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『尊厳の余白』                第13章 価値観の違いについて

    あらすじ
    倫理学教員・佐間田誠一の講義は、常に完璧だった。カントを彷彿とさせる緻密な論理と、どこか超然とした語り口。学生たちの問いに誠実に応答する彼の教室は、知的で平穏な空間のはずだった。

    しかし、彼の理性が正確に機能し、講義が美しく整えば整うほど、現実の輪郭がじわじわと溶け始める。配られたはずの資料、数えるたびに合わない椅子の数、記憶にないペットボトル——。それは狂気による幻覚ではない。すべてが「正しい」からこそ引き起こされる、説明のつかない論理的な不条理だった。
    全13回の講義の果てに、佐間田が辿り着く「尊厳の余白」とは。正しさを追求した先で、世界が静かに反転していく緊迫の哲学ミステリー。


    廊下を歩きながら、今日は何か別のことを考えていた。

    別のことを、と言うのが正確かどうかはわからない。

    いつも廊下を歩くときには靴音を聞き、窓の外の木の様子を確かめ、今日の授業の順序を頭の中で確認する——その一連の動作が、今日は途中から別の何かに占領されていた。

    占領されていた、という感触だけがある。

    何に占領されていたかは、教室のドアを押すまで、ついに出てこなかった。

    廊下の幅が、今日は少しだけ狭く感じた。

    ドアの前に立って、押す直前に、私は一度だけ止まった。

    止まった、というのが正確か——正確には、止まることが起きた、という方が近い。

    意図して止まったわけではなく、押すという動作が、一拍だけ起きなかった。

    その一拍の間に何があったかを、私は今も言葉にできない。

    ドアを押した。

    *

    教室に入った瞬間の空気が、今日はどこか別の質感を持っていた。

    百に近い身体がひとつの部屋に収まっているときの重みが、いつもとわずかに違う。

    違う、と言えるかどうかも本当は確かではない——先週の教室の空気の質感と今週の空気の質感を比べるとき、比べるための片方が記憶の中にしかなく、記憶というのは確かめようとするたびに少しずつ形を変えていくから。

    それでも今日は何かが違う、という感触が、ドアを押した瞬間から私の中にあった。

    ペットボトルを確認した。

    先週のものがまだそこにある——先週のものだと確信できる根拠を私は持っていないが、ラベルの端が以前から少し剥がれかかっていることと、持ち上げたときの重さの感触から、同じものだという判断が来た。

    判断が来た、というのも少し奇妙な言い方で、正確には、判断以前の何かが私の手の平を通じて確かめを行い、「これは先週のもの」という結論だけを私に渡した、ということだ。

    ペットボトルに手を伸ばし、そして、止めた。

    止めた、というのが正確かどうかを確かめなかった。

    手が伸びかけて、何かが途中で動作を引き戻した、という方が近いかもしれない。理由は出てこなかった。

    ペットボトルを元の位置に置いた。

    黒板を見た。

    きれいな黒い面が広がっている。

    今日最初に書く言葉を、私はすでに決めていた。

    しかし黒板の前でチョークを手に取ったとき、決めていたはずの言葉が、少しだけ先に退いた。

    退いた、というのも正確ではない——手が動こうとして、動く前に少しの間が生まれた、ということだ。

    私は黒板に「価値観の違いについて」と書いた。

    書いてから、その言葉を見た。

    白い文字が黒い面の上に立っている。

    今日の問いの全体が、この七文字の中に入っている——入っているはずだ——と私は思った。

    しかし「入っているはずだ」という確信の輪郭が、今日はいつもより少しだけ薄かった。

    *

    今日の授業の前に、私はある受講者のコメントを読んでいた。

    前回の授業の終わりに、私はひとつの問いを持ち帰るよう言った。

    「あなたが今まで正しいと信じていたことが、別の場所、別の文化、別の時代では当然のように否定されているとしたら、どちらが正しいのか」——その問いに対するコメントが、今朝手元に届いていた。

