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キャベツの千切りで泣く私。更年期の荒波を乗りこなす「自分メンテナンス」の作法

    ソファーの上でスマホを見ていたら、突然涙が溢れてきました。

    見知らぬ誰かがひたすらキャベツの千切りをする、それだけの動画だったのに、胸の奥がギュッと痛くなって、涙がポタポタとスマホを持つ手に落ちました。

    「キャベツの千切りで泣く女」の爆誕した瞬間でした。

    数日前にも、似たようなことがありました。
    テレビをぼんやり眺めていた時に、涙が溢れてきたのです。

    「どうしたの? 何かあった?」
    夫が心配そうに理由を聞いてきます。
    その優しさが、その時の私には一番の難問でした。

    泣いているのだから、悲しい理由があるはず。

    その時テレビに映っていたのはどこかの街を紹介する番組でした。
    あんまり真剣には見ていなくて、どちらかというと流し見をしていた感じでした。また、何か悩み事を考えていた、という訳でもありませんでした。

    「うーん……」
    本当に、どうして涙が出てくるのか理由が見つかりませんでした。

    何も理由が見つからないことが少し自分を焦らせました。
    このまま「わからないけれど涙が出る」と答えたら、夫を混乱させてしまうだろうか。何か正解を言わなくては。

    その時、頭の引き出しの隅っこから、滑り落ちるように出てきた言葉がこれでした。

    「明日食べようと思ってとっておいたリンツのチョコレートを食べちゃったでしょ?」

    夫は「えっ?」とびっくりした顔をして、数秒の沈黙の後「……ごめん」と力なく呟きました。

    その瞬間、猛烈な後悔が私を襲いました。
    心の中では、もう一人の私が絶叫していました
    「違う、そうじゃないの! チョコを食べられたことが理由ではないの。本当はどうでもいいの!」と。

    でも夫の目に私は、大切に保管していたチョコレートを奪われた悲劇のヒロインに映っていたでしょう。そして、泣かせてしまったと傷ついていたのではないかと思います。

    咄嗟に出た言葉があまりにも悲しみからかけ離れていたせいで、もう言葉を撤回することができませんでした。私はただ、下を向いて黙り込むしかありませんでした。

    チョコレートなんて、明日また買ってくればいいのに。そんな泣くほどのことでもないのに、涙の理由にしてしまった。

    その罪悪感が、理由のない涙をさらに重く、苦しいものへと変えていきました。
    ただ涙が出てきただけなのに、「どうして傷つけるようなことを言ってしまったのだろう?」

    「キャベツの千切りで泣く女」が誕生したその瞬間は、リラックスしたくて、ASMRの動画を見始めた時に訪れました。
    ザッザッザッとキャベツを切る音を聞いたとき、涙がポタポタと落ちてきたのです。

    暖かい日が増えて、過ごしやすい季節になってきたのに、うまくいかないことが毎日のように起こります。
    それでも波風立てないように頑張っている、そんな自分にも疲れています。
    そして数日前に夫に言った言葉を思い出して、また落ち込みました。

    このところ感情が不安定で、イライラしていることも増えました。
    物忘れが続いたり、疲れやすくてなって、その度に周りを巻き込んでしまって、後悔する日が続いていました。

    ポタポタ落ちる涙の後に、悲しい気持ちがやってきました。

    「……あれ?さっきまで悲しくなかったのに……。」
    キャベツを切ってる動画を見てただけなのに、悲しくなっている自分に気づきました。

    「もしかしたら、これは悲しいから流れる涙ではないのでは?」

    「突然涙が出てしまう現象」が俄然気になり始めました。

    涙を拭いてスマホを持ち直しました。キャベツの千切り動画を閉じ、検索画面を開いて言葉を打ち込みました。「更年期 突然涙が出る 理由がない」
    すると、びっくりする事実が画面に現れてきました。

    特別な理由もないのに突然涙が溢れて止まらなくなるのは、更年期世代によくあることだというのです。

    涙の背景には、脳内で感情のブレーキ役を果たしているセロトニンの急激な減少があるそうです。
    更年期を迎えてエストロゲンが激減すると、セロトニンの出かたも連動してガクンと落ち込んでしまうというのです。

    その結果、わずかな感情の揺れをキャッチしただけで、脳は過剰に反応します。そして脳が自律神経に対して涙を流せというサインを勝手に出してしまうというのです。

    目の前でキャベツが切られているだけの平和な光景を見ても、ザッザッザッとキャベツを切る音が「今、生命の危機が迫っている!」という緊急警報を鳴らしてしまったかもしれません。
    その結果の突然の涙だったようなのです。

