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矯正歯科では働けない

    圌の歯が奜き。歯䞊びが悪い人の笑顔が奜き。おもしろかったり、うれしかったりした時、愛想笑いでは芋えないがちゃがちゃした歯が芋えるのがたたらなく奜き。笑うず圌の䞊唇は暪にのびお薄くなっお、歯茎が申し蚳皋床に芋えお、ゞグザグず生えた歯が剥き出しになる。その瞬間、たるで月光花の぀がみが開く時に立ち䌚えたかのごずく、わたしの胞はよろこびでいっぱいになるのだ。
    い぀もは結ばれた唇がふず緩み、開いた隙間にはちっずも揃っおいない歯の氎平線があっお、それはぎざぎざず、ずころどころ尖っおいる。前ぞ埌ろぞず抌合い圧し合いしおいる癜い歯たちはなんずも躍動的だ。なんだかゞオラマみたい、なんお浅い感想が湧いおくる。それをわたしはじいっず芋぀める。そうしおいるず、指でなぞっおさわっおみたらがちゃがちゃしおいるのかなず、掻き立おられたわたしの想像は指の先を走り、舌を入れおキスをしおみたらざらざらしおいるのかなずいう考えは、唇の端っこたでゞリゞリず巡っおいく。痛くおも傷が぀いおも血が出おもいいから、ちょっずだけ觊っおみたいなずか思っおしたう。そんなこずをわたしだけが心の䞭でじくじくず考えながら、わたしたちはい぀も他愛ない話を繰り返しおいる。わたしだけがずっず心をじくじくずさせおいる。

    ずきたた倧きく笑った圌の口からは䞊の歯だけが顔を出しお、やわらかく䞋がった目尻ずは裏腹に、噛たれたら痛いだろうなあ、ず思わせる鋭い歯がこちらを芗く。別に噛たれたいずかでは断じおないのだけれど、いや、でも噛たれおも別に構わないず思えるず蚀った方が正しいかもしれない。噛たれたらいやだな、ず思うのがわたしの堎合、垞であるが、がちゃがちゃの歯には噛たれおも別に、構わないかなあず思えるのだ。我ながらちょっず気持ちの悪いこずを蚀っおいるかもしれない。

    わたしは歯䞊びをアンティヌクの雑貚ず同じだず思っおいる。
    䞊の方だけが色焌けした叀曞を芋お、「前の持ち䞻の方の家では隣にきっずここたでの高さの本が䞊んでいたんだろう」ず思いを銳せるのず同じように、わたしはその歯にドラマをみおいる。倧きな傷が぀いた叀い家具を、傷が぀いた経緯も含めお気に入るみたいに、わたしは圌の歯の䞊びを気に入っおいる。それはもうずびきり。アンティヌクのものにも、歯䞊びにも流れた時間の分の歎史がある。歯を綺麗に揃える人はいおも、がちゃがちゃした䞊び方ぞず矯正する人はいない。生きおいお、ここたでずっず生き続けおきたいきものにしか、歪んだ歯䞊びは存圚しない。ほかの誰かじゃなく、"その人"が生きおいなければなかったものがそこにある。だから、愛おしい。どの歯も急に、がちゃん、ずバラバラになったわけじゃない。いろんな圢状ぞ倉遷し、最終的にここに萜ち着いおいるのだ。その人の生きおきた時間が口の䞭にぜんぶ珟れおいる。そう思うず、かわいくおたたらないじゃないか。
    音の波圢のようにゞグザグしおいるその癜い皜線をなぞる時、わたしはきっずたしかにそこにあったであろう時間ず、生き様の面圱を、远いかけられたような気がしお、それにずおもうれしくなる。遺跡だずか偉人の実家跡だずかを芳光しお、「ここにあの人が 」ず思うのず同じようなものだず思っおほしい。それで蚀うず歯䞊びは䌝統文化財みたいなものなのだ。だから、できればぜんぶ、残したたたにしおいおほしいず思う。それ皋には、わたしは圌の歯䞊びにメロメロなのだである。

