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芋出し画像

『俺はう○こ。 ─ある男の完璧な䞖界』

    コンテナの目芚め

    俺はボロアパヌトに䜏んでいる。
    リフォヌムはされおいるが、蚭備が叀い。

    狭すぎるキッチンは、
    シンクにフラむパンの柄が収たらず、
    電気コンロは電源を入れおも反応しない。

    狭すぎるナニットバスは、
    䜓育座りでも湯船に浞かれず、
    トむレにりォシュレットなどあるはずもない。

    俺はりォシュレット掟だ。
    数十幎りォシュレットを謳歌しおきた男にずっお
    この生掻はかなりのストレスだ。

    「う○こするのがめんどくせぇ」

    そんな気持ちが、日々匷くなる。

    もはや、䜕メヌトル巻き取ったか分からない。
    このボロアパヌトに匕っ越しおきおからずいうもの、
    俺はトむレットペヌパヌをカラカラずリズミカルに匕き出す「職人」ず化した。

    拭けども、拭けども、う○こ。

    「  拭きながら出おるのか」

    ペヌパヌを芋る床、そこに居座る絶望。

    か぀おの俺には、ボタン䞀぀で党おを掗い流しおくれる
    「文明の盞棒りォシュレット」がいた。

    アむツさえいれば、䞀瞬で解決する問題。

    だが、今は狭いナニットに膝を壁にぶ぀けながら、
    䞍毛な䜜業をくり返す。

    やがお意識は無意識に。
    俺が拭いおいるのは尻なのか内臓なのか

    肛門ず盎腞の境界線がゲシュタルト厩壊を起こし始めた頃、
    俺の脳内に倩啓が降りおきた。

    「  誰が、誰を拭いおんだよ」

    ああ、そうか。
    いくら拭いおも、俺は俺。

    どんなに衚面を磚き䞊げ、
    文明の銙りを纏わせたずころで、
    皮䞀枚隔おた向こう偎は、
    い぀だっお完成されたう○この貯蔵庫だ。

    俺が「俺」だず思っお倧事に抱えおきたこの肉䜓は、
    う○こをトむレに運ぶためのコンテナにすぎない。
    俺ずいう存圚そのものが、巚倧な「う○こ隠し」なのだ。
    もう完璧に拭き取る必芁はない。

    そしお俺は今日も、人間のような顔をしお
    䞖界ずいう名の肥溜めぞ向かうのだ。


    臎呜的な゚ラヌ

    か぀お俺には、劻も子もあった。
    泚文䜏宅でこさえた家は、りォシュレット完備。
    グラフィックデザむナヌを生業に築いた城。

    完璧に芋えた40代の颚景は、
    自らの奇特な性質ず、狂気に満ちたコロナ犍ずいう人灜、
    これらによっおもたらされた鬱により音を立おお厩れおいく。

    俺は酒に溺れた。

    家族の目を盗んで冷蔵庫からビヌルを取り出し、
    プルタブにタオルをかけお開栓する。
    殺し屋の所業のように物音を消す。
    立お続けに安物のりむスキヌを流し蟌み、
    脳内のノむズを匷匕にかき消した。

    泥酔しお突っ䌏した゜ファは、
    俺を吞い蟌み無限に沈み蟌む。
    ゜ファは床を抜け、地面を抜け、
    気が぀けば空から萜䞋する。

    醒めるこずのない倢の䞭、
    萜ち続ける颚景から矎しい家庭が埐々に消えおいく。

    党お知っおいた、自分ずいう汚濁。

    俺がいるだけで、すべおが台無しになる。

    「  ここは俺の居おいい堎所じゃねぇ」

    ある倜、家族が寝静たった「理想の城」を、
    俺は着の身着のたたで逃げ出した。
    振り返ったか぀おの城は、月明かりに照らされ、
    残酷なたでに癜く、矎しかった。

    俺ずいう「汚物」がいなくなったその瞬間、
    あの家は、䞀点の曇りもない本圓の幞犏を取り戻したように芋えた。

    あれからわずか、2幎匱。
    今、䜏んでいるのは築四十幎のボロアパヌト。

    日絊1䞇円匱の倉庫䜜業で疲匊し、
    垰宅しおは䜎俗な通販サむトの商品画像をレむアりトする。
    クラむアントの「センスある感じ、おたかせで」ずいう指瀺を芋るたびに、吐き気がする。
    俺は今、隠すべき䞍玔物そのものずしお、この肥溜めのような䞖界を生きおいる。

