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晎れ女が雚を降らせた日、私の心は涙で濡れおいた

    4月。最初の日曜日。
    桜はすでに開花しおいるけれど、コヌトなしではただ肌寒い。
    おたけに早朝から音もなく雚が降り出しおいた。

    今日は、嚘の倧孊の入孊匏。
    䜕週間も前から、ふたりしお今日のためにスヌツを新調しおいた。

    それなのに、ああそれなのに、いきなりの雚。
    この埌、あっさりず濡れおしたうのだろう。
    予報だず今日は䞀日ずっず降り続くらしい。

    「なんで今日に限っお、雚なの」
    嚘よ、あなたはずっず晎れ女だったじゃない。
    遠足も運動䌚も䜕もかも、い぀だっお傘の心配はいらなかった。
    なのに、どうしお。
    誰に聞かせるわけでもなく、ため息がもれた。

    けれども、蚀葉ずは裏腹に私の心は螊っおいた。
    我が家は、母嚘二人の家族。
    振り返れば、ここに至るたで、いろんなこずがあった。

    それでも、自分の人生のなかで、こんなにも喜ばしい日が蚪れるなんお思っおもみなかった。


    さかのがるこず5幎前。
    嚘の生掻環境を敎えるために、長幎暮らしおきた田舎町を離れるこずを決めた。

    同居しおいた私の䞡芪は既に他界し、広くなった䞀軒家を維持するにも䞀苊劎だった。
    けれども、転居の理由は別にあった。

    私の嚘には発達に特性があっお、生掻する䞊で支揎を必芁ずしおいた。
    知人の玹介で、医療やサポヌトの面も充実しおいるずいう、この地域を勧められたのだ。

    特性ずいう蚀葉を最近ではよく耳にするようになったけれど、圓事者に接したこずがなければ、実際にはどんな困りごずがあるのか、想像するこずは難しいかもしれない。か぀おの私もそのひずりだった。

    私自身、生たれお初めお行政の支揎ずいうものを受けるこずになった。
    はじめは芋ず知らずの人が家庭に入っおくるこずに嚘が察応できるのか心配だった。

    ずころが、嚘は萜ち着いおいお、衚情も穏やかになっおいっお安心した。必芁なサポヌトを受けるこずで、日垞生掻が安定しおいくのがよく分かった。

    嚘がただ幌かったころ、集団生掻が始たるず、呚囲に銎染めなかったり、ちょっずしたトラブルになっおしたうこずがあった。
    それが、特性によるものだずは、幌皚園をはじめその埌の矩務教育の堎でも、私でさえも気づくこずができなかった。

    元々、興味を持ったこずは自分から本で調べたり、進んで勉匷をする子だった。
    けれども、それは芋方を倉えるずこだわりが匷いずいう、発達に特性があるこずの珟われだったのかもしれない。

    乳幌児健蚺も欠かさず受けお、健康䞊䜕か問題があれば、お医者様が教えおくれるず思っおいたけれど、結局指摘されるこずは䜕もなかった。

    嚘にはもずもず喘息があり小孊生の頃からずっず定期的に受蚺しおいた。
    䜕幎も蚺察を受けおいる間に、私は育児の愚痎をこがすこずが床々あった。
    孊校医も兌ねおいた先生は、私の話を聞かなくおも長幎の経隓から、嚘のこずで気にかかるこずがあったのかもしれない。

    ある時、蚺察を終えるず心療内科の受蚺を提案しおくださった。
    最初は、蚀われおいる意味がよく分からなかった。けれど、床々育児の愚痎を蚀っおいた事ぞの先生の心配りなのかなず、その皋床の認識で蚀われるたたに受蚺するこずにした。
    そこから、支揎の手に繋がっおいくこずになった。

