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私が求めていたのは「安心」だった

    はじめに

    「なぜ、あの時やめなかったのか」

    この問いは、何度も自分に向けてきました。
    けれど振り返るほどに思うのは、あの時の私は「間違った判断をした」というより、「正しいと思える材料の中にいた」ということです。

    信頼できる人からの紹介。
    一見、筋の通った説明。
    そして、「今しかない」というタイミング。

    冷静に見ればおかしいことも、その中にいると、不思議なほど自然に思えてしまう。

    これは、私が投資詐欺に巻き込まれるまでと、その後を振り返る記録です。

    「信じられる理由」が揃っていた

    あの投資の話を最初に聞いたとき、私は強い違和感を抱いたわけではありませんでした。
    むしろ、「良い話かもしれない」と感じていました。

    それは、内容そのものというよりも、「誰から聞いたか」が大きかったのだと思います。

    紹介してきたのは、まったくの他人ではなく、 これまでの関係の中で信頼を置いていた相手でした。

    その投資を紹介してくれたのは、ビジネススクールで知り合ったAさんでした。

    SNSだけの関係ではありません。
    同じ場所で学び、何度か言葉を交わし、私はAさんを「行動力のある人」だと思っていました。

    当時の私は、自分より少し先を歩いているように見える人の話を、前向きな情報だと受け取りやすい状態でした。

    あのときの私は、将来に対してどこか焦っていました。

    奨学金を返しながら社会人生活を始めました。
    同世代からは「年金は当てにできないかもしれない」という話も聞こえてきました。
    一人っ子で独身。
    老後のお金に、漠然とした不安を抱えていました。

