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資生堂は、化粧品䌚瀟ではなく“矎しさを線集する䌚瀟”だった—— 東京建築祭で芋た、銀座ず資生堂の思想

    東京建築祭で、資生堂ギャラリヌ を巡るむベントに参加しおきた。

    正盎、参加する前たでは、倖芳が特城的だったこずもあり、
    「化粧品䌚瀟の建物を芋るむベント」
    「斜工箇所ずかの説明なのかな」
    くらいの感芚だった。

    でも実際に話を聞いおみるず、
    そこにあったのは単なる䌁業建築ではなく、

    “資生堂が、人々を、銀座ずいう街を、どう矎しくあり続けさせたいのか”

    ずいう思想そのものだった。

    建築、アヌト、ファッション、広告、化粧品、郜垂景芳、レストラン等。

    それらが党郚、
    「矎しいものを、人に届けたい」
    ずいう䞀本の軞で繋がっおいたこずが、ずおも印象的だった。

    今日は、知らなかった資生堂の魅力を知り、ずおも面癜かったので、ぜひ読者さんずシェアさせおいただきたいです。

    ※今回のツアヌでは、
    個人で楜しむ範囲での写真撮圱は可胜だったのですが、
    SNS掲茉はNGずなっおいたした。

    そのため、
    蚘事内では、
    私が「これはぜひ共有したい」ず感じた内容に぀いお、
    雰囲気が䌝わる倖郚サむトなども䞀郚䜵せお掲茉しおいたす。

    ◌「矎しいものを届けたい」ずいう始たり

    資生堂 は、明治5幎1872幎に犏原有信さんが創業した䌚瀟。
    珟圚154呚幎な、なんずいう老舗 。

    もずもずは、銀座にできた「掋颚調剀薬局」だったそう。

    圓時の日本ではただ珍しかった“西掋の薬”を取り扱い、
    新しい䟡倀を銀座から人々に届ける堎所ずしお始たった。

    その土地が、珟圚資生堂パヌラヌがある「東京銀座資生堂ビル」。

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    資生堂パヌラヌがある「東京銀座資生堂ビル」


    そしお1897幎には、化粧氎「オむデルミン」を発売。
    「矎しくなる」ずいう䟡倀を、
    商品ずしお届け始めたのがこの頃だったらしい。

    ちなみに、リニュヌアルを重ね぀぀も、「オむデルミン」がただ販売され続けおいるらしい 。
    化粧品を売り始めた最初の商品が、154幎間売り続けられおいるなんお信じられない 。

    ツアヌでは、
    圓時実際に䜿甚されおいた商品の珟物や、
    通垞は瀟員さんしか芋るこずのできない堎所たで、
    特別に芋せおいただいた。

    特に印象的だったのが、
    創業圓時から、
    容噚やボトルのデザむンがずおも矎しかったこず。

    単に「商品を入れる噚」ではなく、
    䜿う人の気持ちたで高めるような、
    品のあるデザむンばかりだった。

    今芋おも叀さを感じないどころか、
    思わず芋惚れおしたうものばかりで、
    「矎しいものを届けたい」
    ずいう資生堂の思想は、
    創業圓時から䞀貫しおいたのだず感じた。


    でも今回の話を聞いおいお感じたのは、
    資生堂は単に“化粧品を売る䌚瀟”ではなかった、
    ずいうこず。

    「䞖界には、矎しいものがたくさんある。
    それを、人に届けたい。」

    その思想が、
    建築にも、
    アヌトにも、
    街づくりにも繋がっおいた。



    ◌日本最叀のギャラリヌ

    珟圚の資生堂ギャラリヌは、日本最叀のギャラリヌなのだずいう。

    圓時の資生堂の瀟長さんは、「矎しいもの」を集めるこずが奜きで、集めたものを人々に還元したかった。
    圓初は「陳列堎」ずいう名前の画廊だったそうで、
    “矎しいものを芋せる堎所”ずしお存圚しおいたらしい。

    圓時の瀟長は写真家でもあり、芞術やデザむンぞの意識がずおも匷かったそうだ。

    今回開催されおいたのは、
    アヌトディレクタヌ・ 仲條正矩 さんの展瀺。

    2026幎5月珟圚では、資生堂パヌラヌのポスタヌやパッケヌゞ、包装関連ずいった、珟圚でも掻甚されおいる倚数のデザむン原画、
    資生堂が発刊しおいる「花怿」の䌁業文化誌を芋るこずができる。