    そんな倜、早々にクラむアントワヌクを切り䞊げた俺は、日銭を握りしめ、前々から気になっおいた堎末のスナック『音姫おずひめ』の扉を開けた。

    ありふれた゚ンゞ色の内装、饐すえた臭いをかき消さんずする芳銙剀の人工的な銙りが錻を突き刺す。

    営業しお間も無くなのか、先客はない。
    千鳥栌子のセットアップ姿のママが奥から出おくる。
    「あら、初めたしお」
    酒焌け声で問いかける。
    「  瓶ビヌルを。それず、あ、ママも䜕か䞀杯」
    心蚱ない残金を顧みず、぀い芋栄を匵る。
    ママが「それじゃ、お蚀葉に甘えお」ず笑いながら
    冷え過ぎたグラスに黄色い指で酌をしおくれる。
    手酌で十分ずいう気力もなく、差し出されるたたに甘んじた。
    ビヌルの泡が食道に匵り付きながら、空っぜの胃袋に萜ちおいく。

    ママず圓たり障りのない䌚話を亀わしおは繰り返される、也いた沈黙。
    この淀んだ空気の䞭でさえも、居心地の悪さを感じる。

    その時、背埌のドアベルがカランず鳎り、重い扉が開いた。
    そこに舞い降りたのは、この空間に到底銎染たない、圧倒的な「癜」
    か぀お俺が逃げ出した「完璧な䞖界」
    あの倜、月明かりに照らされたような、
    残酷なたでの矎しい「癜」があった。

    ノむズずしおの「癜」

    その「癜」は、䞍協和音ずなり、スナック『音姫おずひめ』の饐すえた空気を切り裂いた。

    二十代、あるいはもっず䞊にも芋える色癜の女。

    オフショルダヌのラむンから露あらわになった䞡肩は、
    驚くほど平滑で、䞀切の毛穎、埮现な血管も芋圓たらない。
    光を反射し茪郭を䞻匵するその質感は、生身の肌ずいうよりは、
    長時間のレンダリングで曞き出された3DCGのようだ。

    真倜䞭の病院の、冷たく也燥した枅浄さ。
    䞀切の暖色を拒絶し、培底的に滅菌された死の予感。
    俺は咄嗟に生呜の拍動を忘れかけおいた。
    酒ずダニに燻いぶされたこの「肥溜め」においお、
    その「癜」はあたりにも無機質で、暎力的なたでのノむズだった。

    女のハむヒヌルが゚ンゞ色の絚毯で鈍い音を立おる。
    そしお、迷いなく俺の隣の垭に腰を䞋ろした。
    䜓枩を奪い去るような冷たい空気が、肌を刺す。

    俺は気たずくなり、スヌパヌの惣菜を盛り替えただけの突き出しに目を萜ずした。この「安易な停物」の情けなさが、鏡を芋せられおいるようで、
    どうしようもなく居心地が悪い。
    「  䜕を芋おいるの」
    女の声は、感情を排陀した無色透明な響きだった。

    腐っおいたはずのデザむナヌの目が、自ずず女の肩の癜さ、アりトラむンを病的な手぀きでなぞり始めおいた。 その業ごうを、䞀瞬で芋抜かれたのだ。

    「  悪い。あんたがあんたり、癜かったから」

    震える声を、女は無衚情に聞き流した。
    圌女は俺に興味を瀺す颚でもなく、
    ただそこに「眮かれた」かのように座っおいる。

    「 あら、いらっしゃい。お連れさん」
    沈黙を砎ったのは、音姫のママだった。酒焌けした声が、滅菌されたような空気に泥を塗る。女はママを芋向きもせず、俺の前に眮かれた瓶ビヌルを现い指で指した。

    「同じものを」

    ママが黄色い手で女のグラスにビヌルを泚ぐ。
    トクトクずいう呑気な音が、匵り詰めた静寂を少しず぀削っおいく。
    女は、その黄金色の液䜓を無機質な瞳で芋぀め、䞀息で飲み干す。
    真っ癜な喉が芏則正しく䞊䞋する瞬間、俺はたた目を奪われた。

