
それって私の人生じゃないですよね
最近の私はお喋りだ。
noteは私の心の変化、成長の記録となりつつある(笑)
このところ続いていた不調。
感情も思考も動かなくなり、全てが億劫。
それとは別に長引く咳の原因を探ろうと、年末くらいから深層心理に触れるカウンセリングを受けていた。
元々呼吸器などの首周りに不調が出やすいようで、言いたいことが言えずに息が詰まる、自分で自分の首を絞めると言う読み解き。
その一連の流れでもう一つ気づいたことがある。
「その人の人生はその人のもの」
私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる・・・という「ゲシュタルトの祈り」そのもの。
誰かの悩みに共感し世話を焼き、ある意味その人の人生を背負うことが私の愛情の示し方だったことに気づいたのだ。
両親のこと、身内のこと、その人のためと言いながら、心の奥底では役に立つことで自分の存在価値を確認し、褒めてもらうことで承認欲求を満たす。
子供の頃から染み付いてしまった生存本能、愛されるための、上手く生きるための手段だった。
でもそれは境界線を曖昧にし、身を擦り減らし心を消耗させる。
褒めてもらえなければ不満が生まれるというエゴ。
その結果、関わった翌週は決まって体調を崩していた。
「もう背負わなくていい」
と言い聞かせても、ついつい自分ではなく周りの人へと意識が行ってしまう。
それは私にとって「だれかを愛さなくていい」と同義だった。
そのジレンマが心や体に不調を来す。
もう今は、安全地帯にいるのだからそんなことをしなくても大丈夫、ともう一人の自分が訴えてくれているのだ。
深層心理はしぶといから簡単に消えてくれるものではないけれど、これからはきっとブレーキになってくれる。
愛し方を変えればいい。
境界線を引いて、相手を尊重し、静かに幸せを祈る。
体に優しい愛し方をみつけよう。