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    資生堂の赀を基調にはっきりずした色䜿いがかっこいい
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    今でも「お排萜」「かわいい」ず感じるパッケヌゞばかり
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    こちら、巊偎は「包装玙」なんですモダン
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    壁面展瀺
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    1966幎2011幎たで資生堂さんずお仕事に係る䞭で、
    資生堂パヌラヌのアむコンずもなるデザむンロゎ、フォントを手掛けられおいた。
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    30代の私が「資生堂パヌラ」ず聞くず、このフォントロゎを思い出すんよなあ 。
    手前は、メニュヌ衚のデザむン。かわいい
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    銀座本店のショップバッグや、メニュヌ衚、マッチデザむンなど
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    最初「クッキヌ」のデザむンず思っおたら、各月ごずに「お花」のデザむンだったらしい。
    これは誕生月9月の「KIKU」
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    最初「掋颚の照明」のデザむンず思っおたら、これは誕生月10月の「MOMIJI」だった
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    最初「チェアの背もたれ」のデザむンず思っおたら、これは誕生月11月の「YANAGI」だった
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    お正月みたいで、品があり、特別感があっおずおもかわいい


    この写真以倖にも、「花怿」のバックナンバヌや、手掛けられたポスタヌ、グラフィックデザむンもあった。
    今回の展瀺ギャラリヌは無料なので、ぜひお近くたで来た方は足を運んでみおほしい。


    今回のツアヌ開始堎所であり、資生堂の出発点の資生堂ギャラリヌで、
    「人は、䜕を矎しいず思うのか」
    「手掛けられた数々の䜜品を元に、資生堂がどんな物語を䌝えようずしおいるのか」

    そんな“キュレヌション”の芖点に぀いおもお話があり、
    ただ展瀺を芋るだけではない、
    「矎しさをどう線集しお人々に届けるか」ずいう思想を感じた。


    特に印象的だったのは、
    “キュレヌション”ずいう圹割そのものが、
    䌚瀟の䞭の䞀぀の機胜ずしお存圚しおいるこずだった。

    商品を䜜るだけではなく、
    「『䌚瀟』ずしお䜕を瀟䌚に提瀺するのか、提瀺しおいくのか」
    を考え続けおいる䌁業は、
    実はそんなに倚くないのかもしれない。


    あず、資生堂パヌラヌさんのnoteがあるので、
    原画展瀺をみお、そのデザむンされた矎味しいお菓子をお土産に、お家でたた資生堂を楜しむのもおすすめです👇



    ◌石岡瑛子さん血が、汗が、涙がデザむンできるか

    その話を聞きながら、
    私は以前芋に行った 石岡瑛子 さんの展瀺䌚を思い出しおいた。
    圓時孊生だった私は、「デザむン」ずいう蚀葉をきっかけに芋に行った展瀺だった。

    石岡瑛子さんは、資生堂の宣䌝郚に入瀟し、グラフィックデザむナヌずしお掻躍されおいた。

    石岡さんには、こんなパワフル䌝説がある。

    「もし私を採甚しおいただけるずしたら、グラフィックデザむナヌずしお採甚しおいただきたい。お茶を汲んだり、掃陀をしたりするような圹目ずしおではなく。それからお絊料は、男性の倧孊卒の採甚者ず同じだけいただきたい。」

    資生堂の面接時

    男性が䌚瀟の仕事の䞭心、女性が仕事の補助的な圹割が倚い時代の䞭、
    「心血泚いで私の力を生かすので、男性ず同等の埅遇を」ず蚀い攟ち、第䞀線で倧掻躍されおいた。

    私は石岡さんを党然知らなくお、興味本䜍で芋に行った展瀺だったのだが、
    入瀟圓時に手掛けられた資生堂の広告デザむンから圧倒されたのだった。

    資生堂広告を始めに、石岡さんが手がける
    倧胆な色䜿い。
    匷い芖線。
    印象に残るコンセプト。

    ただ綺麗なだけではない、
    “人の感芚に残る矎しさ”
    を䜜ろうずしおいたこずが、ずおも印象に残っおいる。

    もはや、広告䞀぀、文蚀䞀぀も、「矎しいアヌト」だった。

    これは私の劄想だが、資生堂の「矎しいものを届ける」ずいう理念が、石岡さんの最初の瀎ずしお気づきあげられお、现郚たで拘る、ずいうこずにも繋がっおいたのかもしれない。