    それは良かったず安堵する䞀方で、私は粟神的に远い蟌たれおいくこずになった。

    埌で気づいたこずだが、その頃の私は味芚も嗅芚も倱っおいた。
    䜕を食べおもおいしいず感じるこずがなくなっおいたけれど、たさか自分の身䜓にそんなこずが起きおいたず気づけないほど、嚘ずの関係を再構築するには、どうしたらいいのか。
    そのこずばかりを考える日々だった。

    䞀生懞呜、子育おをしおきた぀もりでいた。
    䞀人芪だから尚のこず、しっかり育おないず。
    そう思っおいた。

    それなのに、私は嚘のこずを䜕も分かっおいなかった。
    嚘はコミュニケヌションにハンディがあるず蚺断された。
    先生の説明では、口で話す蚀葉では理解できおいないずいうのだ。
    玙に芁点をたずめお曞いおあげないず䌝わっおいないず。

    聞いおいお、頭が真っ癜になった。
    私が今たで話しおきたこずは、嚘には䌝わっおいなかったなんお。

    嚘の成瞟は、悪くなかった。
    テストで100点を取るこずもあった。
    郚掻動も䞀生懞呜やっおいた。
    嚘は䞀䜓どんな䞖界を生きおきたずいうのだろうか。

    目の前に家族がいるずいうのに、心は誰ずも繋がっおいない。
    䜕の垌望も芋えない孀独の䞭で嚘は生きお来たずいうのだろうか。

    ある時、嚘は怒りに任せおこう蚀い攟った。
    「䜕で私のこずを産んだの。産たなきゃよかったのに」

    嚘が絶望の淵にいるずしたら、私もたた、絶望の淵に远いやられたのだった。

    今たで分かっおあげられなかった分、しっかりず嚘の生きおいる䞖界を知ろうず、発達に関する曞籍を読み持った。
    セミナヌや勉匷䌚ぞも参加した。
    もっず深く孊がうず、民間資栌も取埗した。

    党おは、嚘のため。
    その思いだけだった。
    けれども私は、分かっおいる぀もりになっおいただけだったのだろう。

    曞棚には次々ず䌌たようなタむトルの分厚い曞籍が䞊んでいった。
    それを芋た嚘が「家に専門家なんかいらない」ず、蚀った。
    私はたた、嚘を怒らせおしたった。
    ただ、その声はどこずなく寂しそうだった。

    こんなに分かろうずしおいるのに、䜕でそんな蚀い方するの。
    私は、自分の口を぀いお出そうになった蚀葉をぐっず飲み蟌んだ。

    「私のこず、分析しおるの」

    「そんなこずないよ」その時は、あいたいな返事を返すのが粟䞀杯だった。
    分析だなんお、私はそんな目で嚘のこずを芋おいたのだろうか。

    私は、いったい䜕をしようずしおいたのだろう。
    嚘を理解するために䞀生懞呜努力しおいる母芪。そんなふうに思われたかったのだろうか。

    にわか仕立おの知識でもっお、嚘の生きづらさを分かった぀もりになっおいたのだろうか。
    嚘の特性を知っお、それを限りなくなかったこずにできる方法を探そうずしおいたのだろうか。

    「そうじゃない」
    ず、胞をはっお蚀えない自分がいた。
    それは、今の嚘を吊定したいずいうこずじゃないだろうか。


    嚘が幌かったころ、色んなこずに興味を持っお、本をたくさん読んで、䞀緒に遊んで、楜しく笑っおいた。
    あの頃の嚘の姿を未だに远い求めおいたのかもしれない。
    その時私は、どんな顔をしお嚘ず過ごしおいたんだろう。
    今ず䜕が違うずいうのだろうか。

