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話さない大ちゃん



    小学校の六年間、ずっと同じクラスの男の子がいた。


    大ちゃんは、学校で話さなかった。


    今なら「場面緘黙」という言葉で説明できる。でも当時の私は、そんな言葉を知らなかった。


    ただ、大ちゃんは学校では声を出さない子だった。


    先生に名前を呼ばれても返事をしない。


    発表もしない。


    手を挙げない。


    ノートに答えを書くことも難しかった。


    教室の中で、大ちゃんはまるで透明人間みたいだった。


    でも、不思議なことに、私とは話した。


    家の方向が同じだったから、毎日のように一緒に帰った。


    帰り道では普通にしゃべる。


    学校で見せる姿とはまるで別人だった。


    何を話していたのかは、ほとんど覚えていない。


    昨日のテレビの話だったかもしれないし、給食の話だったかもしれない。


    でも、それでよかったのだと思う。


    私は大ちゃんが学校で話さないことを特別だと思っていなかった。


    「どうして話さないの?」


    と聞いたこともない。


    話さないなら話さないでいい。


    話せるなら話せるでいい。


    話さない大ちゃんも、そのままの大ちゃんでよかった。


    私はただ、一緒にいるのが当たり前だと思っていた。


    帰り道で柿を取って塀にこすりつけたり、麦茶を飲んだり、大ちゃんの家でおままごとをしたり。


    今思えばずいぶん自由な子どもたちだった。


    そんな何でもない時間を、一緒に過ごした。


    そして私は六年間、一度も大ちゃんと別のクラスにならなかった。


    当時は気づかなかった。


    でも今ならわかる。


    あれは偶然ではなかったのだと思う。


    先生たちは、大ちゃんが私の前なら安心して過ごせることを知っていた。


    だから六年間、同じクラスにしたのだろう。


    それに気づき始めたのは五年生の頃だった。


    「大ちゃんのこと、お願いね」


    先生は何気なくそう言った。


    保護者からも、


    「あなたがいてくれるから安心」


    と言われた。


    最初は少し誇らしかった。


    誰かの役に立てることがうれしかった。


    でも、その気持ちは長く続かなかった。


    それまでは友だちだった。


    なのにいつの間にか、私は「支える側」になっていた。


    プリントを前に固まる大ちゃんを見る。


    以前なら何も思わなかったのに、なぜかイライラする。


    給食の時間、みんなの前では何もできないのに、おかわりだけはしっかり行く姿にモヤモヤする。


    そんな自分にまた腹が立つ。


    優しくしたい。


    助けたい。


    そう思っているはずなのに、できない。


    ある日の帰り道だった。


    後ろから大ちゃんの足音が聞こえた。


    いつものように一緒に帰っていたはずなのに、その日は急に息苦しくなった。


    私は歩く速度を上げた。


    逃げるように。


    振り切るように。


    足音も少し速くなる。


    私はさらに速く歩く。


    しばらくして振り返ると、大ちゃんは少し離れた場所を歩いていた。


    何も言わずに。


    その姿を見た瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。


    私は何をしているんだろう。


    そう思った。


    でも立ち止まれなかった。


    優しくしたいのに優しくできない。


    助けたいのに離れたい。


    そんな気持ちを誰にも言えなかった。


    思春期だった。


    周りの目も気になっていた。


    そして何より、私は「いい子」でいなければならないと思っていた。


    だから苦しかった。


    大ちゃんが苦しかったのではない。


    大ちゃんと一緒にいる自分が苦しかったのだ。


    その意味を、当時の私はわからなかった。


    卒業後、大ちゃんとは会わなくなった。


    そして数年後、大学生になった私は、就職フェアで偶然大ちゃんを見つけた。


    人の輪の中にいた。


    少し照れたような顔で笑っていた。


    そして話していた。


    私は思わず立ち止まった。


    あの大ちゃんが。


    学校では一言も話さなかった大ちゃんが。


    誰かと笑いながら話している。


    胸の奥が熱くなった。


    うれしかった。


    本当にうれしかった。


    でも、声はかけられなかった。


    話しかけようとして、足が止まった。


    あの日の帰り道を思い出したからだ。


    わざと歩く速度を上げたこと。


    振り返ったときの大ちゃんの姿。


    私はずっと忘れていなかった。


    大ちゃんは覚えていないかもしれない。


    けれど私は覚えている。


    私は長い間、あのときの自分を許せずにいた。


    だから声をかけられなかった。


    結局、そのまま会場を後にした。


    それから私は心理師になった。


    教室に入れない子。


    言葉にできない子。


    学校へ行けない子。


    さまざまな子どもたちと出会う中で、ときどき大ちゃんを思い出す。


    そして気づくのだ。


    あの頃の違和感こそが、今の私の原点だったのだと。


    人に関わることは、思っているよりずっと難しい。


    優しさだけでは続かない。


    善意だけでも続かない。


    近づきすぎれば苦しくなり、離れすぎれば届かない。


    その間で、人は何度も迷う。


    あの頃の私は、大ちゃんを受け入れていた。


    話さないことも、そのまま受け入れていた。


    でも、「支えてあげて」と言われた瞬間から苦しくなった。


    今なら思う。


    あの頃の私は、大ちゃんを支えようとしていたのではなく、ただ友だちでいたかったのだ。


    けれど、友だちでいることと、誰かを支える役割を背負うことは違う。


    その違いを、子どもの私はまだ知らなかった。


    大ちゃんとの六年間は、私に「関わる」ということの難しさを教えてくれた。


    そして今も、教え続けてくれている。


    話さない大ちゃん。


    けれど、あの子はたしかにたくさんのことを私に伝えてくれた。


    言葉ではなく、その存在そのもので。




    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    公認心理師×特別支援学校教諭免許。山形で障害のあるお子さんへの教育と療育に長く携わってきました。今は子育て支援、スクールカウンセラーにも。子どもが安心できる場づくりを大切に。お仕事のご相談(研修・講座・相談など)はDMで承っています。

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