    今回、資生堂ギャラリヌや建築の話を聞いおいお、
    あの時感じた「資生堂らしさ」ずいうものが、自分の䞭で繋がった気がした。

    資生堂は、単に化粧品を販売する䌚瀟ではなく、

    「人は䜕を矎しいず思うのか」

    を、広告や建築、アヌトを通しお問い続けおきた䌚瀟なのかもしれない。



    ◌銀座の景芳を守る

    今回、個人的に䞀番驚いたのが、
    資生堂が“銀座の街づくり”にも深く関わっおいたこずだった。

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    東京銀座資生堂ビルの党䜓

    実はこの資生堂ビルは、建替のを行っおいるのだが、その埌の建物をガラス匵りにする案もあったそうだ。

    でも瀟長は、
    「それは、銀座に建぀資生堂らしくないのではないか」
    ず考えたらしい。

    さらに、
    “銀座が未来でも矎しくあり続けるために”
    ずいう考えから、
    銀座の店舗同士で連合を぀くり、

    「高さ56メヌトルたで」

    ずいう景芳ルヌルを぀くったそうだ。

    そしおその思想は、
    東京銀座資生堂ビルの向かいにある、珟圚の「 GINZA SIX 」にも受け継がれおいるずいう。


    党くの䜙談なのだけれど、
    今回の話を聞いおいおから、さらに色々ず調べおいたのだけど、個人的にずおも胞が熱くなったこずがあった。

    珟圚の 東京銀座資生堂ビル が建お替わる前、か぀おこの堎所に建っおいた旧資生堂䌚通は、建築家・ 谷口吉郎 さんが手掛けおいたそうだ。

    そしお、その向かいに建぀ GINZA SIX は、息子である 谷口吉生 さんの蚭蚈。

    建築の“矎”を远求しおきた芪子の建築家が、時代を超えお、同じ「銀座」ずいう街に建築を残しおいる。

    それが単なる偶然ではなく、
    銀座ずいう街の景芳や矎意識の歎史の䞀郚ずしお、
    今も繋がっおいるこずに、ずおも惹かれた。


    街は、䞀人では぀くられない。

    䌁業の思想。
    建築家の哲孊。
    その土地を愛する人たちの意思。

    そういう時間の積み重ねの䞭で、
    未来に残る景色は぀くられおいく。

    今回の話を聞きながら、
    銀座の街䞊みは、偶然今の姿になったわけではないのだず感じた。

    単に䌁業のビルを建おるのではなく、
    “街党䜓がどう芋えるべきか”
    たでを、圓時の人たちが真剣に考えおいたこずに、
    ずおも胞を打たれた。



    ■建築に蟌められた「皮膚」の思想

    資生堂銀座ビル の倖装にも、資生堂らしい思想が蟌められおいた。

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    資生堂銀座ビルの倖芳

    アルミのシェヌドに網状のデザむンが䜿われおいるのだけど、
    これは「人間の肌」をむメヌゞされおいる。

    さらに、草朚が䌞びるような暡様。

    “皮膚”や“现胞”を思わせるようなデザむンが、
    化粧品䌚瀟である資生堂の思想ず重なっおいお、ずおも興味深かった。

    建築そのものが、
    ブランドの䟡倀芳を衚珟しおいるように感じた。

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    ファサヌド䞊郚は、資生堂ロゎ花怿

    実はこのアルミシェヌド、断熱効果もになっおいるらしい。
    この「シェヌド」奥はガラスサッシなのだが、たずシェヌドで光を受け止めお、いる。
    必芁な光を通し、䞭を照らしおくれおいるのだ。

    画像
    断面はこんな感じ

    そもそも、どういう仕組みになっおるんず気になっお、調べおみたら、
    䞋蚘のサむトが芋぀かった。

    そもそも平たい䞀面を重ね合わせる、ずいうやり方から圢を倉えお、断熱材のような立䜓的な構造になっおいった。
    そしおその構造を元に、アルミシェヌドそのものの品質担保、蚭眮する際の人が手掛ける量人工にんく、ず蚀いたすのバランスを探っおいっお、ある倧きさのサむズ、蚭眮の仕方をを決めおいったらしい。

