
生きづらさを抱えた自分が辿ってきた、違和感だらけの人生
少しだけ方向転換
これまで自分史について書き進めてきましたが、今回からは少しだけ方向転換しようと思います。
今後は自分のこれまでの心の軌跡を通じて私のような気質(いわゆるINFJタイプ)の方にとって何か参考になるような文章を書いていきたい。それこそが自分のやりたいことだったと気付いたからです。
ここで一旦自分史に戻ります。
大学入試から先延ばしの就活まで
大学入学前後からドストエフスキーを読み始めます。前回書いたような幼いころからの心の違和感もあり心理学専攻も考え、ユングやフロイトも本気で読んでいました。しかし文系学部で勉強できるのはユングやフロイトでは無く、彼らの精神分析学は精神医学を勉強しないとダメと解り心理学専攻は諦めました。
ASDの父が反面教師だったからか、「会話が通じない父」のようにはなりたくないと思っていました。理系で高学歴だが何事も理詰めで周囲からは浮き、出世からも社交的幸福からも外れていく——私は父をそう見ていたようです。だからこそか、自分は文系に進み成功よりやさしさや人間として本当に大切なものを探すことを人生の中心に考えるようになりました。
そのような学生生活の終わりにはバブルに浮かれる世の中にも反感を覚えつつ就職活動を行いました。しかし社交的でもない自分にとって明らかに就活は不向きで、結局当時から先は長くないと分かっていた業界に就職することになりました。却っていい働き方を手に入れることを先延ばしにできるという甘い考え(この先延ばしもADHDからかもしれません)の結果案の定、40代で退職することになりました。
予想外の幸福と、人生の流転
予想してなかったことは会社ではいい上司と出会い、それなりの地位を得て結婚して家も建て子供にも恵まれたことです。
しかしついにその時がやってきました。会社が傾き、早期退職募集が始まり、パートナーとも相談の上、応募に手を上げました。一時的に同じ職場で派遣社員として働きながらあちこち見学や体験に参加しました。いろいろ考えてある専門学校に通い海外短期留学も経験しました。卒業後ついに完全無職と成り同時に自営業を開業しました。この間読んだ成功哲学の本やスピリチュアル本がその後の人生の大きな指針になりました。INFJ的な考えもここからかもしれません。働くとは、『はたを楽にすること』とか『引き寄せの法則』等…。営業中も毎日自営業に関する勉強をしつつ、大成功を夢見て十数年営業続けました。その間母の闘病と死、経営しながらの病院への見舞いや看病、葬儀、一人暮らしになってしまった父の見守りと介護の検討、認知症への対応、子供の不登校等様々な出来事がありました。自営業の方もコロナもあって経営不振、廃業になってしまいました。その後2度の再就職と退職、その間父の死と葬儀も経験。
2度の就労の躓きと最出発
退職の原因となった出来事から自分の障害を意識して、診断は出なかったものの、様々な情報から自分がADHDではないかとの疑いを持ちました。それならばと対応策を検討の上、いろいろ行いました。ここで様々な就労に悩む若者と出会い、その中で今の若者のMBTI流行を知りました。自己診断から自分はINFJではないかと考えると、いろいろ腑に落ちる気持ちでした。障害者として働くのも有りではないかと思い、そういう働き方の就活を行い現在に到ります。