    コメントを読みながら、私はベランダのサボテンのことを少し考えた。

    水をほとんど与えなくても枯れない。

    世話をしなくても、雨が降れば水を吸い、晴れれば光を受け、ただそこにある。

    先週の夜、久しぶりにそのサボテンをまじまじと見たとき、このサボテンは何を正しいと思っているだろうか、という問いが不意に来た。

    来て、そのまま残った。

    サボテンが「正しさ」を持っているかどうかは、サボテン自身には確かめられない。

    サボテンが正しさを持っているかどうかを判断するのは私だ。

    私が判断する。判断する側が先にいる——これは前の授業で受講者たちと話したことと、形が同じだった。

    そのことに気づいてから、コメントを読む速度が少し変わった。

    コメントに書かれた言葉が、読む前より少し別の形で届いてきた。

    「先週の授業の最後に出てきた問い——価値観が根本的に違う人たちとの対話は可能か——を持ち帰って考えていました。でも考えるほど、『どちらが正しいか』ではなく、『正しさとはどこで決まるのか』という問いの方が大きくなってきた気がします。正しさを決める場所そのものが、文化や時代によって違うとしたら、比べる基準はどこにあるのか、という問いです」

    私はそのコメントを二回読んだ。

    二回読んだ後で、三回目を読もうとして、読まなかった。

    「正しさを決める場所そのものが違う」——この言い方が今日の授業の起点として使えると、私は思った。

    思いながら、使えると思っている自分が、どこからこれを使えると判断しているのかを、一瞬だけ確かめようとした。

    確かめる前に、廊下に出る時間が来た。

    *

    「今日は」と私は言い、教室の前方から後方へと視線を動かした。

    「価値観の違いについて考えます。ただし、その前に一つだけ、前回持ち帰っていただいた問いへの応答を紹介させてください」

    先ほど読んだコメントの内容を、私は自分の言葉で言い直した。

    言い直すときに、原文の言葉そのものは使わない。

    言い直すことで、その問いが私の言葉になる。
    なった言葉が、どこまで元の問いを保っているかは、確かめにくい。

    「正しさを決める場所そのものが、文化や時代によって違うかもしれない。だとすれば、比べる基準はどこにあるのか——この問いを出発点にします」

    右側の列から声が上がった。
    今学期を通じてよく発言する方向から来た声だった。

    「比べる基準がないとしたら、もう話し合いにならないんじゃないですか」

    「その懸念は今日の授業の核心の一つです」と私は言った。

    「では、比べる基準がないとすれば、対話は不可能か。そして比べる基準があるとすれば、それはどこから来るのか——この問いの周りを、今日は歩いていきます」

    チョークを手に取り、黒板の右側に「相対主義」と書いた。

    書いてから、この言葉の位置が今日の授業のどこに来るかを確かめた。
    出発点ではなく、少し手前の障害として機能する言葉だ。

    *

    紀元前五世紀のギリシャの歴史家の名前を、私は出した。

    「古代ペルシアの大王、ダレイオスという人物をめぐる話があります。彼はある日、二つの集団を宮廷に呼んだ——ギリシャ人の集団と、カリティアという地域の人々の集団です。ダレイオスはギリシャ人たちに問いかけた。あなたたちは父親の遺体を食べることができるか、と。ギリシャ人たちは激しく拒絶した。ありえない、と言った。次にカリティアの人々に問いかけた。あなたたちは父親の遺体を火で焼くことができるか、と。カリティアの人々も同じように激しく拒絶した。ギリシャ人が遺体に敬意を示す方法は火葬であり、カリティアの人々が敬意を示す方法は祖先の肉を食べることだった——」

    私はそこで少し止まった。止まったのは意図的ではなかった。

    この話をしながら、私の内部で何かが動いた。

    動いた、という言い方しかできない。

    「父親の遺体を食べる」という行為が、どの文化の中では敬意の表現として機能するという事実を、私は授業の材料として扱っていた。

    扱いながら、その行為を正確に想像しようとして——想像しようとすること自体が、すでに私がある種の枠組みの中にいることを示している、という感触が来た。

    感触が来て、すぐに説明の言葉に押しのけられた。

    「ピンダロスという詩人の言葉があります。習慣はすべてのものの王である、と。ギリシャ人にとってもカリティアの人々にとっても、自分たちのやり方が唯一正しいやり方として感じられる。なぜなら、そのやり方の中で育ってきたからです。習慣が、感覚の基準を作る」

    廊下側の列が今日も静かだった。

    右側はよく発言している。
    この非対称を、私は今学期を通じて処理し続けてきた——「建物の構造上、声が出やすい方向とそうでない方向がある」という説明を自分の中に置き続けてきた。

    しかし今日は、その説明がいつもより少しだけ、軽い気がした。

    軽い、というのが正確かどうか分からない。
    ただ、その説明が以前ほど手の中に密着していない感触があった。

    「相対主義とはこういう考え方です」と私は続けた。「あることが正しいかどうかは、特定の社会や文化の中でのみ決まる。ある社会が『正しい』と言うことは、その社会の枠組みの中で正しい、ということに過ぎない。普遍的に正しいことも、普遍的に間違っていることもない——そういう立場です」