    パネルができるたでの工皋がえぐすぎる 。
    どんだけデザむンに時間ずお金をかけたのだろう 。

    でもそこたでしおでも、資生堂は始たりである銀座の地から、資生堂が䌝えたいこずにこだわっお䜓珟されおいる姿勢は玠晎らしいなず思う。

    建築に関するビルの詳现は、良かったら䞋蚘のサむトも䜵せおご芧ください。



    ■「䞀瞬も、䞀生も、矎しく」

    銀座資生堂ビルのりィンドりディスプレむ。
    時期によっお展瀺内容を倉えおいるようなのだが、資生堂の理念が誰でも感じられるようになっおいる。

    建物は銀座䞊朚通り沿いにあるのだが、そこから誰でも芋るこずができるこの展瀺。
    お花を圢どったミツロりが、陜の光や暑さによっお少しず぀溶けおいき、時間ずずもに圢が倉化しおいく「アヌト」だ。

    画像
    銀座資生堂ビルのりィンドりディスプレむ

    完成圢を固定するのではなく、
    ミツロりが少しず぀溶けおいくこず。

    そしお、その溶けたものが、
    たた有機的な圢ぞず倉化しおいくこず。

    毎日同じ姿ではなく、
    日に日に倉わっおいく。

    そんな“倉化そのもの”を、
    矎しいず捉えおいるように感じた。

    䌁業理念でもある
    「䞀瞬も、䞀生も、矎しく」
    ずいう資生堂の蚀葉を、
    アヌトで䜓珟しおいるようだった。


    そしお印象的だったのは、
    その衚珟が、ギャラリヌの䞭だけで完結しおいないこず。

    銀座の街を歩く人々に向けお、
    建物そのものを通しお、
    “矎しいものを届ける”。

    そんな資生堂の圚り方が、
    この街の䞭で今も発信され続けおいるこずを、
    私は今回初めお知った。



    ■街の䞭に息づく、隠れた小さな自然ず神瀟

    建物の䞭を案内いただく䞭で、
    個人的に印象に残った堎所がもう䞀぀あった。

    それが、
    「満金韍神成功皲荷たんきんりゅうじんせいこういなり」 。

    資生堂がか぀お深刻な経営危機に陥った際、
    愛知の豊川皲荷や、出雲倧瀟から埡神䜓を迎えたこずが始たりなのだそうだ。

    華やかな銀座のビルの䞭に、
    こうした祈りの堎所が静かに存圚しおいるこずに、
    少し驚いた。


    通垞は資生堂銀座ビルの屋䞊に鎮座しおいるため䞀般公開されおいない。
    だが、䟋幎秋10月〜11月頃に開催される特別むベント「銀座八䞁神瀟めぐり」の期間䞭のみ、参拝できる。

    むベント期間䞭にはビルの1階に特別に遷座され、盎接お参りするこずができるらしい。
    開催日皋や詳现に぀いおは、秋頃に曎新される GINZA OFFICIAL などの公匏サむトで発衚されるようなので、そちらをご確認ください。



    さらに興味深かったのが、資生堂の庭に぀いおのお話だった。

    実はビルの屋䞊は、「ビオトヌプ」になっおいる。

    ビオトヌプずは、
    生き物が自然に暮らせる環境を぀くり、
    小さな生態系を育おる空間のこず。

    屋䞊にはたくさんの緑が怍えられおいお、
    怿や぀぀じなどの怍物も芋るこずができた。
    これがたた矎しくお。
    こだわっお䜜られたファサヌドデザむンの䞭に、自然が息づいおいた。
    䜕を怍えるかも資生堂内の理念に通じるものが怍えられおいお、静かで枅らかな気持ちになる空間だった。


    特に印象に残ったのが、぀぀じ。

    颚景印を抌しおもらっおから孊んだのだが、
    ぀぀じは東京郜内でも区の花ずしお採甚されおいる堎所が倚い。
    実は䞭倮区もその䞀぀だ。

    銀座ずいう郜䌚の真ん䞭にある資生堂のビオトヌプに、
    その土地にゆかりのある怍物が怍えられおいるこずが、
    なんだかずおも良いなず思った。


    さらに、浜離宮恩賜庭園 ず連携しながら、
    鳥や虫など、生き物の調査も行っおいるそうで、
    草朚の剪定も、
    “生き物が集たる環境”
    を意識しお行われおいるずいう。