    だから、その投資は「怪しい話」ではなく、「将来を変えるかもしれない話」に見えてしまったのです。

    実はAさんとは、同じタイミングで学んでいたわけではありません。
    スクールの卒業生が集まる懇親会で知り合いました。

    最初は特別な関係ではありませんでした。
    けれど何度か顔を合わせるうちに、自然と距離が縮まっていきました。

    Aさんの周りには、「今うまくいっている人」が集まっているように見えました。
    タワーマンションのラウンジや、都内の少し背伸びしたお店での集まり。

    その空間に身を置くこと自体が、どこか自分も前に進んでいるような気持ちにさせてくれました。

    そこにいる人たちは、みんな何かを始めていて、何かを掴みかけているように見えました。

    私は、その場にいる自分を少し誇らしく感じていました。
    「自分もここにいる」という感覚が、どこかうれしかったのです。

    同時に、ワクワクしてもいました。
    このままいけば、自分の将来も少し違うものになるかもしれない、と。

    だから私は、疑うよりも先に、期待するほうを選びました。
    あのときの私は、だまされようとしていたわけではありません。

    むしろ必死でした。
    将来の不安をどうにかしたくて、自分の人生を前に進めたくて。

    その必死さが、視野を少しだけ狭くしていたのだと思います。

    その人が勧めるものなら、大きく間違っていることはないのではないか。
    そう思ってしまうのは、ある意味で自然なことだったのかもしれません。

    いま振り返ると、あれは「判断ミス」だったのかもしれません。

    でも同時に、あのときの私は本気だったとも思っています。

    小さな違和感と、それを消した自分

    最初にAさんから持ちかけられたのは、投資の話ではありませんでした。
    「あなたをプロデュースしたい」

    当時の私は副業で、ある理論のコンサルタントとして活動を広げようとしていました。
    そのことを話したのがきっかけでした。

    Aさんは、服を目利きして仕入れ販売する個人事業主で、外見の印象、空気感、第一印象のインパクトに強いこだわりを持つ人でした。

    • SNSの発信。

    • 写真撮影。

    • 名刺。

    • 服装。


    そんな話から始まり、船上パーティーやタワーマンションのラウンジパーティーへと、世界は少しずつ広がっていきました。

    非日常の空間。
    洗練された人たち。
    漂う、どこか成功の匂い。

    少し緊張しながらも、どこかワクワクしていました。

    やがてAさんが不動産業の個人事業主になってから、話題は徐々に“事業”や“投資”へと移っていきます。

    • せどり・転売。

    • 暗号資産。

    • 動産や不動産。

    あのときの私は、投資を始めるつもりはありませんでした。

    当時の私は、副業としての収益はまだ安定しておらず、形も整っていない状態でした。

    そんなとき、Aさんからこう言われました。
    「副業が軌道に乗るまでの間、仮想通貨で資金を増やせばいい」と。

    当時は「仮想通貨元年」とも呼ばれていた時期でした(現在は「暗号資産」が正式名称です)。
    テレビではbitFlyerやCoincheckなどのCMも流れていたこともあり、その提案は突飛なものには聞こえませんでした。むしろ、合理的に思えました。

    副業が軌道に乗るまでの「つなぎ」だと思えば、怖さは小さくなる気がしていたのです。
    そうやって私は、入り口の前に立っていることにも気づかないまま、少しずつ近づいていました。

    その流れの中で、私はコールドウォレットを作りました。仮想通貨を安全に保管するためのものだと説明を受け、特別なことをしている感覚はありませんでした。必要な準備をしている、という程度の認識でした。

    そして、間もなく紹介されたのが、「Right Rise」という暗号資産を使った投資案件でした。

    判断を鈍らせる仕組み

    Right Rise

    Right Riseの説明会は、都内の教室のような会議室でした。
    主催者がホワイトボードに仕組みを書きながら説明していました。

    • 「イギリス政府公認の事業」

    • 「月利でいうと、45%」

    • 「これからは仮想通貨の時代」

    などと、Aさんやその上の紹介者は熱を帯びて語っていました。

    会場にいたのは、社会人経験がありそうで、それなりに稼いでいそうな人たち。

    前向きなうなずき。
    前のめりの姿勢。
    ときおり入る相づち。

    少なくとも、その場で否定的な意見を口にする人はいなかったように記憶しています。

    私はというと――
    少し緊張しながら、でも期待も感じながら、その空気の中に座っていました。

    「本当に大丈夫かな」

    そんな小さな声は、心のどこかにあったはずです。
    けれどそのときは、まだ大きな警戒にはなっていませんでした。

    Aさんは、こうした案件は短期間で資金を増やすためのものだと説明しました。副業が軌道に乗るまでの“つなぎ”として、早いうちにできる限り稼ぐのだ、と。

    その言葉に、私は特別な違和感を抱きませんでした。

    今振り返れば、説明会は突然始まったわけではありません。

    その前に、「つなぎ」という言葉で、私の中の抵抗はすでに小さくなっていました。

    そうして私は、 “入り口”の前に立っていました。

    D9 クラブ

    Right Riseの後にも投資案件を紹介されましたが、半年かそこらで終了し、思うような成果は出ませんでした。

    そんなとき、一つの投資案件を紹介されます。

    “D9 クラブ(以下、D9)”

    「1口2,046USドル(24万円相当)のビットコインを預けるだけで、毎週170ドル(約2万円相当)の報酬が入る。」

    初めてその仕組みを聞いた時、私は「そんなことが本当にあるのだろうか」と思いました。

    それでも、その話には不思議な説得力がありました。

    D9のイベントには、何千人もの人が集まっていました。
    会場の熱気と、壇上に立つ人たちの自信に満ちた言葉。
    これだけ人がいるのだから、大丈夫だと思いました。
    少なくとも、そのときの私は。

    私は約24万円を投資し、そのうち約16万円は出金できました。
    残ったのは、約8万円。

    そして、出金は止まりました。
    出金が止まったあとも、すぐに「終わり」だとは思えませんでした。

    元締めのデニーロ会長や本社が出金問題について協議している、という話。
    D9 JAPANのカルロス氏が、会員を守るために被害者の会を立ち上げる、という情報。