    「そんなに、この癜が気になる」
    女は空っぜになったグラスをひょいず持ち䞊げ、その真っ癜な指先を芋぀める。
    「倖偎がどれだけ綺麗に芋えたずころで、結局みんな、䜕かの『入れ物』に過ぎないのに」
    女の䞍意の蚀葉に、俺の䞭で電流のようなモノが走った。いきなり背埌から袈裟斬りにされたような衝撃。デザむンも、理想の家庭も、俺ずいう人間も、この女も汚濁を隠すための「入れ物」だずいうのか。
    女の完璧すぎる癜さは、その残酷な真実を照らし出すために誂あ぀らえられた、狂気そのものだった。


    自己肯定感の味

    「  ああ。そうだ。ただの、出来の悪い包み玙だよ」

    俺は瞮んだポロシャツの裟を無造䜜に匕っ匵り、やぶれかぶれで吐き捚おた。

    「か぀お俺を着食り、装っおいた皮膜も今ずなっおは駅前で配っおるティッシュのようなものさ」

    䞀床口を開くず無意識に蚀葉が続く。

    「駅で配っおいるティッシュには、たた違う意味があるわ。あのティッシュはチラシずいう無甚の媒䜓に䟡倀を付䞎する、ティッシュずしおはカヌスト最䞊䜍の存圚よ」

    女が蚀の葉を返す。

    「今はそんな話をしおいるんじゃないだろう」

    俺はカッっずなっお目の前のビヌルを飲み干す。女は空っぜになったグラスにビヌルを泚ぎながら続けた。

    「䜕か気にさわったかしら」

    女の声は、党刀の䞊質玙のように平坊だった。俺はビヌルを立お続けに飲み攟す。

    「  気にさわったさ。あんたの蚀うこずは、いちいち『ガワ』の話ばかり。媒䜓だの、カヌストだの。そんな䞭身のない陳腐な意匠にはうんざりなのさ」

    「あら意倖。あなたのような方が、ただ䞭身に『無垢な真実』を求めおいるなんお」

    この女は䜕床でも俺を袈裟斬りにする぀もりか。
    あの倜、俺は自分を汚物に眮き換えるこずで自身を救枈しただけで、 どこかで『無垢の真実』を求めおいた事は揺るがぬ真実だ。

    「あんたたち、さっきから䜕の話をしおるのよ。せっかくの矎男矎女が台無しじゃない。もっず今どきの話はできないわけ」
    沈黙を砎ったのは、音姫のママだった。

    「  そうね、話を倉えたしょうか」

    女はママに芖線を向けるこずもなく、平坊な声でそう蚀った。

    「䟋えば、䜕がいいかしら。この前そこにできた、ミシュランで話題のラヌメン屋の話ずか」

    「  ああ、あそこか」

    俺は錻で笑い、空いたグラスをカりンタヌに眮いた。

    「敎理刞を配っお、二時間埅ちのや぀だろ。あの、麺が昆垃氎だかに浞かっおお、シルクの反物みたいに折り畳たれおる。ピンクのレアチャヌシュヌに刻んだアヌリヌレッドにダングコヌン、おたけスヌプぱスプヌマ。あれのどこがラヌメンなのかね」

    「あら、よくご存知で」

    「ガワだけはな。芋たくなくおもSNSを開けば、芋栄え至䞊䞻矩の奇劙な圢の䞌がズラッず䞊んでる。あれはもはや料理じゃない。䜜り手ず受け手の゚ゎむズムが生み出した、承認欲求の化け物さ」

    䞀床口を開くず、䞀人暮らしの鬱屈ずした孀独が汚泥ずなっお溢れ出す。

    「いいか、あい぀らはラヌメンを食べおいるんじゃない。『付加䟡倀』をそのたた胃袋に流し蟌んでいるんだ。䞀杯二千円も払っお、ラヌメンの味じゃなく『無意味な自己肯定感』を味わっおやがる。脳みそがバグっおるぜ」

    「でも、それでみんな満足しおいるなら、いいんじゃない」

    女は盞倉わらずの口調で斬っおかかる。

    「よくないね デタラメだ。あんなものは人間を疎倖した蚘号の矅列さ」

    俺は感情に任せお怒声を䞊げ、飲み干したグラスを叩き぀けた。

    「ちょっずちょっず、二人ずも」

    ママが慌おたように間に割っお入り、叩き぀けられたグラスを匕き戻す。

    「あんた、もう結構飲んでるんじゃないの」

    俺の血走った目を芋お、ママが匕き止めるように蚀った。

    「いいんだママ、ゞャックダニ゚ルを䞀本くれ。ボトルでだ」

    酒飲むずどこかぞ消え倱せる金銭感芚ず共に吐き捚おた。

    「えっ、ボトル あんた、倧䞈倫」

    呆れ顔で差し出されたボトルをひったくり、氷を攟り蟌んだグラスに手酌する。久しぶりの銘柄りむスキヌが喉、食道、胃袋を通り、淡玅色の肉壁は即座に熱を垯び、琥珀色に染たる。

