
秋の海の底には。
秋の気配が、海をより深く、寡黙に変えていく。 相模湾の底へと続く階段を下りれば、そこはもうひとつの宇宙だ。

大水槽を埋め尽くす、鰯の群れ。 無数の銀色が、意思を持つひとつの雲のようにうねり、 光を反射しては、闇へと溶けていく。 それは、終わることのない輪廻の瞬き。




暗がりの向こうに、沈黙の主が潜んでいる。 岩に擬態した蛸は、深淵の知性を湛えた瞳で こちら側の世界をじっと観測している。 重力から解き放たれた、異形の賢者。

浮遊するクラゲたちは、銀河を渡る宇宙船だ。 透き通る体で、音のないリズムを刻み、 過去も未来もない、永遠の「今」という流れに乗っている。

窓の向こうは、深海か、あるいは星間か。

私はただ、境界線に立ち尽くす。 水という名の虚空に抱かれながら、 自分という存在が、一滴のしずくになって この広大な調和へ還っていくのを、ただ許している。