
話しかけたくなる人
三十歳を過ぎてからのここ数年、知らない人から話しかけられることがずいぶん増えた。というより話しかけられることがうまくなった、といった方が正確かもしれない。
最初にそのことに気づいたのは一人旅の旅先でだった。
おそらく旅先で私はどうみても「旅行者」であり、そして「一人」であることから話しかけやすいんだろうと思った。「旅行ですか?」から始まり、「この土地は初めてですか?」「何をしにここへ?」「何日いるんですか?」と言った質問が続く。最初のうちは人と話すことにそんなに慣れていなかったので端的な回答をして数ラリーしたら終了となることが多かったが、一人旅の経験を積むごとにこういったやりとりにも慣れてきて、会話が広がるようになった。向こうも旅行者に話しかけることに慣れていて、こちらもその場限りの現地の人と話すことに慣れてくる。すると、話は初対面とは思えないほど弾む。おすすめの店を教えてもらったり、こちらの旅行話を聞いてもらったりするうちに、旅先での短い会話はいつの間にか私の中で、一人旅の楽しみの一つになっていった。これは国内でも海外でも同じで、きっと現地の人は旅行者を見かけると話しかけたくなるものなんだろうと思っていた。私もおそらく、もし自分が商店をやっていたら、旅行客と思しき人に話しかける気がする。
一人旅に出たらやたらと話しかけてもらえてすんごく楽しいなぁ、一人最高、旅行最高、と思っていたのだが、最近どうやらそれだけじゃないようだぞ、と思うようになった。一人じゃなくても、旅行じゃなくても、話しかけられることが多いような気がしはじめたのだ。
話しかけられることに慣れれば慣れるほど、そして、そういった会話を楽しいと思えば思うほど、話しかけられる回数が増えてきている。最初は気のせいかと思ったが、気のせいじゃない気がする。というか気のせいじゃない。
そう、私はとにかく、日常生活でもよく知らない人から話しかけられるのだ。
例えばパン屋さんでデニッシュをいくつも選んだら、「デニッシュお好きなんですか?」とレジで店員さんから話しかけられる。もちろん好きなのだが、こちらとしても今回デニッシュを選んだ理由があるわけなのでその話をする。そこからさらに会話が広がる。夏は暑くて持ち帰るのが怖くて買えないのでまだ寒い今回は張り切って買って帰ります。おお、それなら私のおすすめのデニッシュがあってですね、それもどうですか。なんて具合に。
ドーナツ屋さんに並んでいたら、「そのダウン、どこのですか?」と後ろに並んでいたお姉さまから話しかけられたりもした。これは結構びっくりした。
観光地を歩いていたら写真を頼まれることも多い。おばさまの集まりの集合写真や、ご夫婦、カップルなど。京都の清水寺では滞在していたほんの数分で四組の写真を撮った。こちらが一人だと「あなたもどう?」なんて言ってくださる方もいるが、なんだかこっぱずかしくて毎回断ってしまう。次は撮ってもらおう。
この間なんて、家の近くで「この階段おりたら線路の向こうに出られますかね?」と話しかけられた。自転車を押した人だったので、「こっちの階段でもあっちの階段でも向こうに行けます。自転車用のスロープもあります。」と答えたら、とてもいい笑顔でありがとうございますと言ってもらえた。
とまあ、とにかくよく話しかけられる。知らない人から、初めて会った人から。これはもうたぶん気のせいじゃない。そしてこれがとても嬉しい。話しかけようと思ってもらえたことが嬉しいのだ。
なんで話しかけようと思ってもらえるのかなあと考えてみることも増えたけど、明確な理由はなかなか思いつかないまでも、おそらく”急いでなさそう”、”余裕がありそう”、”断らなさそう”、”無視しなさそう”、とかそのあたりじゃないかなあと、自己分析はそんなところだ。
と、そんな私が先日台湾旅行に行ったときのことである。
とある洋服屋さんにて、レジでお会計をお願いしたお姉さんに、私が自分から話しかけるという逆パターンが起きた。
話しかけられて会話が始まることはあったが、あまり自分から話しかけることはこれまでしてこなかった。受け身で始まる会話は得意なのだが、意外と人見知りなのである。
そんな私がお店のお姉さんに何を話しかけたのかというと、「そのネックレスかわいい、このお店のもの?」(実際にはカタコトの英語)である。
まだお会計し始めるところだったし、ここの売り物じゃなかったら気まずいかなあと、普段の私ならそのあとのことを考えて聞かずに終わってしまいそうなところ、私はつい聞いてしまったのだ。
「ああ、ここのじゃないんですよ」とお姉さんは答えたので、「うおーやっちまった」と思ったのもつかの間。「かわいいよね、スペインのブランドでね…」とお姉さんは自分のスマホを出してインスタグラムを開き、ブランドのアカウントをわざわざ探して見せてくれた。「どれもかわいくて」とにこにこしながらいろいろ見せてくれた。どのアイテムも本当にかわいかったので、私もインスタグラムを開いてそのブランドのアカウントをフォローした。「ありがとう!ちなみにこの近くで売ってるとこないですよね?」と聞いたところ「ないけど通販であなたもたぶん買えるよ、日本?」ときかれたので「日本!」と答えたら「いいね、日本好き!」とにこにこしながらお会計を進めてくれた。
お会計のあともずっとにこにこしながら手を振ってくれて、階段手前で振り返っても手を振ってくれていてすごくかわいかった。
このお店は比較的若い子向けのお店で、お店の方も不愛想ではないけど割と淡々としたお店という印象だったので、そのお姉さんに運よくあたってよかったなあと思うと同時に、私はなぜあのお姉さんにためらいもなく話しかけたんだろうとお店を出てから改めて思い返してみた。
