
【エッセイ】我が家のリアル天神様と、朝イチの厨房で作る夏の味
今年も梅の季節がやってきた。
先日、職場で大量の梅をいただいた。調理師である私は、さっそくそれを使って「青梅の甘露煮」や「梅ジャム」の仕込みにかかる。
とはいえ、現代のプロの厨房は時間との勝負でもある。昔ながらに何週間もじっくり待つ方法ではなく、今回は炊飯器を使った時短メニューを取り入れた。梅と砂糖を炊飯器に入れ(今回は梅1キロに対してお好みの砂糖を600g)、スイッチを「保温」にして一晩そっとしておくのだ。
翌朝、朝イチで厨房に入ると、そこには真夜中の魔法みたいに、透き通った琥珀色の美しい梅シロップがすでに完成している。部屋いっぱいに広がる甘酸っぱい香りに、「今日も1日が始まるんだな」と背筋が伸びる。
そんな今どきの技を使いつつ、山のような梅のヘタを圧倒的なスピードでテキパキととってくれたのは、職場の70代の大先輩だ。その熟練の鮮やかな手つきを見つめていると、私の記憶は、一気に幼い頃の祖母の家へとタイムスリップしていく。
母方の祖母は、昔、毎年のように大量の梅干しを漬ける人だった。
初夏になると、祖母の家の庭には、大きなザルに並べられた梅たちが気持ちよさそうに太陽を浴びていた。家の中に漂う、あの独特の酸っぱくて芳醇な梅の匂いは、私にとって「夏の匂い」そのものだった。
じつは私、その庭で干されている梅を、祖母の目を盗んではコッソリとつまみ食いする「常習犯」だった。まだ完全に干し上がっていない、酸っぱくて、でもどこかフルーティなあの梅を口に放り込む瞬間は、子供ながらにスリリングで最高に美味しかった。
そうやって盗み食いした梅や、祖母が作ってくれた「カリカリ小梅」を食べ終えたあと、私にはもう一つの大きなお楽しみがあった。
残った硬い種を、口の中で「バキッ」と噛み砕くのだ。私は子供の頃からとにかく歯が丈夫で、誰もが道具を使うようなあの頑丈な殻を、自分の歯でダイレクトに割るのが常だった。
そうして殻を割ると、中から白くて平たい、小さな木の実のような中身(胚乳)が出てくる。これを通称、「天神様」と呼ぶ。
「そこには天神様(菅原道真公)がいて、食べると頭が良くなるんだよ」
世間ではよくそう言われるし、祖母も目を細めてそう教えてくれた。
しかし、我が家の場合は、単なる「よくある言い伝え」では片付けられない裏事情があった。なんと、私の祖父の家系は、本当にその菅原道真公がご先祖様だと言われている一族だったのだ。
つまり、私にとって梅の種を歯で噛み砕いて食べるということは、ただの知恵の象徴ではなく、「マジでうちのご先祖様を頂いている」という、なんとも恐れ多いスピリチュアルな時間でもあったのだ。少し苦くて、でも不思議とホッとするその味を噛み締めながら、幼い私は「これで本当に頭が良くなるのかなぁ」と、ご先祖様の顔も知らぬまま思索にふけっていた。
あれから、ずいぶんと時間が経った。
今、私は大人になり、両親と同じ料理人の道を歩んでいる。
朝一番、厨房に漂う梅の香りに包まれながら、「あぁ、形は変わっても、私は今、あの頃のおばあちゃんや、職場の70代の先輩と同じように、梅の命を繋いでいるんだな」と思う。
おばあちゃんが汗を流して梅を干していた、あの手仕事。
それは今、炊飯器の保温ボタンという現代の技術に形を変え、私の手を通して、冷たい梅ジュースや、涼しげな梅寒天という夏のメニューになって、お店のお客様の「美味しい」へと繋がっている。
そして、その梅の硬い種の奥深くには、今も変わらず、我が家のご先祖様である「天神様」が静かに腰掛けている。
これから、塩をきかせた「梅漬け」も作る予定だ。
今年の梅漬けが上手く仕上がったら、久しぶりにあの硬い種をバキッと噛み砕いてみようと思う。
職場の先輩の鮮やかな手つき、子供の頃に梅を盗み食いした記憶、そして温かく見守ってくれている家族のルーツ。
あの頃と変わらない酸っぱさの向こう側に、私を支えてくれる大切な繋がりが、きっと今もちゃんと息づいているはずだから。