    それらは、Aさんによって登録されたLINEグループに次々と共有されていました。

    もしかすると再開するかもしれない。
    たとえ再開しなくても、訴訟でいくばくかは回収できるかもしれない。

    そんな期待が、完全には消えていませんでした。

    LINEグループは、静まり返ることはありませんでした。

    韓国では出金が確認できた。
    さらに中国でも動きがあるらしい。

    そんな情報が、断片的に流れてきました。

    Aさんの属するグループは、韓国のD9サイトで登録し直し、出金を試みる動きを見せました。

    私も韓国サイトで登録し直し、少しでも出金できないか試しました。
    しかし、うまくいきませんでした。
    それでも、「どこかでは出金できている」という話は、希望をつなぎ止めるには十分でした。

    D9 JAPANのカルロスによる訴訟の話も、当初は心強く思えました。

    しかし、その情報はいつの間にか途切れました。

    その後、別の日本人メンバーが被害者の会を立ち上げ、集団訴訟をするという話が出ました。

    私も、その被害者の会に参加しようと思いました。
    8万円。小さな金額ではありません。

    ところが、集団訴訟の条件は「被害額10万円以上」でした。
    私は、その線の外側にいました。

    金額で線が引かれるのは、合理的なのかもしれません。

    それでも、線の外側に立たされた側には、
    切り捨てられたような感覚が残りました。

    トライクバイク投資

    さらに次のトライクバイク(以下、トライク)投資の話を聞いたのは、説明会の会場ではなく、一本の電話でした。

    それまで参加していた暗号資産系の案件とは少し雰囲気が違い、「現物がある投資」だと説明されました。

    トライクを購入し、それをレンタルに回すことで収益を得る。
    ローンを組んでも、レンタル料で相殺できる仕組みだといいます。

    当時の私は、それを「現実的な投資」に近いものだと受け取っていました。

    具体的な流れは、次のように説明されました。

    まず、会社Oが出資者を募る。
    出資者はトライクバイクを購入する。

    ただし、購入といっても名義が自分に移るわけではありません。
    契約上は購入者だが、車両の登録名義は別にあるという形でした。

    購入資金はローンを組むこともできました。
    その場合、7年から10年の返済計画で、月々の支払いが発生します。

    そのトライクはレンタル代理店を通じてリゾート施設に回され、レンタル収益が出資者に分配される。

    その収益でローンを相殺していく。
    それが、提示された仕組みでした。

    ローンの返済期間は7年。月々の支払いは約2万円。
    それでもレンタル収益が入れば毎月約1万円が手元に残る。
    少しでも家計が楽になるのならと思い、始めました。