まず一つ思ったのは、そのお姉さんとめちゃくちゃ目があうということだった。私もそこそこ人の目を見て話すほうではあるけれど、レジに入ってくれた瞬間からなんだかやたらこちらをじっと見ているなあと感じていた。それも、自惚れとかそういうことは一旦おいておいてだが、結構好意的な感じでこちらを見てくれていたように感じたのだ。
もう一つは単純に、なんだか機嫌がよさそうな感じがしたということだ。これも結構大きいと思う。向こうは仕事中なわけだけれど、そんなときに機嫌がよさそうなんて、めちゃくちゃよくないですか。
私はこのとき改めて、知らない人と話したら新しいことを知ることができるんだなあということと、人と話すのはとっても楽しいんだよなあということを実感した。そして、話しかけてよかった、ということと、話しかけてもらえる人間でい続けたい、ということを思った。もし自分が、相手から見てこのお姉さんのように見えているのならこんなにうれしいことはない。あとは、話しかけた人ががっかりしないように、こちらも会話を広げられる人間になりたいということも、改めて強く思った出来事であった。
そんな嬉しかった日の翌日、実は台湾でもう一つ嬉しいことがあった。
台湾滞在のうち一部の予定を、現地に住む前職の先輩とまわったのだけれど、その先輩から「君といるとなんだかよく話しかけられるなあ」と楽しそうに言われたのだ。もちろんそれは私が見るからに日本人で旅行者感満載だったということもあるだろうが、私が話しかけられるだけでなく、一緒にいるその先輩もよく話しかけられる。
そう思って過ごしてみると確かによく話しかけられる。台北市内の寺院をいくつか回った時には、お参りに来ていた現地の人から旅行?と話しかけられたし、基隆という港町の市場でご飯を食べている時にもお店の方からこの街には何をしに?と話しかけられた。
私は基本的に一人でいる時にしか話しかけられない認識でいたから、これは新しい体験だった。私は人から話しかけられる星のもとに生まれたのかもしれない。なんてのはおこがましいとしても、これはもう、「人からよく話しかけられる」というのを自分の特技の一つにしようといよいよ思うにいたるエピソードだった。
台湾から帰ってきてからも、私はしばらくそのことを考えていた。人はどういうときに、知らない人に声をかけるのだろう。どんな人相手なら、話しかけようと思うのだろう。
そんなことを考えていた矢先、とある日の仕事終わり、また忘れられない出来事がおきた。
その日は吉祥寺で知人と夕食を食べる予定があり、その後に二人で古書店へ立ち寄った。そこで川上未映子さんのエッセイ本を買おうとしたのだが値札がついていなくて、レジのお姉さんに値段を聞いた。前髪だけ金髪の、一見話しかけにくそうに見えるお姉さんだったけど、本を買いたいのでとりあえず話しかけて価格を聞いた。
お姉さんは、「ほんとだ、書き忘れですね。店長に聞くので、少し時間大丈夫ですか?」と言いつつ値段を確認してくれ、「あ、すぐ返信きそう」「返事来ました、500円です」と教えてくれた。「あ、じゃあそれ買います」私がそう言ったところで、「私、川上未映子さんが一番好きなんです」と、テンション高めの告白が突然レジの向こうからとんできた。満面の笑みである。そしてなんとグッドタイミング、私の方も、ずっと読み終えられなかった川上未映子作品をつい先日初めて楽しく読み終えたところ。ここから川上未映子作品を読み漁るぞと意気込んでいたタイミングだったのだ。
川上未映子愛にあふれたお姉さんとはそのあとしっかり話が弾み、「川上未映子さんを好きになったのは十五歳の頃に読んだすべて真夜中の恋人たちで…」という、お姉さんのここまでハマった流れとか、私は、「春のこわいものをつい最近読んでめちゃくちゃよくて二冊目は何にしようかと探していて…」、とか。お姉さんの一番好きな一冊も教えてもらい、あらすじをきき、どんなところが好きなのかを語ってもらい、絶対に次それを買おうと心に決めてお店を出た。(ちなみにその一冊はその古書店にはなかったので後日に持ち越しである。)
これは、単純にお姉さんが川上未映子さんを好きすぎて買う人買う人に話しかけているという説もあるが、それにしても、この人に話しかけようと思ってもらえたんだなあと思うとなんだかとてもうれしくなった。
その時私は一人ではなかったけれど一人じゃなくても話しかけてもらえたし、旅行客と現地の人とかいう関係ではなくても話しかけてもらえたことが嬉しかった。そして話しかけられてからの話もびっくりするほど盛り上がったし、お店を出てその体験込みで手に入れた本を手にホクホクしている私を見ながら、知人は「嬉しそうだねぇ、よくあんなに話が続いて広がるよねえ」と感心してくれた。
ちょっと前の私は、「海外旅行に行って日本人に話しかけられたくない」だの「一人旅に行って誰かと気を使って話したくない」だのと、なかなか閉じたことを言っていた。その気持ち、今もまったくわからないわけではない。けれど、もしずっとそのままだったら、私は目の前に差し出された小さなチャンスを、いくつも取りこぼしていたのだろうと思う。きっかけはわからないにしても、その段階を脱して、今こうして人に話しかけてもらえること、自分から人に話しかけられること、人と話をできることをとてもありがたいと思えるようになって本当によかったなぁと思う。
これからもいろんな人とたくさん話して、いろんな世界を知って、もっと話しかけられたくなる人になって、そして話しかけてよかったと思ってもらえる人になりたいと思う。