
新しい推しはパン屋さん——パン屋さんを語りたい vol.2「Zopf」
今年、新しい推しができた。
アイドルでも、キャラクターでもない。
パン屋さんである。
もともと私は、パンそのものを推している。パンという存在、概念をもう何年も推し続けていて、土日には都内のパン屋さんを巡ってひたすらパンを食べ続け、連休には旅先でパンの密輸業者ばりにパンを買い込み平日の糧にする日々。YouTubeでは語りきれないパン愛を思う存分語りたいと、張り切ってnoteを始めた。動画では、パンを切る音や断面、食べた瞬間の喜びがあふれる空気は残せる。でも、なぜその店にまた行きたくなるのか、なぜそのパンのおかげで一週間を乗り切れる気がするのかまでは、動画の中でなかなか映しきれないし、字幕として語り尽くすことも難しい。だから今日は、パンではなく、とあるパン屋さんを推しはじめた日の話を書こうと思う。
そのパン屋さんは、パン好きの方にはあまりにも有名であろう「Zopf」である。
実は、Zopfを本格的に推しと自認したのは今年冬の2回目の訪問のときだった。1回目に訪問したのは2025年の8月。東京の西側に住む私にとって、千葉の松戸にあるZopfはなかなかに遠く、小旅行気分で朝5時半に家を出て向かった。その日は他にも千葉のパン屋さんに行く予定だったので、買いすぎないよう少し控えめな購入ではあったけれど、7時開店に合わせてお店に到着して列に並び、焼きたてのパンを抱えてバスに乗って、大きな公園の木陰で食べたパンのおいしさには感動した。以前母とお取り寄せで購入したことはあったが、その時とは全く別ものに感じられるほどおいしかった。焼きたての力、すごい。
2回目に訪問したのは2026年2月14日。世間がバレンタインのチョコレートで色めき立つ中、私は自分チョコ、ならぬ自分パンを買おうと思いついた。最初は百貨店のチョコレート催事で高級なチョコレートでも買おうかとカタログを見ていたのだけれど、7000円のタブレットチョコを見て「これで何個パンを買えるだろうか…」と考えてしまって、チョコを買うことはできなかった。で、自分へのバレンタインプレゼントはやはりパンだなと思い至り、さてどこのパンを買おうか…と考えて真っ先に浮かんだのがZopfだったのだ。
パン屋さんに向かう電車の中で、どんなパンを買おうかなと考えるのが好きだ。口コミを見てみんながおいしいと言っている王道のものは必ず買いたい、知人や地元の方からおすすめされたものも買いたい、あとは少し変化球のものやクセのあるものも買いたいし、季節限定や土日限定アイテムなどがあったらそれも買いたい。2回目の訪問だと、1回目でおいしかったものを片っ端から全部リピートしたいくらいだけど、新しいパンにも出会いたいからそのリピートパンを絞るのも必要だ。
Zopfに着いたのは7時すぎ。行列がなくて臨時休業かと焦ったが、パン屋さんに近づくと香ってくるあの幸せな香りを遠くからでも感じ取り、大丈夫そうだ、と安心した。中に入ると自分でトレーに取るコーナーがあり、そのあとガラス越しに店員さんに注文してとってもらうコーナーへと続く。お店は決して広くはなく、7〜8人入ればいっぱいになるくらいの店内に、たくさんのパンがぎゅぎゅっと並んでいる。ワクワクすると同時に何を選んで買うべきか、あんなにZopfへ向かう道中ずっと考えてきたのに冷静に考えられなくなる。その日は運良く私のあとにしばらくお客さんが来なかったので、少しのんびり悩むことができた。
私はハード系のパンが好きなのであまりデニッシュなどは普段買わないのだけれど、この日は自分の中で一つ決めていることがあった。それは、甘々のクリーム系デニッシュを買うこと。
バレンタインだから甘いパンをスイーツがわりに買いたい、という思いと、夏にクリーム系のパンを千葉から都内まで持ち帰るのが怖いから冬に来たからには買っておきたい、という思いから、前回は買わなかったデニッシュを今回は絶対に買うんだ、と決めていた。ガラスの向こうにはキラキラ輝くデニッシュが何種類も並んでいて、本当にどれもおいしそう。デニッシュを決めかねて唸っていると、中から店員さんが声をかけてくれた。
「桃のワイン煮のデニッシュ、すごくおいしいですよ!」
ちょうど気になると思ってそのデニッシュを凝視していたところだったので、それならば!と、まずそれをお願いして、もうひとつ、コテコテに甘そうなプラリネクロッカンを注文。プラリネ、という言葉はなぜこうもリッチでおいしそうなんだろう。
その他に前回のリピートで栗とチキンのパン、土日限定のプレッツェルなどを色々と注文し「以上でお願いします」と伝えて自分の持っていたトレーも店員さんに渡す。と、その時、トレーを受け取った店員さんが「デニッシュお好きなんですか?」と聞いてきた。おおっ、嬉しい。私はパン屋さんでお店の方と話すのが大好きなのだ。
「前回は真夏に来たので持ち帰りが心配で買えなかったもので…」と返すと、店員さんは「もしよければ、もう一つ私のおすすめあるんですけど…」とにっこり、というより、にやり。もちろんそんなことを言われたら食べるしかない、とおすすめを伺うことにすると、店員さんはガラスケースのこちら側まで出てきて、デニッシュゾーンまで私を誘い、「この生チョコデニッシュが!めちゃくちゃおいしいです!」と力説。あまりにもりもりのチョコホイップに一瞬怯んだが、おすすめされたらもちろん食べたいので追加でお願いした。レジに戻ると先ほど渡した自分で取ったトレーと、ガラス越しに取っていただいたトレーが並んでいて私の買うパンがずらり。それまで売り場の写真を撮っていた私を見てのことだと思うが「トレーの写真も撮りますよね?」と少し綺麗に並べ直してくれた。もうなんていうホスピタリティなんだろう…。「ありがとうございます!撮ります!」と撮らせていただき、撮影を終えたらもう一人助っ人店員さんがきて二人で手際よくレジを打ちながら袋詰めをサクサク進める。はやい、すごい。