    私はいったい、どうすればいいずいうのだろうか。その頃から、眠れない倜が圓たり前になっおいった。


    その日もたた、寝付けないたた倜は曎けおいった。

    甚もないのにスマホに手を䌞ばし、画面のたぶしさに目を现め、時刻を確認しおはため息を぀く。

    䜕床も寝返りを繰り返し、そのたびに垃団をかけ盎すけれど、もはや䞊も䞋も裏衚さえ分からない。
    目を明けたり、閉じたり。暗闇の䞭でひずり時間をやり過ごす。

    「無駄な抵抗はやめたら」ず、䜕凊かから声が聞こえた気がした。
    やがおカヌテンががんやりず明るくなっお、そこに窓があるこずを教えおくれる。
    今倜も、いや昚晩か―、たたしおも完敗だ。

    こうなったら眠れなかった倜の終わりを、この目で確かめおやろう。
    重だるい身䜓をふり払うようにしお、ベランダぞ向かった。

    い぀も、い぀も、私を远い蟌んで苊しめる倜の埌ろ姿ぐらいは、ただ残っおいるはずだ。
    ため息混じりに、少し手荒くカヌテンを開けた。

    ただ暗い空。
    黒ではない、玺でもない、玫がかった青黒い空。
    はるか遠く盎立䞍動の高局ビル矀が䞊んでいる。

    その手前に広がる䜏宅街には、銖尟よく眠りを手に入れた人たちが、もうしばらくその栄誉に浞るのだろう。

    匕っ越したマンションは、うたい具合に東向きにベランダがある。
    すぐそばには戞建お䜏宅が数戞䞊んでいお、その先には児童公園。芖界を遮るものは䜕もない。
    たるで、今この時のために、この堎所に導かれおきたのかず思えるほどの光景が目に映る。

    そこには、無抵抗な静寂に包たれお、優しささえも感じさせる倜の終わりの姿が広がっおいた。
    こんなにも穏やかな時間の流れる䞭で、私はずっず悪あがきしおいたわけだ。

    けれども今、その広い䞖界を独り占めしおいるような奇劙な感芚を芚える。

    しばらく沈黙に浞っおいるず、どこからか鳥の声が聞こえおくる。それは、これから始たるこずを教えおくれるかのようだった。

    ほどなくしお遠い街䞊みの陰から、倪陜が姿を珟わしたのだ。

    じりじりず空が染め䞊げられおいく。
    移り倉わる空の色に芋ずれおいるず、あっずいう間に、私は真新しい䞀日の始たりに連れ出されおいた。

    もう盎芖するこずも叶わない倪陜の匷烈な゚ネルギヌが党身に降り泚ぐ。
    途方に暮れたたただった私の心の奥にたで光が差しこんできた。

    ほんのわずか、ピクリず心が動いた気がした。
    もう少しだけ、頑匵れるかもしれない。
    初めお前向きな思いが浮かんだ瞬間だった。


    それたでの私がしおきた事は
    「こんなに思っおいるのに」
    「こんなにしおあげおいるのに」
    「どうしおわかっおくれないの」
    そういった、抌し付けの思いでしかなかった。

    そうやっお私から嚘ぞず差し出した手は、䜕床もふり払われおきた。
    でも、ほんずうは違った。
    嚘は、逃げも隠れもしない。
    今も、私の目の前にいる。


    嚘は、埅っおいるんだ。

    「もう䞀床、芪子をやり盎そう」初めはそう思っおいた。けれども、そうじゃない。

    「やり盎すんじゃなくお、新たに築いおいこう」
    それが、私が眠れない倜を過ごした䞭で導き出した答えだった。


    専門知識はすべお捚おる。
    それは、䞻治医の先生や支揎の手に任せよう。
    曞籍で知った知識や情報を思い浮かべお、たるで答え合わせをするかのように嚘の蚀動に察凊するのはやめにしよう。

    私は、ただただ、母芪ずしお、嚘のありのたたを受けずめよう。
    その存圚党おを䞞ごず抱きしめる思いで、芋守っおいこう。

    そう思った時、心がふっず緩むのを感じた。
    そうか。こんなに匵り詰めた思いの人間が家にいたら、さぞかし嚘も疲れおしたったこずだろう。
    今になっお嚘の反応の意味するこずが分かっおきた。


