
ダメな声?そんなの存在しない
録音した自分の声を聞いて、うわっとなったことはないだろうか。
会議の録画。
動画の撮り直し。
ボイスメモ。
再生した瞬間の、あの「こんな声だったの」という小さなショック。
それ以来、自分の声をなるべく聞かないようにしている人は、けっこう多い。
わたしはボイストレーナーを20年やっていて、レッスンの回数はだいたい2万回になった。
その立場から、先に結論を報告します。
ダメな声には、一度も出会わなかった。
2万回聴いて、一度もである。
あなたのその声にも、である。
◇ あなたが聞いているのは、声の「2割」だけ

信じてもらえないかもしれないので、種明かしをする。
録音を聞くとき、人は自分の声のあら探しをする。
こもってる、低い、滑舌が悪い、なんか暗い。
気になる場所に耳がまっすぐ飛んでいって、そこだけを何度も確認して、うわっとなって、停止ボタンを押す。
でも、その気になる場所は、声全体のせいぜい2割である。
残りの8割は、出だしの音の柔らかさ、落ち着いたときの低音、笑ったときに混ざる明るい響き。
そこを聞いた人は、ほとんどいない。
自分の声のいいところを1個も言えないのに、悪いところなら3個すぐ言える。
ほぼ全員そうだった。
もったいない。
本当に、もったいない。
これは才能の問題ではない。見方の問題である。
考えてみれば当たり前で、国語、算数、理科、社会…声という科目は、なかった。
毎日使う道具なのに、出し方はおろか、聞き方すら誰にも習っていない。
だから自分の声の悪いところしか見えないのは、あなたのせいではない。
ただ、習う機会がなかっただけである。
◇ 見方が変わると、声が変わる
わたしがこれを確信したのは、レッスン室ではなく、自分の家だった。
わたしは子どものダメなところを探しては直そうとして、しんどくなって、爆発しては反省するループを何年も回っていた時期がある。
あるとき諦めて、できたところを数えることにした。
それだけで、子どもたちの顔つきが変わった。
そして気づいた。
声のレッスンで起きていたことと、同じだった。
ダメ出しから入ると、人は縮む。
声は身体から出るものだから、縮んだ身体からは縮んだ声しか出ない。
逆に、いいところを先に見つけて口に出すと、身体がひらいて、声はその日のうちに変わる。
大げさではなく、その日のうちにである。
ある生徒さんは、レッスンの終わりに「初めて、自分の声で歌えた気がします」と言った。
わたしも本人も、ちょっと泣きそうになった。
技術を足す前に、見方を変えただけである。
自分の声を「直す対象」ではなく「まだ見ていない持ち物」として扱い始めた人から、順番に変わっていく。
ちなみにわたし自身は、歌がうまくない側の人間である。
音楽学校の試験には落ちたし、自分の声には今もコンプレックスがある。
できない側から始めたから、できない人がどこで詰まって、どこで自分を嫌いになるかを、身体で知っている。
ダメな声がないと言い切れるのは、きれいごとではなく、そういう耳で2万回聴いてきた結果である。
◇ 今日、1回だけやってみてほしいこと

ここまで読んでくれたあなたに、宿題をひとつ置いていきたい。
お金も道具もいらない。
自分の声の録音を、1回だけ「いいところ探し」で聞いてみてほしい。
あら探しは禁止。ルールはそれだけ。
出だしの1音でも、名前を呼ぶときの音でも、笑い声でもいい。
「あ、ここは悪くない」を1個だけ見つけて、終わり。
たった1個でいい理由は、はっきりしている。
いいところをひとつ知っている人は、そこを軸に声を出し始めるからである。
軸ができた声は、安定する。安定した声は、届く。
声で損をしている人とそうでない人の分かれ目は、生まれつきの声質ではなく、自分の声のいいところを知っているかどうか。
2万回聴いてきて、これはもう、そう言い切っていいと思っている。
あなたの声には、あなたがまだ見ていないいいところがある。
それを見つけた日が、あなたの声が変わり始める最初の日になる。
うわっとなったあの録音の中に、もう入っている。
探しに行ってあげてほしい。