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出禁・ガチ恋・A Beautiful Star

    十数年前。

    まだ「コンカフェ」という言葉はなかった。

    だから当時の私は、自分がコンカフェオタクだとは思っていなかった。

    平日は営業マンとして働き、昼休みにはメイド喫茶へ行き、休日には女の子とお出かけし、夜は匿名掲示板で知らない誰かと口論していただけである。

    こうして書くと、完全にコンカフェオタクである。

    当時通っていた店は小さかった。

    客も店員もだいたい顔見知りだった。

    今思えば、あれは店というより村だった。

    誰が誰を推しているか分かる。

    誰が誰と仲がいいか分かる。

    誰が誰を嫌っているかも、なんとなく分かる。

    狭い世界だった。

    そして私は、その狭い世界が好きだった。

    好きな女の子もいた。

    何人もいた。

    ここは正直に書いておく。

    一人に夢中になっていたと思ったら別の子と毎日LINEをしている。

    その子とうまくいかなくなると、また別の誰かが気になる。

    今振り返ると、恋愛というより回遊魚だった。

    止まると死ぬタイプのオタクである。

    当時好きだった女子大生のメイドさんとは毎日LINEしていた。

    朝起きてLINE。

    昼休みにLINE。

    寝る前にLINE。

    今なら依存と言われても反論できない。

    だが当時は純愛だと思っていた。

    若さとは、自分に都合の悪い現実をロマンチックに翻訳する能力のことだと思う。

    そんな生活を続けているうちに、私は少しずつ客席からはみ出していった。

    匿名掲示板には店の専用スレッドがあった。

    ある日から私らしき人物の話題が出始めた。

    最初は気になった。

    次に腹が立った。

    そして若かった私は無視できなかった。

    煽られたので煽り返した。

    今なら絶対にやらない。

    だが当時の私は、顔も名前も知らない誰かに勝とうとしていた。

    何を勝ち負けにしていたのかは今でも分からない。

    結果だけは覚えている。

    状況は順調に悪化した。

    常連との関係も悪化した。

    店の空気も悪くなった。

    そして私は出禁になった。

    人生初の出入り禁止である。

    暴力でもない。

    窃盗でもない。

    距離感を間違え続けた結果、出禁になった。

    我ながら珍しい経歴だと思う。

    そんな頃だった。

    界隈の人気投票イベントで十位になって泣いていた女の子と再会したのは。

    数年前、その子を見たことがあった。

    小さな店から出場していた彼女は、十位という立派な順位にもかかわらず泣いていた。

    理由は知らない。

    ただ、その姿だけが妙に印象に残った。

    そして偶然再会した。

    私は開口一番、

    「この前、十位で泣いてた子やん」

    と言った。

    今なら絶対に言わない。

    だが不思議なことに、それがきっかけで仲良くなった。

    人生は分からない。

    その店へ通うようになった。

    一緒に出かけるようになった。

    そして私は、その子を好きになった。

    今までの誰とも少し違う形で。

    だからこそ嫉妬もした。

    彼女の仕事は、お客さんと出かけることだった。

    食事へ行く。

    買い物へ行く。

    遊びに行く。

    それが仕事だった。

    ある日、

    「服買ってもらった」

    と聞く。

    値段を聞いて驚く。

    私のスーツより高い。

    別の日には高級レストランの話を聞く。

    また別の日にはヘリコプターで夜景を見た話を聞く。

    私はその頃、営業車の中でコンビニのおにぎりを食べていた。

    同じ大阪の空を見ているはずなのに、標高差がひどい。

    もちろん仕事だと分かっていた。

    頭では理解していた。

    だが感情はそう簡単ではない。

    好きになると、人は理屈で動かなくなる。

    若い頃の私は特にそうだった。

    やがて客とキャストだった二人は、同じ家で朝を迎えるようになった。

    ところが、一緒に暮らし始めると、それまで見えなかったものが見えてくる。

    私は彼女を理解しているつもりだった。

    実際には何も理解していなかった。

    当時の私は、人の弱さや苦しさについてほとんど何も知らなかった。

    ある朝、目を覚ました私は、そのことを思い知らされる。

    好きな相手のことですら、人は簡単には理解できない。

    その事実を受け止めるには、私はまだ若すぎた。

    結局、私たちは長く続かなかった。

    ドラマチックな別れではない。

    ただ、お互い未熟だった。

    それだけだと思う。

    今振り返ると、あの界隈には不思議な人たちがたくさんいた。

    後に地下アイドルになる子もいた。

    グラビアの仕事を始める子もいた。

    芸事の世界へ進んだ子もいた。

    だが当時の彼女たちは、みんな普通の女の子だった。

    コンビニでアイスを選びながら悩み、ファミレスでどうでもいい話をして笑っていた。

    未来なんて誰にも見えていなかった。

    もちろん私にも。

    十年以上が経った今でも、その店は残っている。

    私はもう通っていない。

    通えない、の方が正しいかもしれない。

    あの頃の自分が、まだどこかの席に座っている気がするからだ。

    恋愛物語の主人公になったつもりで。

    私は主人公ではなかった。

    オタク街の小さな村で、恋をして、嫉妬して、掲示板で喧嘩して、出禁になった、少し面倒な村人Aだった。

    それでも。

    人生をやり直せるとしても、あの時間を消したいとは思わない。

    出禁になった。

    ガチ恋した。

    嫉妬もした。

    たぶんたくさん間違えた。

    でも、あの頃の私は本気だった。

    そして本気で生きた黒歴史は、歳を取ると案外きれいに見える。

    少なくとも私には、そう見えている。

    ⸻

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

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