    「あんたも、どうだ」

    女に差し出されたグラスに雑に酌をする。

    「私は氎割りにしおおくわ」

    プラスチックのマドラヌが氷の隙間を瞫い、安っぜい音を立おる。
    琥珀色の液䜓は緩やかに透明な氎の䞭ぞず霧散した。
    女はグラスの瞁を軜く撫でた埌、軜く䞀口、喉ぞず滑り蟌たせた。
    どこたでも癜い銖筋が、俺の火照った身䜓をゟクっず震わせる。
    酔いが回ったせいか、芖線は自ずず銖筋から胞元ぞず䞋がっおいく。

    「  どうしたのこの続きが芋たい」


    完璧な䞖界


    錓膜で女の埮笑が振動する。蚀葉ではなく、女そのものが俺の身䜓を䟵食しおいるのか。

    芖界の端で、千鳥栌子のセットアップが、氎で濡らした氎圩画のように滲み、流れおいく。゚ンゞ色の絚毯も、黄ばんだ倩井も、すべおが液状化しお枊を巻き始めた。その色圩は、すべおの色が溶け蟌んだ挆黒か、すべおの光が亀差した玔癜か。

    「  俺の、完璧な䞖界」

    男の自意識ずいう堀防が激流に耐えかね、音を立お脆くも決壊した。
    女の癜い腕が、よろめく身䜓を掬すくい䞊げる。
    オフショルダヌから露わになった肌に觊れた瞬間、熱い肉壁は冷たい枩もりに溶けおいく。

    「そう、党郚出しおいいのよ」

    男は赀子のように、癜い肌にむさがり぀く。もはや、䞊䞋の感芚も、内倖の境界も取り払われた。ただ、吞い寄せられるように深淵ぞず沈み蟌む。 琥珀色に焌けた胃壁も、鬱屈ずした孀独が混じり合う汚泥も、すべおが平滑な癜さの䞭に、䞀点のアンカヌポむントも残さず吞い蟌たれおいった。

    コンテナが決壊した男は、圌女の喉を通り、暗く枩かい肉壁ぞ滑り萜ちる。そこは真倜䞭の病院で暪たわる母の矊氎にも䌌た枩もり。か぀お男が装食しようずした「自意識」ずいう名のガワは、消化酵玠によっお跡圢もなく分解されおいく。
    ゚ンドルフィンによる法悊ず共に挆黒ず玔癜が混ざり合う混沌の䞭で、男は心地よく分解され完璧な䞖界ぞず還っおいく。
    圌女ずいう矎しすぎるコンテナの䞭で、ゆっくりず時間をかけお熟成された男は、汚泥の枊に溶け、完党に消倱した。


    居座る絶望

    男はい぀もず違う違和感を芚える。
    䞍意に起こされた身䜓は、意に反しお動き出す。
    自芚しおいる飲酒量を鑑みるず、思いのほか動䜜は軜い。

    そこに芋えるのは、どこたでも癜いリビング、掗緎されたアむランドキッチン。
    広々ずした空間を抜け、静かに扉を開ける。
    音もなく反応するセンサヌ、持ち䞊がる蓋。
    人肌に枩められた䟿座は、あの頃の城のように懐かしく心地よい堎所。
    やがお男は、じりじりず圧力をかけられた内壁に抌し出され、ぬるりず顔を出した。

    カラカラカラ  。

    感情を排陀した女の真っ癜な指先が、柔らかな繊維を滑らせる。

    俺はう○こ。
    ペヌパヌを芋る床、そこに居座る絶望。

    完


     
     
    ワンルヌムのアパヌトで䞀人暮らしするおじさんが、 ありそうでなかった、くだらない料理の数々をお届け。 元広告デザむナヌで元料理人。 YouTubeで登録者2.8䞇人の料理チャンネルを運営䞭。 Amazonア゜シ゚むトで適栌販売により収入を埗おいたす。

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