    窓側から声が来た。

    「でも、奴隷制があった社会では、奴隷制は正しかったってことになりますか」

    「相対主義を徹底すれば、そういう帰結が出てくる可能性があります」と私は言った。「そしてその帰結に対して、私たちのほとんどは強い違和感を感じる。今日の問いは、その違和感がどこから来るか、という問いでもあります」

    *

    黒板に「相対主義を支える二つの命題」と書いた。
    書いてから、その言葉の並びを確かめた。

    「一つ目——何が正しいかは、特定の社会の枠組みの中でのみ決まる。二つ目——だとすれば、他の社会の枠組みに対して干渉したり批判したりすることは、正当化できない。この二つが、相対主義の核心にある命題です」

    窓側の学生が手を挙げた。

    「二つ目の命題って、変じゃないですか。他に干渉してはいけない、という言い方自体が、何かを正しいと言っていることになりませんか」

    「今日の授業の最も重要な点に触れました」と私は言った。

    「バーナード・ウィリアムズというイギリスの哲学者が、この矛盾を指摘しています。他の文化に干渉してはならない、と言うとき、その言い方自体が一つの普遍的な規範を前提にしています。干渉してはならない、という原則が普遍的に正しいとするなら、それはすでに相対主義の枠組みを超えていることになる。これが相対主義の持つ自己矛盾だ、とウィリアムズは言う」

    説明しながら、私はある感触に触れていた。

    触れていた、と言うのが正確かどうかを確かめなかった。

    ただ、「他の文化に干渉してはならない」という原則が持つ矛盾を言葉にしながら、それが今日の授業の外側で何かと重なっているような気がした。

    重なっているものが何かを問うことを、私はしなかった。

    「ウィリアムズはさらに言います。相対主義が干渉の不可能性を主張するとき、それは道徳的な禁止としてではなく、実践的な不可能性として理解すべきだ、と。文化が根本的に異なる場合、批判そのものが相手に届かない——なぜなら批判の言葉が共有されていないから。これがハーマンという哲学者の言う『内的な判断』と『外的な判断』の区別と接続します」

    黒板に「内的な判断/外的な判断」と書いた。

    チョークを動かした後、私は自分が引いた区切りの線を見た。

    斜線のつもりで引いたが、黒板の上に残ったそれは、思っていたより急な角度になっていた。

    どちらに傾いているかは分かる。
    しかし自分の手がどの軌跡でチョークを動かしたかの記憶と、目の前の線の角度が、うまく一致しない。

    手はこう動いたはずだ、という感触と、黒板に残った結果が、今日はどうしても噛み合わなかった。

    書いた跡が正しいのか、記憶が正しいのか——どちらを疑えばいいかが分からない。

    確かめる方法を私は持っていなかった。

    チョークを置いた。説明を続けた。

    *

    「ハーマンはこう区別します」と私は言った。

    「内的な判断とは、ある行為者がその行動の動機を共有できる枠組みの中にいるとき、初めて成り立つ判断です。あなたはそうすべきだった、あなたは間違っていた——こういう言い方は、相手が同じ規範の地平にいると想定できるときだけ意味を持つ。しかし全く異なる枠組みの中に生きている人間に対しては、この種の判断は届かない。届かないのではなく、そもそも成立しない」

    廊下側から、今日初めて声が来た。

    今学期を通じて廊下側は静かな回が多かった。

    今日もそうだろうと私はどこかで思っていたかもしれない——思っていたとすれば、それ自体がすでに一種の固定だ。

    「批判する側が間違ってる場合もあるんじゃないですか。批判される側の感覚の方が、向こうから見れば——的外れだと思っている可能性もある」

    その声を聞いたとき、何かが私の内側で、ごく短い時間だけ、止まった。

    止まった、というのが正確かどうかを確かめなかった。

    ただ、廊下側から来たその声の質感が——かつてどこかで別の文脈で、誰かから同じような言い方を向けられたことがあるような——そういう記憶の輪郭だけが、一瞬だけ来た。

    輪郭だけで、その誰かの顔も名前も声の高さも出てこなかった。

    来て、すぐに押しのけられた。

    声の方向を確かめようとした。

    廊下側の、中ほどの列あたりから来た声だった——と私は思った。
    思った、という程度のことで、確信はなかった。

    「その問いがハーマンの言う外的な判断の射程という問題に繋がります」と私は言った。「外から批判する側は、批判される側から見れば、批判される側の枠組みの中では批判そのものが意味をなさないかもしれない。しかし同時に、批判される側の枠組みの中にいる人間も、その枠組み自体を問い直す余地を持っている場合がある。枠組みが完全に閉じているとは言えない——これがウィリアムズが『内的な批判』と呼んだものの射程です」