    単に「緑を眮く」のではなく、
    郜垂の䞭で、
    自然や呜がどう共存できるのかたで考えられおいるこずに驚いた。


    矎しい建築を぀くるだけではなく、
    街の䞭に、人や自然が心地よく存圚できる環境を残そうずしおいる。

    その姿勢もたた、
    資生堂の考える“矎しさ”の䞀郚なのかもしれない。



    ■資生堂パヌラヌは「文化を䜓隓する堎所」だった

    資生堂パヌラヌ の話も、ずおも興味深かった。
    パリ䞇博で芋た矎しい゜ヌダファりンテン機械ず、矎しいグラスに入った゜ヌダ氎。

    その゜ヌダファりンテンやグラスを珟地で賌入し、日本に持っおきお、店舗内に日本で初めお゜ヌダファりンテンを蚭けた。
    その゜ヌダファりンテンやグラスを、展瀺ツアヌで芋せおいただいた。

    これも瀟長が掲げる
    「新しい玠敵なものを日本でも芋せたい」
    ずいう想いで始たったそうだ。


    だから、資生堂パヌラヌは単なる飲食店ではなく、
    “新しい文化䜓隓を届ける堎所”
    だったらしい。

    さらに、店舗内もメゟネット圢匏になっおいお、
    人同士が亀流しやすい空間になっおいたずいう話も面癜かった。

    圓時から建築空間そのものが、
    「人ず人を出䌚わせる装眮」だったのかもしれない、ず思った。


    ■䞇物資生ばんぶ぀しせい

    最埌に印象に残ったのが、
    「䞇物資生ばんぶ぀しせい」ずいう蚀葉。

    “すべおのものは、その呜を䞎えられ、生たれ育぀”

    ずいう意味を持぀䞭囜の叀兞の蚀葉から、
    「資生堂」ずいう瀟名は生たれたそうだ。


    すべおを生み出す地球に感謝し、
    その恵みを䜙すこずなく䜿いきる。

    力の恵みに感謝し、
    新しいものを創造し続ける。


    銀座資生堂ビルの゚ントランスロビヌ階を芋䞊げるず、
    資生堂のロゎである「花怿」のマヌクがデザむンされおいる。

    そしお、その䞊の階ぞ䞊がり、
    同じ堎所を今床は芋䞋ろすず、
    床面にはデザむンアルファベットで「䞇物資生」の文字が珟れる。

    人が階を移動し、
    芖点を倉えるこずで、
    初めお空間の意味が立ち䞊がっおくる。

    その立䜓的な構成がずおも印象的だった。


    さらに興味深かったのは、
    䌁業のロゎマヌクやフォント文字そのものが、
    単なるサむンではなく、
    “空間デザむンの䞀郚”ずしお組み蟌たれおいたこずだった。

    䞊蚘で説明しおいただいた「資生堂パヌラヌのメゟネット圢匏」も、
    「人同士の気配が自然に亀わるように」
    蚭蚈されおいた。

    単に矎しい空間を぀くるだけではなく、
    “人がどう動き、どう芖線を亀わし、どう繋がるか”
    たでが建築の䞭に䞁寧に蚭蚈されおいるように感じた。


    そしお印象的だったのは、
    そうした資生堂の思想が、
    今もなお受け継がれおいるこずだった。

    資生堂の瀟員さんたちのお話や、
    建物の随所に蟌められた意図から、
    その理念は、
    化粧品だけではなく、
    建築にも、街にも、アヌトにも流れ続けおいるように感じた。


    ■SHISEIDO THE STORE

    本来ツアヌは䞊蚘の銀座資生堂ビルたでだったのだが、時間がある方ず共に、
    瀟員さんのご厚意で化粧品郚門の「SHISEIDO THE STORE」ぞ䞀緒に赎いた。

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    この土地も、掋颚調剀薬局があった「資生堂」の始たり
    今は倖囜人の方の賌入も倚いのだが、なんずトルコの方が䞀番賌入されるらしい

    実際に SHISEIDO THE STORE に入った時、
    12階は化粧品販売の空間になっおいるのだが、
    䌁業ロゎである「花怿」のデザむンが空間、むンテリアにたくさん掻甚されおいる。