    実際、最初の3年間はレンタル料が振り込まれていました。
    その間は毎月、ローンとほぼ差し引きプラス1万円程になりました。

    しかし、ある時期を境に入金は止まりました。
    理由の説明は曖昧で、具体的な見通しも示されませんでした。

    それでもローンの返済は続きました。
    仕組みが止まっても、契約は止まりませんでした。

    収益が前提で組んだローンは、その前提が崩れた瞬間から、ただの負債になりました。

    さらに大きな問題は、名義の扱いでした。

    私はトライクを「購入」したはずでした。
    しかし、車両の登録名義は自分には移っていませんでした。

    契約上は出資者であっても、実際に自由に処分できる所有物ではありませんでした。

    トライクはレンタル代理店を通じて運用されると説明されていましたが、その代理店はやがて事業を継続できなくなりました。

    車両がどこにあるのか、
    実際に存在しているのか、
    それを確認する手段はありませんでした。

    手元に残ったのは、ローンの支払いだけでした。

    私は二輪免許を持っていませんでした。
    トライクに乗る予定もありませんでした。

    それでも契約書に署名をしました。
    現物があるという安心感が、判断を鈍らせていたのかもしれません。

    合同会社の社員権投資

    合同会社F社の社員権投資もまた、都内の会議室で行われました。ホワイトボードを使い、仕組みや収益構造が説明されました。

    話が進むにつれて、考える余裕は少しずつ奪われていきました。

    「今決めないと間に合わない」
    「このタイミングを逃すと意味がない」

    そんな言葉が重なり、自然と“急がされる空気”が作られていきます。

    周囲にはすでに参加している人がいて、
    その中にいると、自分だけが立ち止まることが難しくなる。

    冷静に考える時間を持つことよりも、 その場の流れに乗ることの方が、ずっと簡単でした。

    社員権の購入資金については、カードローンを利用する方法が提案されました。
    紹介者からは、
    「収益で返済していける」
    と説明されました。

    紹介者の案内に従って、購入資金を用意するための手続きが進められていきました。

    金融機関から確認の電話が入るたび、私は「自分の意思です」と答えていました。
    今思えば、その時点で立ち止まることもできたのかもしれません。
    けれど当時は、紹介者にも金融機関にも、「自分で判断できる大人」として見られたい気持ちの方が強くなっていました。

    また今振り返ると、不思議なことに、
    「本当に大丈夫だろうか」
    と考えることよりも、
    「ここで不安そうにしてはいけない」
    そんな気持ちの方が強くなっていました。

    自分で決めたことなのだから。
    そう思い込もうとしていたのかもしれません。

    私は紹介者の説明を信じ、複数のカードローンを利用して社員権を購入しました。借入総額は、最終的に約1,000万円に達していました。

    あの時の私は、自分で選んでいるつもりで、 実は少しずつ“選ばされている状態”に入っていたのだと思います。

    その頃はまだ、それぞれの違和感を一つの流れとして見ることはできませんでした。

    気づいた時には、もう遅かった

    合同会社F社の社員権投資は、最初の1年間は、毎月ほぼ予定通り配当が振り込まれていました。

    確かに入金されているという事実は、「この投資は本当に機能している」という安心感につながっていました。

    しかし、2018年9月。
    その月、予定されていた配当は振り込まれませんでした。

    代わりに届いたのは、「海外送金にエラーが発生しており、現在調査中のため少し待ってほしい」というメールでした。

    海外送金なら、そういうこともあるのかもしれない。
    完全に疑ったわけではなかったが、どこかに小さな違和感はありました。

    それでも翌月、「一部配当を振り込む」という連絡があり、実際に予定額の約半分が振り込まれました。

    完全停止ではない。
    だから、復旧途中なのだろうと思いたかった。

    しかしその後、10月のメールでは「銀行トラブルがまだ復旧しておらず、11月10日に復旧予定」と説明され、
    11月12日には「全社員分の配当支払いができない状況であり、一部の方には11月23日まで待ってほしい」との連絡が届きました。

    さらに11月26日。

    そのメールには、これまで聞いたことのない投資事業内容の説明が記載されていました。
    全部で3種類の事業があるとされており、そのうち2つはうまくいっていないという内容でした。