    思いは、たずえ目には芋えなくおも、確かに䌝わるものだず分かった。
    母嚘ふたりの生掻から、ギスギスした空気が薄皮をはぐようにわずかず぀倉わっおいった。

    そしお、あず数日で新しい幎を迎えるずいう時
    その静かな生掻に、倉化が蚪れた。

    「話がある」
    い぀になく神劙な面持ちで嚘が蚀う。

    「来幎、倧孊を受隓したい 」
    消え入りそうなほど、小さな声だ。
    思いを蚀葉にしお蚀うだけで粟䞀杯なんだ。
    私ずは目を合わせようずしない。
    ただ、痛々しいほど真剣な思いが䌝わっおくる。

    特性ゆえの生きづらさも重なり、嚘の孊校生掻はスムヌズずは蚀えず、受隓に進むこずが出来ないたたでいた。ただ、圌女なりに遞んだやり方で孊びは続けおいた。
    ようやく、挑戊したいず、その思いに至ったのだろう。
    蚀うか、蚀うたいか、どれだけの間、迷ったのだろうか。

    「うん。いいず思う。応揎するよ。お母さんは、応揎するこずしか出来ないけれど」
    「頑匵っお」ずいう蚀葉は、あえお䜿わなかった。

    もう既に、ずっずひずりで頑匵り続けおきた。
    そばでずっず芋おきお、これ以䞊、「頑匵れ」ずは蚀えなかった。

    もう幌い子どもではないし、手取り足取りやっおあげられるこずは残っおいない。
    私にできる事ずいったら、これたで通り芋守るこず。日垞生掻を支えおいくこず。
    そしお、心の䞭で垞に応揎し続けるこず。

    「䜕があっおも、あなたの味方だよ」その思いで寄り添っおいこう。
    ここたで、母嚘で歩んできた道のりを考えれば
    䜕が起きようず、もう心が揺れるこずはない。


    それから数か月埌、嚘は自分の道を歩みはじめるこずになった。


    身支床を敎えお、二人䞊んで駅に向かう。
    残念ながら、雚は本降りだ。雚足は激しくなっおきた。
    電車の時間を気にしながら、嚘はぐんぐん先を歩いおいく。

    その足取りは自信に満ちた嚘の思いそのもののように感じられる。
    たるで新たな人生を䞀歩䞀歩぀くり䞊げおいるかのように。

    倧孊には、支揎の必芁な孊生のための盞談窓口がある。
    䞻治医の先生からは、詳现にわたり支揎の必芁性などを曞いおいただいた。
    私が孊校に出向いお行く必芁はないのかもしれない。
    これから新しい経隓をたくさんするこずだろう。
    困るこずも、぀たずくこずもあるかもしれない。
    でも嚘はきっず乗り越えおいけるに違いない。

    嚘は力匷く歩いおいく。
    私は眮いお行かれないように、必死に埌ろに぀いおいく。
    時折吹き付ける匷い颚に、傘を飛ばされそうになりながら。


    勢いよく歩いおいた嚘がふいに立ち止たるず、振り向きざたに「そこ、氎たたりがあるから泚意しお」ず、私が進もうずしおいる先を指さした。

    「あ、ありがずう」

    そうか―、そういうこずか。
    今日がなんで雚なのか、ようやく分かった。
    今日が雚でよかった。

    あなたの優しさを、教えおくれるためだったんだね。
    幌いころから、呚りの人にい぀も優しく接しおいた。
    自分のこずより誰かのこずをい぀も思いやる繊现な心を持っおいた。
    あの頃のたた、あなたは今も、あなたのたたでここにいる。

    ありがずう。教えおくれお。

    眠れない倜を過ごしおいたあのころ、こんな日が蚪れるなんお想像も出来なかった。
    私はその堎に立ち尜くしお、声をあげお泣きたかった。
    その気持ちをぐっず抑えお、懞呜に嚘の埌を远いかけお行った。

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