    「……これって、お腹が鳴るのと同じってこと?」

    お腹が空いたとき、静かな場所で「グゥ」と音が鳴ってしまうのを、自分の意志でコントロールすることはできません。

    鳴らそうと思って鳴らしているわけでもなければ、止めようと思って止まるものでもない。それは、胃腸というシステムが勝手にやっていることです。

    私の涙も、まさにそれと同じだったのです。

    ***

    夫が休日出勤となり、図らずも手に入れたひとり時間。
    せっかくの自由な時間を何に使おうかと考えたとき、ふと部屋の隅で静かに存在感を放っていた雑誌の山に目が留まりました。
    いつか読もう、いつか片付けようと思いながら、日々の忙しさに紛れて何ヶ月分も積み重なっていたものです。

    「よし、今日こそここをスッキリさせよう」

    明日のおかずのヒントになりそうなページだけを数枚切り取って、あとは思い切って処分する。そんな作業をする1日にすることにしました。

    まずは、キッチンでコーヒーを淹れ、ダイニングから使い慣れた椅子をズルズルと引きずってきて、雑誌の山のすぐ横に特等席を作りました。

    開け放った窓からは、近くの公園の淡いピンク色の桜が見え、春の柔らかな風が部屋を通り抜けました。遠くから車の走る音が時折聞こえてきて、静かな家の中に心地よいリズムを刻んでいます。

    「自分の時間を満喫するぞー」と少しウキウキとした気分で雑誌のページをめくり始めました。

    お目当てのレシピのページを切り取tたり、懐かしい記事を読み返したりしていたその時でした。

    ……突然、涙が溢れてきたのです。

    さっきまであんなに穏やかな気持ちで、桜を眺めながらコーヒーを楽しんでいたはずなのに。
    胸の奥がギュッとなって視界が急にぼやけ、熱いものがポタポタと雑誌の誌面を濡らしていきました。

    「あれ?」

    先日キャベツの動画を見た時と同じ気持ちが湧き上がってくるのを感じました。胸の奥がギュッと痛くなって、急に涙が流れるというあの気持ちです。

    自律神経が「涙」という反応を勝手に返していました。
    お腹が鳴るのと同じように体が反応していました。

    ちょっとびっくりしたけれど、そこでその感情を味わってみることにしました。
    胸がギュッと締め付けられる感じ。
    涙がとめどなく流れて止められない感じ。
    なんで泣いているのか理由を探そうとしてしまう感じ。

    とにかく、動かずじっと座って、その体の反応に耳を傾けてみることにしました。

    ただ座って、電池の切れたロボットのように一点を見つめていました。この姿を誰かが見たら、きっとホラーだったと思います。雑誌を見ていた人が急に手を止めて一点を見つめて固まっているのですから。

    どのくらい固まっていたでしょう。
    胸の奥がキュッとなって、涙が流れ、それと同時に不安になる気持ちが押し寄せてきました。でも、それに反応しないように「今、不安になってきた」と呟くようにしました。自分を実況中継するように。

    悲しい理由や不安の理由を探さない。
    それを意識して、ただこの感情の波が通り過ぎるのを待ちました。

    すると、不思議なことに涙が止まっていきました。
    そして不安の気持ちもおさまっていきました。

    待つというのは結構難しいことです。
    ついつい、その感情の波に反応したくなります。

    だけど、悲しいから泣くという常識を切り離して、涙は体の反応と考えれば良いのだと気づいた瞬間、これまで自分を責めていた重荷が、スッと軽くなるのを感じました。

    この日を境に、涙が出ても焦らなくなりました。
    そして、突然の涙の理由に全く関係のない話を持ち出すことはなくなりました。

    ***

    「キャベツの千切りで泣く女」を無事に卒業した私ですが、その後、例の波がやってきた瞬間に発動する、全力の静止タイムは夫を驚かせることになってしまいました。

    涙を流しながら一点を見つめて固まっている姿はホラー映像ですよね。
    でも、理由を聞かれた時に、今度はこれは脳のバグによる一時的なエラーなんだと説明できたので、夫は静かに見守ってくれるようになりました。

    部屋の片隅で微動だにせずフリーズしている私を見つけると、システムアップデート中を察して、そっとしておいてくれるようになったのです。

    まだまだ続く心と体の不調ですが、人生の一時期に現れる変化と、しばらくはうまく付き合っていくしかありません。
    落ち込んだり、自分を否定したりするよりも、その状況を見つめて乗りこなす、その方が心が軽くなるような気がしています。

    今回見つけたヒントを頼りに、更年期の荒波を少しずつ乗りこなせるようになりたいと思います。

     
     
    更年期特有の涙や不安を、脳科学と和の作法で解消する 「自分メンテナンス術」を発信しています その不安はあなたのせいではありません 更年期の荒波を共に渡るためのツールをお届けします

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