前は昔、彼らと別れを告げて、生まれて来たんだ。人生をやり直すために」
閻魔大王はこちらを見ていた。デカイ目玉がキラキラ光っていた。チョイ可笑しい。
「分かった。オレはオレが行くべき世界に行く」
オレ様が力なくそう言うと、閻魔大王は言った。
「……よい覚悟だ。精々精進せい!」
そしてしゃもじのような広い棒で、オレ様の肩をパーン!と叩いた。
オレは昔、寺で和尚に警策された時のようにゆっくり頭を下げた。
ファ?
気が付いたら、
朝だった。
時計を見る。
机のデジタル時計を見る。
AM08:30 Sat.だ。
Sat?
Satって何だ?
特殊部隊?
いやいや、土曜日だ。
Saturday Night feverだ。
いや、朝だけど。
オレ様は起き上がった。
アレ?
おかしい。
宇宙遊泳していない?
着地しているぞ?
アースに接続されている。
洗濯機のようだ。
いやいや、
もしかして生きている?
いや、最初から生きている。
だが浮いていない。
大地を踏みしめている!
その時、オレ様の脳裡に、
様々な出来事が過った。
よく分からん。
よく分からんが、
オレは生かされた?
閻魔大王に?
もう一回、
チャンスが与えられた?
いや、元々
死んでいない?
だがチャンスが与えられた?
人生をやり直すように?
オレは涙を流した。
何てありがたいんだ!
もしかして、
オレは愛されていた?
この世界に?
であるならば、
この世界に、
お返しをしないといけない。
不意に脳裡に、
夢の続きの様に、
青い閻魔大王のひげもじゃの顔が過った。
怒っていない。
深く頷いている。
ああ、オレは許された?
全部、夢で幻だけど、
全て本当の事だった?
オレ様は飛び上がると、
洗面所の鏡を見た。
映っている!
オレ様だ!
オレ様は帰って来たんだ。
生きている!
やったぁ!
オレ様は自由だ!
さぁ、何処に行こう!
今日は土曜日だ!
皆と会って、
人のために働こう!
それが人間だ。
了