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遅れてきた春

    「あれは、ソメイヨシノではなくシダレザクラだな。」
    そう思えた自分に、驚いた。

    快晴の青空を背景に、
    桜の花びらが舞う中、
    制服に身を纏った中学生らしき男の子が
    両親と歩いている。

    少し大きい紺のリュック式のスクールバッグを、小さな体で背負っている。

    沈丁花の香りも重なり、
    春らしさ満開の光景だ。

    母親はスマホで男の子の撮影を始める。
    男の子は舞ってきた花びらを拾い、
    両手に乗せて無邪気に笑っている。
    立派な被写体だ。

    制服を見ると、今でもたまに
    自分が学生だった頃を思い出す。

    その時決まって胸の奥にジワッと、
    なにか重たいものが広がる。

    集団生活が苦手なため、入学式はワクワクもドキドキも全く無かったと思い返す。

    校長先生の話や祝辞は上の空。
    友達ができるかなとか、
    勉強や部活がきつくありませんようにとか、
    担任の先生が怖くありませんようにとか、

    そんなことばかり考えていた。

    どの入学式でも桜をみていただろう。
    特に記憶にない。
    何も感じていなかったのだろう。

    大学生の頃、仙台の桜の名所、
    榴ヶ岡公園で桜を見て友人に
    「やっぱりすごく綺麗だよねえ。」
    と言っても
    内心あまり何も感じていなかったように思う。

    桜を気にも留めず、
    お酒を飲んでトイレに何度も行っていたことだけなんとなく覚えている。
    あとは酔っ払いのおじさんとか。

    昔の自分は、退屈な人間だったのかもしれない。
    修学旅行で行った、
    宮城の松島の海、
    東京タワー、
    京都の金閣寺、

    そんなに騒ぐほど凄いかな?
    と思っていた。


    去年30歳となり、
    眠れない夜に、
    ふと自分のこれまでを思い返すことが増えた。

    「昔はどんなことがあったんだっけ。」


    忙しなく過ぎ、人間関係で悩んだ毎日。
    友達に嫌われないようにとか、
    嫌なことをされても笑っていたりとか。

    他人の目や気持ちばかりを気にして、
    桜なんて見ている余裕がなかった。
    桜なんて気にも留めない風景の一つでしかなかった。


    今は昔より自分の人生を自分の足で歩めている気がする。


    あの日、気づかなかった桜並木の下で、
    制服姿の少年が無邪気に花びらを両手に乗せて笑っていたように、

    僕もまた、今日という日を、
    少しだけ優しい目で眺められるようになった。

    ソメイヨシノではなくシダレザクラだと気づき、綺麗だなと思えること。
    蝉の声に野球を思い出し、
    金木犀の香りに秋を感じ、
    降りしきる雪にクリスマスを待てるようになったこと。


    そんなささやかな気づきや想いが、
    今の自分を、確かに彩ってくれている。


    あの時、気づくことがなかった桜並木よ。
    季節が巡るたび、
    あなたの下を歩くたび、
    僕は少しずつ、
    この世界を愛おしく、
    思えるようになっていくのだろう。

    あの日、気づかなかった桜並木に、
    心から感謝を込めて。

     
     

    めつ

     
     
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