    声はそれ以上何も言わなかった。
    廊下側は、また静かになった。

    *

    授業の中盤に差し掛かるころ、私はある思考実験を出した。

    「ある社会に生まれ育った人が、成人してから、かつて自分の社会が行っていた行為——たとえば特定の集団の人々を奴隷として扱っていたことや、女性が一定の権利を持てなかったことや、あるいは刑罰の種類——が間違っていたと気づいた、としましょう。その人は何に気づいたのか。自分が育った枠組みの外に出て、別の基準で判断したのか。それとも、自分の枠組みの内側に元々あったが見えていなかった何かに、初めて気づいたのか——この問いが、相対主義と普遍主義の対話が最も難しくなる場所です」

    「自分の枠組みの外に出ることって、できるんですか」と窓側の学生が言った。

    「これは今日の問いの中で最も難しい部分の一つです」と私は言った。

    「枠組みの外に出る、という言い方をしたとき、私たちは何かの外側に立っていることを前提にしています。しかしその『何かの外側』もまた、一つの枠組みの中にあるのではないか——という問いが来る。この問いに対して、哲学はいくつかの答え方を持っていますが、どれも完全には答えを出せない」

    この説明をしているとき、ある記憶が横から入り込んできた。

    入り込んできた、と言うのが正確かどうかを確かめなかった。

    ただ、「枠組みの外に出ることはできるか」という問いを口にしたとき、特定の場所の記憶ではない何かが来た——ある朝、ずいぶん昔の、どこかの部屋で何かを読んでいたときの光の質感。

    読んでいたものが何だったかは出てこない。

    ただ「その朝、何かがずれた」という感触だけが、一文の中に現れて、またすぐに消えた。消えた、というより押しのけられた。

    授業の言葉が、その感触を押しのけた。

    「ここで一つ、事実の変化という概念を紹介します」と私は言った。

    「私たちが道徳的な判断を変えるとき、それは必ずしも『どちらが正しいか』の答えが変わったからではない場合があります。事実に関する認識が変わったことで、同じ基準から異なる結論が出てくる——という構造です。かつて体に良いものとして扱われていたものが、科学の進歩によって有害であると分かった後で、それへの評価が変わるのは、正しさの基準が変わったのではなく、事実に関する情報が変わったからだ、という説明の仕方ができます。これはハーマンが示した一つの論点です」

    「じゃあ、正しさの基準自体は変わらないということですか」

    「少なくともハーマンはそう読める立場を取っています。

    しかしそれが完全に正確かどうかは、また別の問いになります」と私は言いながら、チョークで黒板に「事実の変化」と「規範の変化」という二つの言葉を書いた。

    二つの言葉の間に、区切りの線を入れようとした。

    チョークを置いてから黒板を見直したとき、「事実の変化」と「規範の変化」の位置が、書いたときに想定していた配置と少し違っていた——「事実の変化」の方が右に寄りすぎていて、あるいは「規範の変化」の方が予想より上にある、ということではなく、二つの言葉の間の余白の量が、書き終えた今と、書いている最中の記憶とで、どこかずれている。

    どちらの言葉を先に書いたかも、今は確かではない。

    私は左側の空白を少し見た。何かを書き忘れた可能性があったが、何を書き忘れたのかが出てこなかった。出てこない、というのが正確かどうかも分からない——もともと書くつもりがなかった可能性もある。どちらが正しいかを確かめる方法を、私は持っていなかった。