    その2つは、少なくとも私が契約時に明確に説明を受けた記憶のないものでした。

    説明が変わったのか。
    それとも、最初からすべてを理解していなかったのか。

    判断はつきませんでしたが、少なくとも「当初聞いていた話と同じではない」という感覚だけは、はっきりとありました。

    12月5日には、「可能な範囲で配当金を振り込ませていただいた」とのメールが届きました。
    しかし、私の口座には振り込みは確認できませんでした。

    同じメールには、
    「社員の皆様が納得いただけるような案を弁護士と検討しており、来週には弁護士から直接ご連絡する予定です」
    とも書かれていました。

    弁護士という言葉を見て、事態はかなり深刻なのだと感じました。

    そして、その「来週」は来ませんでした。
    その後、弁護士からの連絡は一度もなく、F社からのメールも、やがて途絶えました。

    この頃になると、それまで感じていた小さな違和感が、ようやく一つにつながりました。

    「あれは、おかしかったのではないか」
    「あの説明は、成り立っていないのではないか」

    そう思った時には、すでに状況は進んでいて、 簡単に引き返せる段階ではありませんでした。

    こうして振り返ると、案件は違っていても、私が判断を重ねてしまう流れは、どれもよく似ていました。

    信頼。
    期待。
    少しの違和感。
    そして、「ここまで来たのだから」という気持ち。

    気づけば私は、自分で選んでいるつもりで、少しずつ選択肢を失っていっていました。

    失ったものは、お金だけではなかった

    合同会社F社からの連絡が途絶えても、私はすぐには現実を受け止めきれませんでした。

    同時期、紹介者のK氏や、その上位の人たちがまとめているLINEグループでは、同じ日に説明会を受けた他の投資者たちが情報を共有していました。

    「銀行の問題なら一時的なものだろう」
    「別の送金ルートを確保しているらしい」
    「弁護士が入っているなら整理されるはず」

    そんな言葉が並んでいました。

    中には、何百万円、あるいは数千万円単位で投資している人もいました。

    投資額は違っていても、不安を抱えながら情報を待ち続けていたことは、みな同じだったと思います。

    私もまた、カードローンの返済だけは止まらない現実を前に、「どうにか状況が動いてほしい」と願っていました。

    被害者向けの情報共有サイトや、集団訴訟の準備をしているというサイトの存在も、その頃初めて知りました。

    私も、情報を得るためにいくつか登録しました。

    最初の3か月ほどは、もしかすると復旧するかもしれない、という気持ちがまだ残っていました。

    しかし、12月5日に入金がなかったことで、その希望はほぼ消えました。

    現実を確認するため、改めて自分の収支を計算しました。

    • カードローンの返済額。

    • 毎月の固定費。

    • 給与額。

    計算すると、このままでは近いうちに支払いができなくなることがはっきりしました。
    その時、初めて「これは生活に関わる問題なのだ」と実感しました。

    どうすればいいのか分からず、法テラスや県の法律相談センターなどに相談しました。
    弁護士に事情を説明すると、個人再生という手続きがあることを教えられました。

    そして弁護士と正式に契約し、受任通知が各債権者に送られました。

    できれば、家族には知られずに済ませたいと思い、その方法がないかも確認しました。
    しかし、奨学金の連帯保証人が父になっている以上、完全に知らせずに進めることは難しい、とのことでした。

    1日か2日ほど迷った後、震えながら家族に話しました。

    一通り説明すると、家族は静かに「そうなんだ」と受け止めました。
    責められることはありませんでした。

    それでも、自分の中では、取り返しのつかないところまで来てしまった、という感覚が残っていました。

    その後、水道光熱費や生活費を含めた家計全体の資料を数か月分集め、提出し、個人再生の申立てを行いました。

    手続きは長く、認可までに約2年かかりました。
    これは、期間中に新型コロナウイルス感染拡大防止のための自粛制限により、法律事務所および裁判所での手続きが通常より長くかかったことも原因の一つだったかと思います。