そして実は、私はデニッシュの他にもう一つ、今日の目標があった。それは、前回買い損ねたZopfオリジナルTシャツを買うこと。…だったんだけれど、前回はレジ横に貼られていたTシャツのPOPが今日はない。売り切れてしまったんだろうか…と落ち込みながらも、遠路はるばる来たからには目標を達成したい、と勇気を出して店員さんに「あの…前に販売していたTシャツ、今はもうないですか?」と聞いてみた。
「ああ!いや、まだどこかに確か…」とここまでずっと接客してくれていた店員さんがレジを打ちながらそう返事をして、ささっとレジを打ち終えたところで、レジの脇にあった電話でどこかに電話をかけてくれた。
(…やばい、ずいぶんお手間をかけさせてしまっている…)と焦る私。売り切れちゃったんですよー、もしくは、ありますよ、とレジ横からすぐ出てくる、のどちらかを想定していたので申し訳なさに冷や汗が出てくる。
「ありました!2階にあるんですが、お時間いただいて持って降りてくるか、2階に見に行っていただくか…」
「え!私が2階に見に行きます!!!」かぶせ気味で返事をしてお会計を終え、袋詰めしていただいたパンたちを受け取ったら、店員さんがなんとお店を一緒に出て2階に上がる階段の入り口までついて案内してくださった。なんということ…。出て左です、の口頭説明でもいいのにすごい。と感動しながら店員さんにお礼を言って2階に上がると、2階で作業中の別の店員さんにしっかりTシャツのことが連携されていて、すぐに在庫を見せていただけた。サイズも色も比較的揃っていて、前回買うか悩んだネイビーを無事購入。2階にもレジがあったのでそこでお会計してお店をあとにした。
こんなに至れり尽くせりな体験をパン屋さんでするなんて、と感動が止まらない私であった。
そしてお店を出た途端、めちゃくちゃお腹が空いてきた。4時半起きでまだ何も食べておらず、手元からはおいしいパンの香り…。とりあえず食べたい。Googleマップで近くの公園を探し、住宅街の中の本当にちんまりした公園のベンチに辿り着いた。冬だったけれど朝日がちょうど当たってあまり寒くない。なにより心がほかほかである。このるんるんの気持ちと共にまずはパンを一ついただこう。
実はお会計直前に揚げたてが出てきたカレーパンも、その店員さんに勧められて購入していたので、まずはそれを食べることにする。揚げたてのカレーパンは紙袋に入れたあとさらにビニール袋にも入れてあった。揚げたてなので袋の口はどちらも開けてあり、カレーパンは見るからにサクサク。ビニール袋だけでは湿気ですぐにサクサクじゃなくなるだろうし、紙袋だけでは油で手がベタベタになる。しかしこの袋詰めならサクサク維持かつ油が染みてこなくて、こんなところにも感謝が止まらない。
パン屋さんの仕事は、パンが焼き上がった瞬間や、レジを打った瞬間で終わるわけではないのだと思った。お客さんが最初のひと口を食べるところまで、ちゃんとおいしく届くように。そんなところまで、仕事は続いているんだなぁ。
カレーパンを一口ぱくりとすると、中から湯気がぼわっと飛び出し、火傷しそうなほど熱々。カリカリサクサクの衣とふわふわしっとりのパン生地、熱々でコクのあるカレーが最高においしかった。寒い冬にひんやり冷たい空気の中で、豚まんを頬張ることはあっても、ハフハフしながらパンを食べたのは初めてかもしれない。そして袋からチラリと見えるTシャツも本当に嬉しい。
楽しい。おいしい。いいお店。幸せ。
カレーパンを食べ終えてバス停に向かう道を歩きながら「好きだー」と小さく独り言が漏れた。
推しのパン屋さんができた。絶対に定期的に来たいパン屋さん。これ以上ないくらい、最高の自分バレンタインだった。
パン屋さんを推すというのは、たぶん、そのお店のパンを好きでいることだけではない。そこに行きたい、あの空気を吸いたいというだけで朝早く起きられること。知らない駅でバスに乗るのが少し楽しくなること。店員さんのおすすめを信じて、予定になかったパンをひとつ増やしてしまうこと。そして帰り道にはもう、また来たい場所だと強く思って、次に来られる日を探していること。
「好き」は、ただ心の中にあるだけではなくて、自分の行動の理由になる。朝の電車に乗る理由になる。知らない町を歩く理由になる。私はそういう小さいけれど強くてまっすぐな「好き」に、ずいぶん生活を助けられているなあと思う日々である。
やっぱりパンが大好きだから、きっとまた、推しのパン屋さんは増えるだろう。そのたびに私は少し早起きをして、少し遠くまで行き、予定より一つ多くパンを買って帰ってくるのだと思う。
ちなみに帰ってから家で食べたデニッシュが、これまた感動のおいしさだった。デニッシュってあまり買わないけれど、これはハマったらカロリー的にもお財布的にも大変だぞ……と思いつつ、保冷バッグと保冷剤をがっつり持って、夏でもデニッシュを買ってくる未来が私には見えている。