    「少なくともハーマンはそう読める立場を取っています」と私は言った。

    *

    授業の中盤から後半へ向かうあたりで、私は今日の問いをひとつ絞り込んだ。

    「ここで」と私は言い、教室全体を一度だけ見渡した。

    前の列から中ほどの列へ、中ほどの列から後ろの列へ。視線が動いた。

    三列目、二番目の席に、視線が向いた。

    あそこだけが、まるで解像度を下げたかのようにぼやけて見える。

    他の席と何かが違うのだと感覚が告げているのに、具体的にどこがどう異なるのか、もう突き詰めようとも思わない。

    突き詰めたところで、その違和感はいつものように説明のつかないまま、私の手からすり抜けていくことを知っているからだ。

    私はただ、その「正体のない違和感」が今日もそこにあることを、確認しただけで目を逸らした。

    「今日の問いを一文にします」と私は続けた。

    「あなたは、価値観が根本的に異なる人の言葉を、本当に聞いたことがあるか。聞く、とはどういうことか——この問いです」

    教室が静かになった。

    今日の静かさの質が、先週の静かさと同じかどうかを確かめようとして、確かめることが難しかった。

    先週の静かさが今はもう正確に思い出せない。

    ただ、今日の静かさが何かを含んでいる、という感触がある。
    含んでいるものに名前をつけることを、私はしなかった。

    「聞く、という行為には二つの層があります。音として受け取る層と、意味として受け取る層。しかし今日の問いが問うのは、もう一つ深い層です——相手が生きている枠組みを、自分の枠組みを通さずに受け取ることができるか、という層。おそらくこれは不可能に近い。しかし不可能に近いことと、完全に不可能なことは、違うかもしれない」

    「違うんですか」と廊下側の声が言った。

    静かな声で、今日三度目だった。

    「それが今日の問いの開かれた部分です」と私は言った。

    「哲学は、答えを出せない問いに対して、それでもなお問い続けることの価値を信じています。聞くことが完全には可能でないとしても、聞こうとすることと聞こうとしないことの間には、何かの違いがあるかもしれない——その『かもしれない』の周辺に、今日の問いは留まっています」

    *

    授業の後半に向かって、私はいくつかの具体的な場面を使いながら今日の問いを試した。

    「女性に選挙権が与えられていなかった時代があります。
    当時の多くの人々は、そのことを不正義だとは捉えていなかった。その人々の判断は、自分たちの枠組みの中では整合的だった。しかし私たちは今、それを間違いだと言います。なぜそう言えるのか——相対主義からすれば、今の私たちの判断も、数百年後には別の基準で評価されるかもしれない。あるいは——先ほどの事実の変化という話に引き寄せるなら——当時の人々は事実の認識として誤っていた、という説明もできる。女性に政治的判断力はないという誤った前提が、選挙権の否定を生んでいた。その前提が崩れたとき、制度が変わった。正しさの基準そのものは変わっていない」

    「じゃあ今の私たちも、どこかで事実の認識を間違えてる可能性がありますか」と窓側の学生が言った。

    「可能性として排除できません」と私は言った。

    「たとえば、今この時代に私たちが当然としていることが、将来どう評価されるかを考えるとき、その可能性は現実感を帯びてきます。相対主義は、私たちが今『当然』だと思っていることへの問いかけとして機能する場合があります。自分の枠組みを自明としないための道具として」

    この言葉を言いながら、私は一回目の授業で使った比喩を思い出した。

    メガネを外してレンズそのものを眺める——あの比喩を最初の授業で使ったのが、いつのことだったか。

    今その比喩をもう一度使おうとして、使わなかった。

    使わなかった理由は、別の何かが先に来たからだ。
    別の何かが何だったかは、出てこなかった。

    「ただし」と私は続けた。

    「相対主義を『自明を問い直す道具』として使うことと、相対主義を『すべての判断が同等に正しい』という結論として採用することは、別のことです。前者は方法として有効かもしれない。後者は、奴隷制の例で見たような困難に直面する」

    窓側の列から、今日何度目かの声が上がった。

    「先生は相対主義を信じているんですか」

    私は少しの間、その問いを受け取った。

    受け取る、という言い方が適切かどうかは分からない。

    しかしその問いは、今日の授業の問いとは向きが少し違った。

    今日の授業の問いは外へ向かっている——価値観の違いとはどういうことか、対話は可能か、相対主義の矛盾はどこにあるか。

    それらの問いは受講者の方へ、あるいは抽象的な問いとして向いていた。

    しかしこの問いは、私に向かっていた。

    「信じているかどうかというよりも」と私は言った。

    「相対主義が問いかけることの価値を認めています。自明を問い直す契機として。しかし相対主義を徹底した立場として採用することには、今日の授業で見てきたような困難があります。その困難を無視して採用することには、私は賛成できない」

    答えながら、私はその答えが正確だということを知っていた。

    正確だ。

    しかし答えを言い終えた後に、何かが——答えの言葉と私の内側の何かの間に、薄い隙間があるような気がした。

    気がした、という程度のことだ。
    隙間が何を意味するかを、問うことを私はしなかった。

    *

    授業の後半に入るころ、私はもう一度「相対主義を信じることの困難」という問いに戻った。

    「相対主義の立場を徹底すれば、他の文化への批判は成立しない、あるいは届かない。しかし相対主義を徹底すること自体が一つの立場であり、その立場もまた、ある枠組みの中から発せられている。ウィリアムズが言ったように、『干渉してはならない』という原則が普遍的な正しさとして語られるとき、そこには自己例外がある。私はこの原則に縛られるが、この原則を立てた行為自体はその原則の外にある——」