    その間、債権回収会社から訴訟を起こされ、会社宛に給与差押え命令の書類が届いたこともありました。

    書類を見たとき、心臓が止まるかと思いました。

    しかし、その頃には弁護士から
    「最終的に個人再生が認可されれば、影響は限定的になる」
    と説明を受けていたため、指示に従って対応を進めました。

    表面上は、これまでと変わらず仕事を続けていました。

    けれど内心では、

    あの時、あの話に乗らなければ。
    最初に違和感を覚えた時に、距離を置いていれば。

    そんな後悔を、何度も繰り返していました。

    そしてその経験から、一つ、はっきりと学んだことがあります。

    自分の手元を離れ、自分ではコントロールできない場所に預ける投資は、想像している以上に大きなリスクを伴うということでした。

    個人再生の手続きが始まったことで、返済の道筋は見えました。

    それは「解決」ではなく、これから数年かけて向き合っていく現実が、形になったということでした。

    これまで当たり前だった「信用」は、一度失うと、簡単には戻りません。

    それでも、生活は続いていきます。
    仕事に行き、日々を過ごし、少しずつ現実に慣れていくしかありませんでした。

    「これは詐欺だったのかもしれない」

    そう認めざるを得なくなったとき、
    頭の中が真っ白になる、というよりも、
    すべての時間が止まったような感覚になりました。

    怒りでも、悲しみでもなく、
    ただ、現実だけがそこにありました。

    失った金額。
    戻ってこない可能性。
    信じていた自分自身への疑問。

    そして何より、
    「これから、どう生きていけばいいのだろう」
    という問いでした。

    結果として、私はお金を失いました。

    けれど本当に大きかったのは、それだけではありません。

    人への信頼。
    自分の判断への自信。
    そして、「自分は大丈夫だろう」と思っていた感覚。

    それらが、一度に崩れていきました。

    なぜ気づけなかったのか。
    なぜ止まれなかったのか。

    その問いは、自分を責める形で、長く残り続けました。

    一番つらかったのは、「騙されたこと」そのものよりも、
    「騙された自分」を受け入れることだったのかもしれません。

    それでも残ったもの

    それでも、この経験を通して残ったものもあります。
    それは、「違和感に目を向ける視点」です。

    以前の私は、違和感があっても、 場の雰囲気を重視したり、それを“気にしすぎ”として処理してしまったりすることがありました。

    けれど今は、小さな引っかかりを、そのままにしないようになりました。

    人の言葉や状況を、少し距離を置いて見ること。
    自分の感覚を、軽く扱わないこと。

    それは、お金には代えられない学びだったと思っています。

    この経験を、未来のために

    なぜ今、この話を書こうと思ったのか。
    それは、同じような状況にいる人が、どこかにいるかもしれないと思ったからです。

    ある時、インターネットで投資詐欺のニュースを目にしました。

    被害額。
    被害者の年齢。
    「信頼していた人からの紹介だった」という言葉。

    そこに書かれている内容は、
    細部は違っても、本質は私の経験とよく似ていました。

    そして思いました。
    これは、特別な人だけに起きることではないのだ、と。

    判断力が極端に低かったわけでも、欲深かったわけでもない。

    むしろ、
    「家族に迷惑をかけたくない」
    「将来への備えをしたい」
    そんな思いを抱えていた人が、入り込んでしまう構造があるのだと。

    同時に、もう一つの思いが浮かびました。

    もしあの時、同じような経験をした人の、具体的な話を読むことができていたら。

    「こういう流れで進む」
    「こういう言葉が使われる」
    「こういう違和感がある」

    それを事前に知っていたら、
    どこかで立ち止まることができたかもしれない。
    そう思いました。

    もし、少しでも違和感を抱いている人がいるなら。
    もし、「でも大丈夫」と自分に言い聞かせている人がいるなら。

    その時に、この体験が、ほんの少しでも立ち止まるきっかけになればと思っています。

    おわりに

    もし今、似たような話の中にいる人がいるなら、
    どうか一度だけ、自分に問いかけてみてほしい。

    「これは本当に、自分の意思で決めているのか」と。

    あの時の私は、選んでいるつもりで、
    実は少しずつ、選ばされていました。

    この経験が、誰かが立ち止まるきっかけになれば、
    あの日の私にも、ようやく意味を返してあげられる気がしています。

    ※本記事は実体験をもとにした連載の再構成です。
    現在も続編を公開していますので、あわせてご覧いただけると幸いです。


     
     
    FIREを目指す中で、大きく判断を誤りました。 その遠回りの中で見えた、違和感や人の心理を記録しています。 実体験ベースで発信しています。

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