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ミルクティーが冷めるまで15

    最終話 春のミルクティー


     あの日から、不思議なくらいタイミングが合わなくなった。

     いや。

     合わなくしていたのかもしれない。

     仕事中、遠くに湊の後ろ姿を見つけることはある。

     だけど、お互い目を合わせない。

     休憩時間も、帰りの自販機も。

     前みたいに並んで話すことはなくなった。

     誰かに見られたら。

     誰かに気づかれたら。

     そんな気持ちが、二人の間に小さな距離を作っていた。

     せっかく見つけた、この小さな居場所を。

     誰にも壊されたくなかった。

     だから仕事では、少しだけ他人になる。

     でも…。

     つながりがなくなったわけじゃない。

     仕事が終われば、スマートフォンの画面に湊がいる。

     「今日、これ食べたんですけど、おいしかったですよ。」

     そんな何気ない写真が送られてくる。

     『今度見つけたら買ってみる。』

     そんなやり取りだけで、一日が少しだけ優しく終わる。

     ある夜。

     お風呂から上がり、髪を乾かしていた時だった。

     突然、ドライヤーが止まった。

    「えっ。」

     何度スイッチを押しても動かない。

    「うそ……。」

     まだ寒い季節なのに。

     美月は苦笑いしながらスマートフォンを手に取る。

     『ドライヤー壊れた。まだ寒いのに最悪。今日は暖房の前で乾かすしかないかな。』

     送信して間もなく、返信が届いた。

     『僕が行って乾かしてあげられたらいいんですけど。』

     思わず吹き出す。

    「もう。」

     誰もいない部屋で、小さく笑った。

     その一文だけで、心まで温かくなる。

     会えなくても。

     声を聞けなくても。

     こんな何気ないやり取りが、少しずつ日常になっていた。

         

     季節はゆっくりと春へ向かっていた。

     仕事帰り。

     美月はいつもの自販機の前に立つ。

     何気なく商品を眺めていると、ふっと笑みがこぼれた。

     いつの間にか、ホットだったミルクティーがコールドに変わっていた。

     あの日から、季節はちゃんと進んでいた。

     私も。

     少しは前へ進めたのだろうか。

     湊とまた、あの車の中で会える日は来るのだろうか。

     それは、まだ分からない。

     でも、一つだけ確かなことがあった。

     私は、忘れていた自分を取り戻した。

     誰かに認めてもらうためじゃない。

     誰かのためでもない。

     素直に笑って。

     誰かと話す時間を心から楽しいと思える。

     そんな私を。

     美月はコールドのミルクティーを一本取り出した。

     冷たい缶を手のひらに包み込む。

     春の風が、やさしく頬をなでていく。

     明け方の空を見上げた。

    「ありがとう。」

     #創作大賞2026
     #恋愛小説部門

     
     
    初めまして!紫英 月香(しえい つきか)です。 人生には、あと少しだけ続いてほしかった時間がある。『ミルクティーが冷めるまで』で、大人の恋と心の揺らぎを綴っています。お気に入りの一杯と一緒に、どうぞごゆっくりお読みいただければ幸いです♪

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