    チョークを持ったまま、私は少しの間、黒板の前に立った。

    立っていた時間がどれほどかを、私は知らない。

    長くはなかったはずだ——授業の途中で長く止まれば、受講者たちが気づく。

    気づいたという様子は見えなかった。

    しかし私の内側では、その短い間に、何かが起きていた。

    起きていた、と今ならそう言える。
    しかし何が起きていたかを言葉にすることが難しい。

    「自己例外の問題」と黒板に書いた。

    書いてから、黒板の上に並んだ言葉を少しの間、見た。

    「内的な判断/外的な判断」「事実の変化」「規範の変化」「自己例外の問題」——それらの言葉が、黒板の上にある。

    私が今学期を通じて扱ってきた問いの多くが、形を変えてこの黒板の上に戻ってきているような気がした。

    「内的な批判」という言葉と「外的な批判」という言葉が、黒板の上に並んでいる。
    それを私は板書した。
    この教室で、今学期を通じて、内から問うことと外から問うことの違いを何度も話してきた。

    その言葉が黒板の上にある。

    そしてその言葉が今、板書した私自身を照らしている——照らし返している、という感触が来た。

    内的な批判とは、共有された枠組みの内側から発せられる批判だ。

    私がこの教室でこの授業を行ってきたことへの問いは——内的な批判か、外的な批判か。

    私はこの授業の内側にいるのか、外側にいるのか。問う側にいるのか、問われる側にいるのか。

    その問いが来た。

    来た、というのが正確かどうかを確かめなかった。

    しかし黒板の言葉が、自分の方向を向いているような感触は、打ち消さなかった。

    打ち消せなかったのか、打ち消さなかったのか、区別がつかなかった。

    「私は、この授業を正直に行っているか」

    これまで何度も一瞬の逡巡としてやり過ごしてきたはずのその疑念が、今日は打ち消す術もなく、教室の空気の中に淀んでいる。

    「相対主義が自己例外の問題を持つとして、ではどこへ向かえばいいのか。今日の授業はその答えを出す授業ではありません。しかし少なくとも一つの方向性として——根本的に分断された人間たちの間で対話を諦めないこと、しかし対話の難しさをそのまま引き受けること——を出発点にすることはできます」

    「諦めないって、どうすればいいんですか」と窓側の声が言った。

    「それが問いです」と私は言った。

    「今日の授業で答えを出せる問いではない。しかしその問いを持ち帰ることが、今日の目的の一つです」

    *

    「外的な判断の残存」という問いを、私は改めて出した。

    「ハーマンの立場からすれば、全く異なる価値観の体系を持つ社会に対して、私たちは道徳的な判断を届かせることができない。しかし——」

    ここで私は止まった。

    止まった、というのが今日は何度目かを数えていない。
    止まりながら、この「しかし」の後に何が来るかを、私は確かにわかっていた。

    しかし確かにわかっていながら、その言葉を口にする前に、少しの間が生じた。

    「しかし私たちは、それでもなお判断を持ち続けることができます。外的な判断として——つまり、共有された枠組みの外から発せられる判断として。その判断は相手には届かないかもしれない。届かなくても、発した者の内側に存在し続けます。そしてウィリアムズが最も重要視したのは、その種の判断を持つことと、その判断に基づいて行動することの間に生まれる、深い緊張の感触だと私は考えています」

    「緊張の感触」という言い方が、口に出してから少し引っかかった。

    引っかかり、その引っかかりの正体を問おうとして、問う前に次の受講者の声が来た。

    「届かないなら、意味がないんじゃないですか」

    右側の受講者だった。

    「届かないことと意味がないことは、同じではないかもしれません」と私は言った。

    「判断を持つことの意味が、その判断が相手に届くかどうかとは独立に存在しうる——という立場があります。ただし今日の授業では、その立場をどう評価するかは問いとして開いたままにしておきます」

