
私は京都の景観条例に違反していた
美容室で雑談をする。
「東京、どうですか?好きですか」
私は迷わず答える。
「大好きです」
十年と少し前、生まれ育った京都から東京に上京した。
今の住まいは都内ではないが、東京まで十五分以内のアクセスの場所にいる。
〝すぐに都心に出られること〟。
これは私が住居を決める条件でもある。
利便性ももちろんあるにはあるが、一番は「東京が好きだから」という漠然とした理由。
「東京が苦手だ、絶対に住みたくない。」
たまに地元から遊びに来た友人からよくそんな言葉を聞く。
人が優しくない。冷たい。人が多すぎる……大体の人がそう言う。
大勢が口をそろえて言うそんな東京の短所が、私の東京の好きなところでもある。
京都の実家の近くで、知り合いの歯医者さんが自分の医院を建てるべく外装を考えていたことがある。
奥様の希望は「洋風のかわいい外観」。
でも、完成した歯科医院は茶色とグレーの外壁に目立たない色の看板、控えめな外構デザインと、木造であることを全面に押し出した和風の建築物だった。
「洋風」とは相反する、京都の街並みに馴染む外観。
景観条例が定められているためだ。
それを理由に、歯科医の奥様のリクエストはすべて却下になったらしい。
実家のマンションも茶色だ。鉄筋コンクリートでできていても、屋根や外壁の色を周囲の木造建築に合わせるのだ。
これを否定したいわけではない。
景観条例に似たものは他国にもあるし、むしろ必要なものでもあると思っている。
これがあるから、時代が移り変わり建物が造り直されてもなお、所謂「京都らしい」街並みを保つことができる。
それは旅行客が求めるものでもあるし、それ以上にそこに住む人々が口に出さずとも守りたいものでもあるのだと思う。
そして、この景観条例は人にまで適用されている。
……いや、実際はそんなはずはない。私がそう感じるだけだ。
黒から焦げ茶色の髪、街の色味に馴染む色の服、メイクも靴もできるだけ色味は抑えて、自転車や車も同様。
金髪なんて言語道断、個性的な柄や色の服を着れば「変わった人」。
派手な厚底を履けば「ちょっとおかしくならはった」。
京都なので、当然直接は言われない。
町内会の中で、回覧板と一緒に小声で回って広がっていく。
「あそこの家の娘さん、おしゃれしたはるなあ」
――京都のちくちく言葉が広まった現代なら伝わるだろうか。
つまりこれは、「派手過ぎて、恥ずかしい子ですね」だ。
「お姉ちゃんって、景観条例に違反してるよな」
正解の道から外れたり失敗することを嫌う、公務員の弟に言われた。
当然弟は黒髪だ。
その通りだと思った。
京都の景観条例は人間にも適用され、金髪で実家に帰ってくる私は条例違反をしているのだ。
弟は、揶揄するつもりで言ったと思う。
しかし私にはそれがとてもしっくりと腑に落ちた。
そして熟考することももやもやを抱えることもなくすぐに辿り着いた結論が、ここは私がいるべき場所ではないのだな、というところだった。
景観条例に合わせる気はない。
私が好きな外壁で、好きな看板を掲げ、好きな屋根をかぶっていたい。
東京で働き始めて3年が経った頃、京都の祖母が亡くなった。
キャリーケースと共に午前だけ出社し、新幹線で帰省した。
冠婚葬祭というのは不思議なもので、主役であるべきはずの慶びや悲しみとは別の場所に焦点があたることが多いと思う。
例えば、参列者の数。
例えば、供花を並べる順番。
例えば、よく知らない〝親戚〟。
率直に言えば、私はそのすべてが心の底から嫌いだ。
悲しむべきときに、どの順番で花を並べるべきかとか、どこどこの誰々の葬式より多くの人が来たとか、そんな至極どうでもいいことを真剣な顔を突き合わせて話す。
茶番だ、と思う。
そして、よく知らない親戚が私を見る。
金髪を黒くする時間もなく新幹線に飛び乗った私を。
京都発、品川着。
到着アナウンスが聞こえる。聞き慣れた東海道線のメロディが流れる。
新幹線が速度を緩めた。 目の前に、青空にそびえる高層ビル群が見えた。 涙が出た。 ただいま、と心の中で呟いた。