小説 つないだ手 #完
――春が近づいているとは言え、まだまだ三月の空気は冷たい。寒そうに肩を窄めた紡の姿が少しずつ遠ざかっていく。
「このままでいいの?」
隣にいた文芸部仲間が眉をひそめて私に尋ねる。
「……帰ろうか」
私は友達の質問には答えられなかった。
「大学行っても連絡取り合おうね」
友達に別れを告げ、学校を後にした。
紡の文章を思い出したり、自分の小説の構想を考えたりしながら歩いたこの道も、これが最後になる。卒業式では泣かなかったのに、何故か今になってポロポロと涙が落ちてくる。ハンカチで拭っても拭っても、雫が頬をつたった。家に辿り着いた頃にやっと気持ちが落ち着き、自分の部屋に真っ直ぐ入る。
卒業証書をベッドに置くとそのまま仰向けに倒れ、大きくため息を吐いた。
ポケットから二枚の栞を取り出して、天井に向かって掲げる。
「家帰ったら全部並べて見て、七重ちゃん」
紡の言葉を笑顔と共に思い出す。
私は両脚に勢いを付けて起き上がると、机の引き出しから、例の栞を全部取り出した。
床の上に、左から順に並べていく。紅、橙、菜の花色、若竹色、蒼、藍色、そして藤色……。
その七枚の並びに既視感がある。
虹だ。
私はスマホを手に取り、紡にメッセージを入れた。
「虹だね!私のことだ」
初めて紡と出会った文芸部の教室で、自己紹介をした記憶が蘇る。
「私の七重という名前は、七つの色が重なるという意味です。虹を表しています」
紡はそれを覚えていてくれて、六年に渡ってこんな仕掛けをしてくれたのだ。
「正解」
紡から短く返事が来た。
私は両肩を上下に揺らして、すごーいと声を漏らす。
またスマホに通知がきた。
「気付いたの、それだけ?」
「え?」
「もう一つ仕掛けがしてある」
「仕掛け?」
両手で身体を支えるようにして、七枚の栞をじっと見つめる。
また通知が来た。
「頭文字」
「頭文字?」
既読になるが、リアクションがない。それ以上ヒントはくれないらしい。
歌の頭文字――、
「あ、な、た、が、す、き」
あなたが好き。
身体が一気に熱を帯び、思わず飛び上がった。
一番端の藤色の栞を手元に引き寄せる。
机のペン立てから筆ペンを取り出して、勢いよく筆を走らせた。
紡にメッセ―ジを送る。
「今、会いたい」
「了解、学校で」
栞を手にして部屋を出たが、躊躇われてクリアファイルに入れ直す。
勢いよく家を飛び出す。
さっきは肩を落として歩いた道を、今は肩を弾ませて走っている。
早く、早く紡に会いたい――。
つないだ手のあたたかさをお守りに
夢を叶えるスタートライン
松山七重
完