    開いたままにする、という言い方を使ったとき、何かが私の内側に引っかかった。

    引っかかり、その正体を今日は少し長く、追おうとした。

    追おうとして——

    「では」と私は言い、次の説明に進んだ。

    *

    人肉食をめぐる思考実験を、私は出した。

    講義の素材として何度か使ってきた実験だが、今日はその提示の仕方を変えた。

    「ある架空の社会を想定します。そこでは、自然に亡くなった人の肉を食べる習慣が定着している。食べるためだけに命を奪うことはしない。その社会の人々は、この習わしを不正なこととは考えていない——という前提です。あなたが仕事の都合でその社会に長期間滞在することになったとき、あなたはどう行動するか。そして内的な判断と外的な判断の区別を踏まえて、自分の判断の根拠はどこにあるか」

    一声が来た。どの席から来たかを、私は確かめなかった——確かめようとして、できなかった、という方が正確だ。

    声はある。

    内容が届いている。

    しかしその声がどの方向から来たかが、今日はうまく定まらなかった。

    「自分では受け入れられないと思います。でも、相手に向かってそれを批判する言葉は、どう整理しても出てこない気がします。ハーマンの言う内的な判断の話を聞いていて、批判が成立しないというのは——理屈として分かるんですけど、それでも、何かが引っかかる。その引っかかりをどこに置いていいか分からないんです」

    声が届いている。

    声が誰のものかを確かめることを、私はその瞬間にしなかった。

    「その引っかかりが今日の問いの核心に触れています」と私は言った。

    「批判が届かない、あるいは成立しない——それは理解できる。しかしその理解が、私たちの内側にある何かをすべて納得させるわけではない。その納得しきれなさを、ウィリアムズは『外的な判断の残存』という形で描こうとした。批判が届かなくても、発した側の内側に残り続ける感触——それを消すことができない、という事実から、倫理の議論はもう一度始まらなければならない」

    窓側の列から今日何度目かの声が上がった。

    「でも、その『引っかかり』は、単に自分が育ってきた枠組みへの固執じゃないですか。相対主義を理解した上でも手放せない、という話なら、それはただの慣れの問題で——」

    「その見方も一つの重要な立場です」と私は言った。

    「引っかかりをすべて枠組みへの固執として説明するとき、私たちはある前提を置いています——枠組みから自由になれる視点が存在する、という前提です。しかしその前提を相対主義は認めない。だとすれば、引っかかりを『ただの固執』と呼ぶその判断もまた、ある枠組みの中から来ている」

    声はしばらく止まった。
    教室の空気が、少し変わった気がした。

    変わった気がした、というのが正確かどうかを確かめなかった。

    ただ、何かが変わった、という感触が、空気を通じて届いた——届いた、というより、私の内側の何かがその変化に反応した、という方が近かった。

    「私たちは正義について教えている」

    その言葉が、口から出る前に私の内側で一度動いた。

    動いて、そのまま出なかった。

    ——私たちは正義について教えている。
    平等について考えている。
    尊厳という言葉を、この教室で、今学期を通じて何度も使ってきた。

    しかし、この教室の外で、私は何を見ていたか。

    教授会の廊下。

    誰かが「来年の採用」について話していた。

    誰かが「彼女をこちらのゼミに」と言っていた。
    誰かが「あの論文は最近エッセイになっている」と笑っていた。

    誰も悪意があったわけではない。
    みんな合理的で、善良だった。
    だから余計に——

    その記憶の断片が、今日の授業の最中に不意に来た。

    教室の中で「価値観の違い」を扱いながら、教室の外で何が起きていたかの記憶が、説明のつかない形で今日の問いと重なった。

    重なった、という感触だけが残っている。

    私はその記憶を授業の外に押しやって、次の説明へ進んだ。

    *

    授業が終わりに近い部分で、黒板に並んだ言葉を、私はもう一度だけ確かめた。

    「内的な判断/外的な判断」「自己例外の問題」「内的な批判」「外的な批判」——それらの言葉が、黒板の上にある。

    私が今学期を通じて扱ってきた問いの多くが、形を変えてこの黒板の上に戻ってきているような気がした。

    気がした、というのが今日は何度繰り返されているかを数えていない。

    「内的な批判」という言葉が、ひとつだけ、別の方向を向いているように見えた。

    向いている、というのは比喩だ。

    黒板の文字に方向はない。
    しかしその言葉が、批判される側ではなく批判する側の方を向いている——いや、批判する側そのものを照らしている——という感触が、一瞬だけ来た。

