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質問力と久米宏

    めけめけ

     今年の抱負というか、2026年は質問力が問われるという記事を書いた。

     久米宏前と久米宏後で、テレビは何が変わったのだろうか。そして彼がニュースステーションを降板してからのテレビはどう変わったのだろうか。

     ニュースステーションの放送が始まる前、久米宏は日本テレビで実験的な情報バラエティ番組を制作した。
    『久米宏のTVスクランブル』(1982年 - 1985年、日本テレビ)は1983年、第15回テレビ大賞優秀番組賞受賞、1984年、第1回全日本テレビ番組製作社連盟ATP賞最優秀賞受賞などを受賞している。

     この番組を見た時の衝撃と言うか、新しさは今でも覚えているし、あれを超える番組はそうそうない。

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     細かい説明は抜きにして、この絵がもうすでにエモい。この番組を超えるテレビ番組、或いはyoutubeは存在しないくらいに僕は評価している。やっさんを生放送で出演させるというだけでもそれは容易く得られる評価だと思う。
     この番組はあらかじめ作られたビデオに対してコメントをしていくというスタイルだ。一見、何がすごいのかと思われるかもしれないが、ビデオは久米宏の問い、視点であり、それをお茶の間に対して久米宏の質問力で問いかけてくる。
     そして生放送としての不確定要素、やっさんがそれをかき回す。この構図は価値観の押し付けではなく、論理と感情をぶつけ合いながら、結論はお茶の間に託すというスタイルで、僕が思うに、もっともテレビが得意とするストロングスタイルが確立された番組ではないかと思う。

     ニュースステーションが久米宏の代名詞ではあるものの、すべてはここから始まり、このスタイルが貫けなくなったことが、報道バラエティ番組の価値を著しく下げてしまったのではないかと、僕は観ている。

     この番組には嘘がつけないようになっている。やっさんは興味がないことに対してはまるで乗ってこないし、面白いことや、納得がいかないことに対しては放送時間を無視してしゃべりまくる。
     ビデオは編集され、作られたものだが、それがさらされる場所では嘘は見抜かれるし、はじかれる。これは理想的なメディアの在り方ではなかったのか。

     残念ながら、久米宏が起こしたテレビ番組の革命は、その手法だけが切り取られ、あたかも真実であるかのように報道番組は情報を編集して事実を切り貼りする。それは結論ありきのまがい物だと、僕は弾劾する。

     久米宏の神髄は結論は自分にはない。ただ、疑問に思ったことをしかるべき相手にぶつけるというだけで、結論は常にお茶の間に委ねていた。それは今、メディアが完全に失っているあるべき姿なのではないかと思う。

     例えば彼は反体制を貫いたキャスターだという評価がある。それはいかがなものかと思う。確かに久米宏は常に政権与党に対して手厳しい質問をしていた。しかしそれは反体制であることの証明なのだろうか。
     メディアは政治を情報面からチェックする役割を担う。であれば、立場は常に体制に対して距離を置く必要がある。なぜ日本は太平洋戦争へ舵を切ったのか。それを踏まえれば彼の振る舞いはひとつの答えではあっても、或いは作法ではあっても、反体制であることの証明にはならないのではないか。

     彼は彼の考えを貫いた。その都合のいい部分だけを切り抜いて言葉を発するのは、久米宏という象徴の悪用でしかない。彼は言った。

    「政治や世界を伝える放送局が、予算と人事で国家に押さえられている。これは先進国にあってはいけないことです。NHKが民放になれば他局は地獄でしょうが、NHKがそれで独立した報道機関になれるならそっちのほうがよほどいい社会になれます」

     思うに、彼の魅力は物事のあるべき姿を問い、質問力で変えていこうとした姿勢、そこにはエゴはなく、純粋な疑問から出発した報道に携わる者、メディア側の人間が持つべき資質であり、それを貫いたことではないかと。

     ゆえに久米宏の死を悼むこと、彼の功績をたたえることと、そこに何かの意見を添えることはまるで違う。しかし僕もこうして彼の死をきっかけにnoteで意見をしている。昨日一日、このことを書くかどうかは考えたけど、やはり彼を反体制のジャーナリストの鏡だという言説に、僕は疑問を感じる。

     1988年(昭63)10月19日、この年の近鉄バファローズはシーズン最終日の10月19日を2位で迎えた。首位西武とのゲーム差は0・5。逆転優勝は、川崎でのロッテ戦ダブルヘッダー連勝のみという厳しい条件。試合を中継していたテレビ朝日は、報道番組「ニュースステーション」の枠内でも急きょ放送を続ける。

     これはちょっとした事件だった。テレビスクランブルでもやっさんという不確定要素が何度も暴走したが、久米宏はそのときどき対応したことで、お茶の間とスタジオの駆け引きのコツをつかんだのかもしれない。
     結果だけでなく、続きが観たいという視聴者の圧に負けたのではなく、メディアが、簡単に時間で情報を切り替えてしまうこと、或いはそれがスポンサーや様々な「常識」が、いかに不自由だということへのカウンターを出すタイミングで出し、守るところは守るという姿勢こそ、評価するべき点だと僕は思う。

     さて、そろそろまとめよう
     ジャーナリズムとは何かを定義するよりも、ここでは「久米宏とは何だったのか」を問い、その結果としてテレビがどう変わったのかを考えてみたい。

     少なくとも僕には、結論ありきの質問が必ずしも必要だとは思えない。視聴者が求めているのは、価値判断そのものではなく、客観的な事実と、それらがどのような可能性へと連なっていくのかという提示ではないだろうか。

     久米宏の質問力の高さは、結論へと導く巧みさではなく、事実を多方向から捉えるために必要な材料を、的確に引き出す力にあったように思う。その鋭さこそが、彼を特別な存在にしていた。

     そう考えると、反体制であることそのものがジャーナリズムなのではなく、事実をどう扱い、どう差し出すかという姿勢こそが問われるのだと、私は感じている。最近のテレビやネットを見ていると、なおさらそう思う。

     久米宏さん、本当にお疲れさまでした。
     心よりご冥福をお祈りします。
     僕も、かく、ありたいと思います。

     
     
     
    品行方正品性下劣な何か書いています。やたらと書いています。物語とかそんなものを。 めけめけの由来 フランス語の「Mais, qu'est-ce que c'est?」(メケスクセ、「だけどそれがどうしたの?」の意)を訛って「Méqué méqué?」(メケメケ)と発音。

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