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20代、30代、40代の苦労は、50代の「選択肢」になるのかもしれない#183



スーツ姿で、いつもの朝

昨夜のうちに、久しぶりのスーツ上下とネクタイを用意しておいた。

朝、娘がまた「送ってもらいたい」と言う。

今日は職業訓練の選考面接がある。それでも準備をしておいたおかげで、時間には余裕があった。だから今日も送ることにした。

退職してから、同じメンバーを車に乗せて送るのは、もう6、7回目になる。「この父ちゃん、なんでいつも家にいるんだろう?」
そろそろそんな疑問を持たれてもおかしくない。

でも、こんなことができるのも今だからだ。いつか振り返れば、これも人生の良い思い出になるのだと思う。昨日と違うのは、「この父ちゃん」がスーツ姿だったことくらいだ。

いつもとは違う方向へ、80分

車を自宅に置き、雨の中、職業訓練の選考会場へ向かった。自宅から80分ほど。電車を3路線乗り継ぐ。途中、応募候補となる大学の最寄り駅を通ったので、時計を見る。

30分、40分。前職より明らかに近い。

電車では、あらかじめ作っておいた面接の想定問答を読み返した。会場には30分ほど前に着き、近くのローソンのイートインで最後の確認をした。

半月以上前に電話で約束した場所へ、50代の無職の男が、スーツを着て向かう。

50代、職業訓練の面接を受ける

会場に入ると、まず簡単なシートに記入する。面接のブースは二つ。どうやら若い人と中高年に分かれているように見える。前の人の面接の声が聞こえた。

「では、自己PRをお願いします」

自己PRは考えていなかった。何だろう。

3人の子どもを育てながら28年間、途切れず働いてきたことだろうか。そんなことを考えているうちに、自分の番になった。

面接というより、話をしに来た感じ

ブースには、見学会のときに話を聞いた講師と助手の方がいた。

「ああ、その節は」

というような空気で面接が始まった。自己PR以外は、概ね想定していたことだった。

なぜWebデザインとグラフィックデザインを学びたいのか。

情報があふれる時代に、人に情報を届けるためのデザインは、専門職だけのものではなく、どんな仕事でも役立つ汎用的な技能になると思っている。私はデザイナーを目指しているわけではない。そのことも正直に話し、それでも訓練の趣旨に合うのか、こちらから確認した。

大丈夫だという。

経歴書を見ながら、大学での仕事についていくつか質問された。10を超える学部に関わり、学部も大学院も担当してきたことを話した。

TOEICのスコアにも目を留めてもらえた。受けておいてよかった。国際担当としては決して高くなく、自分自身も満足しないが、それでも、受けておいてよかった。

次男がデザインを学んでいることを話すと、講師の方も家庭で息子にデザインを教えることがあるという。

「私は逆ですね。息子から教えてもらう側です」

そんな話もした。気がつけば、面接というより普通に会話をしていた。

50代の自分を助けていたもの

若い人たちとのグループワークは大丈夫ですか?と聞かれた。管理職時代、一緒に働いていたメンバーの多くは自分より年下だった。退職後の創業塾でも、老若男女30人ほどの中で学んできた。

就職について聞かれれば、50代なので期待しすぎないようにしている一方、実際に正職員の求人にも応募していることを話した。

質問されるたびに、自分の中のどこかに回答があった。そして面接を終えてから、そのことが妙に心に残った。

なぜ、今日は何も怖くなかったのだろう。緊張も全くしなかった。不安や違和感すら感じなかった。むしろ商談のようで楽しかった。しかも売っているのは自分自身だ。そこに嘘がないから気分がいい。

知らない業界の人に自分の経験を話し、相手の知見を聞く。そのやり取りが心地よかった。

今日の自分を助けていたのは、今日までの自分だった。

振り返れば、楽な時期はほぼなかった

20代から、仕事が楽だったという記憶はあまりない。就職氷河期の世代でもあり、転職を今ほど身近には考えられなかった。長時間労働、人間関係、ハラスメント。不当に評価されていると感じたこともある。振り返れば、苦しみのオンパレードだった。

管理職になってからも、経験したことのない部署へ行き、門外漢として専門家の中に入り、自分に何ができるのかを探した。自分の土俵を作る人がいる傍ら、私はいつも他人の土俵で戦っていたように思う。

その時々では、目の前のことをどうにかするので精一杯だった。それが未来の自分を助けるなどとは、考えたこともなかった。

苦労は、ずいぶん後になって姿を変える

「苦労は買ってでもしろ」という言葉がある。若い頃の私は、あまり好きな言葉ではなかった。苦労している人間に、さらに苦労しろと言ってどうする。今でも、わざわざ苦しむ必要などないと思う。避けられる苦労なら避ければいいし、逃げたほうがいい場所だってある。最後に私はそうした。

それでも50代になって退職して、今日、少しだけ、この言葉の意味が分かったような気がする。苦労そのものに価値があるのではない。その中で考えたこと、人とぶつかったこと、失敗したこと、知らないことを覚えたこと、どうにもならないところから自分の役割を探したこと。

そんなものが、ずいぶん時間が経ってからも自分の中に残っている。今日の面接で質問されるたびに、どこかから答えが出てきた。TOEICの点数には、退職してから机に向かった時間も残っていた。

過ぎたことは過ぎたことだと思っていたけれど、案外、消えてはいなかった。

まだ、何も決まっていない

もちろん、今日の面接に受かったかどうかは分からない。応募した大学だって次に進めるのかは未定。半年後の自分だって、どうなるか分からない。

ただ、50代になって、新しいことを学ぼうとして面接を受けた。そこで自分の経験について話し、相手の話を聞き、楽しかったと思って帰ってきた。

それだけでも今日は十分。

若い頃の自分は、50代の自分のために苦労していたわけではない。ただ、その時その時を、どうにかやってきただけだ。それが今になって、思いがけず使える。

これが、人生の折り返し地点を回るということなのかもしれない。

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