    来て、私はすぐに次の言葉を準備しようとした。

    しかし次の言葉が来る前に、何かが——正確には、ある疑念の形をしたものが——黒板の言葉と私の間の空気に、静かに留まった。

    留まった、という言い方が適切かどうかを確かめなかった。

    これまで何度も一瞬の逡巡としてやり過ごしてきたはずの何かが、今日は打ち消す術もなく、そこにあった。

    私の中で何かが、決定的に崩れようとしているのを——私はそのとき、確かに感じていた。

    打ち消す言葉が、来なかった。

    「今日の問いを最後にまとめます。価値観の違いは存在する。その違いを前に、私たちは二つの方向から困難に直面します。一つは、違いを認めることで対話の基盤を失う可能性。もう一つは、違いを認めないことで他者の枠組みを不当に否定する可能性。この二つの困難の間に立ちながら、それでもなお問い続けること——それが今日の授業の正直な場所です」

    正直な場所、という言葉を口にした後で、「正直な」という形容が自分の声の中で少し長く響いた気がした。

    響いた、という感触だけが来て、それが何を意味するかを、私は問わなかった。
    問う前に、次の声が来た。

    「先生」と声が言った。

    今日の授業の中で、声の方向が定まらないことが何度かあった。

    今日の最後のこの声も、定まらなかった。

    廊下側からか、窓側からか、教室の中央からか——声はある、声の内容が届いている、しかしどの席のどの方向から来たかが、今日はうまく確かめられなかった。

    「この授業自体も、価値観の産物ですよね。哲学という学問の枠組みで、問いを立てて、対話しようとしている。でも哲学という枠組みを持たない人たちとの対話は、どうするんですか」

    問いの形が、今日の授業の外側を向いていた。

    私は少しの間、止まった。

    「そうです」と私は言った。

    「哲学も、一つの枠組みです。その枠組みの中で問いを立てることは、枠組みの外を完全には見えないことを意味します。しかしこれは哲学だけの問題ではない——すべての問い方は、ある枠組みの中から発せられる。その事実を自覚しながら問うことと、自覚なしに問うことの間には、何かの違いがあると私は思っています。その違いが何かを問い続けることが、今日の授業の外側で続いていきます」

    声はそれ以上何も言わなかった。

    沈黙が来た。
    問いが済んだ後の沈黙だった。

    その沈黙の中に何かがあった——あった、という感触だけが残っている。

    「では今日はここまでにします」と私は言い、授業を締めた。

    締めた後で、「それで、十分だっただろうか」という問いが来た。

    来て、答えが出ないまま、受講者たちが立ち上がる音が広がり始めた。

    *

    受講者たちが立ち上がる音が、前の列から後ろへと広がった。

    黒板を見た。

    「価値観の違いについて」から始まり、「相対主義」「内的な判断/外的な判断」「事実の変化」「規範の変化」「自己例外の問題」「内的な批判」「外的な批判」——言葉が並んでいた。

    並びの順番を内心で追ってみようとして、追うことが今日は難しかった。

    どの言葉を先に書いて、どの言葉を後に書いたか——記憶の中の書き順と、黒板の上の位置関係が、今日は複数の箇所でうまく対応しなかった。

    何が間違っているのかを言葉で指さすことができない。
    確かめる方法を、私は持っていなかった。

    ペットボトルに、今度こそ手が伸びた。

    残量が減っている。
    授業を始める前よりも、明らかに少ない。

    私は飲んだ記憶がない——いや、記憶がないのではなく、確かめる手立てが今はない、というべきかもしれない。

    三列目の方向を、私は最後に一度だけ確かめた。

    向けた視線の先に、二番目の席があった。

    空いていた。
    残った、という感触だけが、また来た。

    鞄を手に取り、廊下に出た。

    靴音が廊下のどこかへ吸い込まれていった。

    扉がある。扉の向こうに外がある。

    私はこの授業を正直に行っているか——という問いが、今日は廊下の終わりで、もう一度だけ来た。

    来て、留まった。

    打ち消せなかったのか、打ち消さなかったのか、その区別は廊下の終わりまで歩いても、つかなかった。

    問いは留まったまま、私は扉を押した。

    外の空気が来た。

    今日の外の空気は、建物の内側とは温度が違った。

    その違いを、身体が受け取った。

    受け取りながら、靴の音がアスファルトの上で変わった。

    柔らかい音になった。
    その音の変わり目に、今日の問いが——最後に一度だけ——溶けるように紛れた。

    来て、それ以上続かなかった。
    続かなかったことを、私は受け取り、歩いていた。


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    哲学は、頭だけで行うスポーツではない。 日常の違和感に気づき、自分だけの「問い」を立てることで、思考の筋肉を鍛え上げる営みである。「コギタティオ」からお届けする、少し硬めで、しかし噛むほどに味が出る倫理学講義。

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