
2023年闘病記#2 告知直後
(※旧アカウントで書いていたものを書き直しています。)
フラフラと病院を出た後、車の中で私は動けないでいた。
もちろん涙は止まらない。
モニターに映った卵巣にある白いモコモコ――。
腫瘍マーカーの値が高い――。
こんなのどう考えても癌に違いない。
エンジンをかけ運転席に座り込んだまま、ハンドルを握る気持ちには到底なれない。
しかし、この日は診察を終え次第、出勤することになっていた。
こんな気持ちのまま、仕事なんてできそうにないのに。
どのみち職場に、このことは伝えておかなければならない。
タイミングとしては早すぎる気もするが。
頭の中にぽっかりと作られたブラックホールに、社会人として振る舞う気力も生きる力も、何もかも吸い込まれていきそうでハンドルに頭をもたげる。
誰か私を立たせてほしい。
弟にLINEを送る。
「腫瘍マーカーの数値が3桁あるって。総合病院に紹介状書くって言われて涙が止まらない。仕事に行きたくない」
「周りにもっと不幸な人いっぱいいるけど、何事もなく暮らしてる人もいると思うと、なんかもー疲れた」
弟から返事が来る。
「もっと大変な人も沢山いる。今生きてるだけで丸儲けだ」
ごもっともだ。
ごもっともだけど、入ってこない。
弟に呟くことで少しだけ、呼吸のリズムを取り戻した。
もう少し、自分の気持ちを動かして、この駐車場を去らなければならない。仕事に行かなければいけないという気持ちと、なんで自分がという気持ちが、ブラックホールに吸い込まれず喧嘩している。
とりあえず、課長に電話する。
「すみません。ショックなことがありまして」
多分、そんな言い出しだったと思う。
病院での経過を話す。
「ショックすぎて受け止めきれません。今日って、私、予定入ってましたっけ?仕事になりそうにないです。気持ちを整理しないと」
「うーん。今日は糸乃さんは、午後から打ち合わせ入ってるね。俺、別件でいなくなるから、代わりの人間いないんだよな…。」
電話口の課長の声が申し訳なさそうに耳に届く。
午後の打ち合わせは流すことができない内容だったことを思い出し、
「わかりました。午後から出勤します」
息を大きく吐き出しながら答えた。
課長が私を気遣った言葉をかけてくれたような気がするが、何を言われたのか覚えていない。
電話を切ると、ようやくアクセルを踏み、ハンドルを握った。
とめどなく涙は流れ続け、青信号の形がゆがんで見える。
向かった先は実家だった。
出迎えた母は、前振れもなく訪れた私に只事でなさを感じ取ったようだ。
それでも、娘のために熱いお茶を淹れてくれた。
「卵巣に影があるって。腫瘍マーカーの値が高いって」
二人はティッシュで何度も涙を拭った。
この時のことは今となっては細かくは思い出せない。
その後仕事に戻った私は、無理に気丈に振る舞っていたことだけは記憶に残っている。