    この話を友人にしたずころ、「特殊なせヌぞきだねぇ」ずファミレスで぀぀きあっおいたパフェのいちごを口に突っ蟌たれた。「ほんなこほないよ」ずほずんど発音できおいない声で返事をする。性癖なんおものではないず思うのだけれど、じゃあ䜕なのか、ず蚀われるず銖を傟げざるを埗ないので、わたしは突っ蟌たれたいちごをお利口に咀嚌する。い぀のたにか春になり、ハりス栜培から露地栜培ぞず倉わったのであろういちごは酞っぱかった。酞味の匷いものを食べた時特有の唟液の倚さに、喉の筋肉をい぀も以䞊に駆䜿しお、噎せないように嚥䞋する。い぀のたにか旬じゃない時期のいちごの方が甘くお矎味しい、なんおこずになっおしたっおいる䞖界をなんだかなあ、ずでも蚀うような目で眺めながら、自分のスプヌンを䜿っおいちごを掬った。今床は生クリヌムずアむスをたっぷりたずわせお。がぶり、ずいえるほどいちごは倧きくなく、難なくひず口で呑み蟌める皋床のサむズをしおいるが、䜕気無しに歯を立おおちいさく霧り付いおみる。そこに぀いた歯型を芋るず綺麗にそろっおいお、それがなんだか少し物足りなかった。「なんでそんなにちょこたかず霧るのよ」ず笑う目の前の友人の歯にはワむダヌがぐるりずたわされおいお、そこに赀いいちごの皮がぎろりず貌り付いおいる。぀いおるよ、ず圌女の口元を指で瀺しながら、かわいいね、ずわたしは笑った。

    ファミレスを出た埌、圌女ずアンティヌクの雑貚ショップに行った。そのお店に眮いおあるものは党郚䞀点もので、売れおしたったらもう二床ず出䌚えないらしい。䞀幎に䞀回、海倖をたわっお買い集めおくる自慢の子たちなんです、そう店䞻さんは笑顔で話しおくれた。わたしはお店を芋たわしながら、「こんなにかわいいものをいっぱい集めおしたったら、売りたくなくなっおしたわないのだろうか」ず考える。わたしなら、お気に入りの子が売れおしたったら䌚蚈をしおいる最䞭で泣いおしたうかも、ず想像し、眪悪感に背䞭をさすられながらアクセサリヌを遞んだ。自宅甚だ、ず䌝えたにもかかわらず、きれいにラッピングされた袋を手に倖ぞ出る。店䞻は䌚蚈をしおいる間も、アクセサリヌを包んでくれる間も、芋送りに来おくれた時も、やっぱり泣かなかった。

    わたし、あんなにかわいい䞀点ものの雑貚を買い付けちゃったら、売れた時に絶察泣いちゃう。

    笑顔の店䞻を背に小声でわたしは぀ぶやく。「じゃあ、あんたは矯正歯科では働けないね」ず、圌女は蚀った。開いた口から芗いたその歯にはもう、赀いかけらはひっ぀いおいない。圌のず同じように、わたしがずびきり気に入っおいた幌なじみの圌女の歯が、元はどんなカタチをしおいたか、わたしには思い出せなくなっおしたった。それをさみしいず思わないわけでも、それに泣きたくならないわけでもないけれど、圌女の歯のラむンがきっちり揃った今も、わたしは圌女の笑った顔を愛せおいる。そしおそれに酷く安堵しおいる。満足もしおいる。だけど1回くらい、鬱血するほど匷く、噛んでおいおもらっおいおもよかったなずずっず、思い続けおいる。蚀ったこずも蚀う぀もりもなかったのに、その日はどうしおかその想いがたったくそのたた、口から零れた。

    「やっぱり矯正歯科では働けないね」
    「その心は」
    「あなたの身䜓は歯型だらけになるでしょう」

    そんな䌚話を亀わしながら駅たでの道を歩く。右手に持ったたたのかわいいラッピング袋の䞭身がカサカサず音を立おた。花芋の名所から遠ざかるわたしたちを、たくさんの人が远い越しおいく。しばらく圌女はけたけたず笑っおいた。わたしだけがずっず涙ぐんでいる。

    圌がもし自分の歯䞊びにコンプレックスを持っおいお、歯科矯正を望むのなら、わたしは止めたりしない。揃った歯がきらいなわけでもないし、圌の歯が倉わったからずいっお、圌のこずをどう思うかが倉化するわけでもない。ずいうよりもそもそもたず、止める暩利がない。わたしの身䜓じゃないものを䜿圹する力は、少なくずもわたしにはないからだ。その䞊、歯䞊びが倉わったからずいっお圌のドラマは終わらない。わたしたちは、倉わっおいく癜い凹凞を瞫い合わせ続けお、たたに「いちごがくっ぀いおるよ」っお笑いあいながら、生きおいくだろう。そういうドラマのはじたりがくるだけ。それでも、実際に面圱ひず぀残さず揃っお䞊んだ歯をみた時、わたしはきっず泣いおしたう。アンティヌクの䞀点もののアクセサリヌが売れおしたった時のように。

     
     
    なんでもないこずではあるが、どうでもいいこずではない

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