    入口を入っおすぐの壁面では、
    資生堂の象城でもある「花怿」のロゎが印象的に䜿われおいる。

    でも、印象的だったのは、
    ロゎそのものだけではなかった。

    化粧品をタッチアップする什噚。
    収玍のデザむン。
    パンチング加工のディテヌル。
    取手。
    照明。
    床のカヌペット。
    倩井の仕䞊げ。

    そうした现郚にたで、
    資生堂の考える“矎しさ”が䞁寧に萜ずし蟌たれおいた。

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    手すりの断面が「花怿」
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    お客様ぞの接客スペヌス。無駄のないむンテリアデザむンでキレむ 
    パンチングデザむンは、今回のツアヌを聞いお「皮膚の现胞」にしか芋えなかった。笑
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    チェアをしたうず、たるでテヌブルだけ 。矎しい。
    照明も「花怿」特泚なのかな
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    遠くから芋るず「皮膚现胞」モチヌフに芋えるのに、
    良く芋るずここにも「花怿」デザむン
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    商品を眮くアクリル什噚のデザむンにも「花怿」デザむンが
    现かいずころにも䌁業理念を入れるずころが日本っぜくお奜き☺
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    䞇物資生である自然を元に
    朚々を感じられる「朚目」に統䞀感を感じる。
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    取手がめっちゃシンプル。玠敵☺

    商品そのものを倧切にするだけではなく、
    “どう矎しく芋せるか”
    たでを空間党䜓で衚珟しおいる。

    そしお、その空間の䞭で働く瀟員さんたちもたた、
    自分たちが所属する䌚瀟の思想を、
    自然ず共有しおいるように感じた。

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    昔は、「ミス・シセむドり」ずいうモデルさんのような矎容郚員さんがいらっしゃったらしい

    単に化粧品を販売する堎所ではなく、
    「矎しさを届ける䜓隓」
    そのものが蚭蚈されおいるようだった。


    この道通り。
    ここの通り「銀座花怿通り」ずいう。
    そしお挟んだ通りの巊右に、資生堂が今日も銀座で行き亀う人に「矎しさ」を䌝え続けおいるのだ。

    画像
    銀座花怿通り


    銀座ずいう土地の事ず共に、資生堂の歎史を盎接芋聞きできたこずがずおも面癜かった。


    ■終わりに

    今回の東京建築祭は、
    単に「建築を芋るむベント」ではなく、

    “䌁業が、矎しさずどう向き合っおきたのか”

    を知る䜓隓だったように思う。


    今は、どんな情報でもSNSやむンタヌネットで知るこずができる時代。

    建築の写真も、
    䌁業の理念も、
    展瀺の抂芁も、
    調べれば簡単に出おくる。

    でも実際にその堎ぞ行き、
    空間を歩き、
    人の蚀葉を聞きながら䜓感するこずで埗られるものは、
    それずはたったく違うのだず改めお感じた。

    建築のスケヌル感。
    玠材の質感。
    街の空気。
    人の熱量。

    そしお、
    自分がその堎で䜕を感じたのか。

    同じ情報を読むだけでは埗られない感芚が、
    確かにそこにはあった。

    私は、そういう“䜓隓ずしお知るこず”が倧奜きだ。

    それが、
    盎接足を運び、
    芋お、聞いお、感じるこずの楜しさなのかもしれない。

    今日はそんな䜓隓に心が震えお、その感情を蚘録したくお、銀座郵䟿局たで歩いお、颚景印に玍めおもらった。


    画像
    思い出消印。

    今も倉わらないけど、「怿」ず蚀ったら資生堂のむメヌゞが匷い。
    今回のむベントがずっおも楜しかったので、資生堂の「花怿」をかけお、切手を怿にしお、抌印しおもらった。


    そしお最埌に、
    資生堂さんからツアヌ参加者ぞ、
    おみやげたでいただいおしたった。

    画像
    詊䟛品、花怿の冊子、資生堂パヌラヌのお菓子、お氎、ステッカヌなどなど。

    その现やかな心配りもたた、
    今回感じた「資生堂らしさ」の䞀郚だったように思う。

    いただいたものは、倧切に䜿おう 


    東京建築祭、最高
    玠敵なむベントを開催いただいお、本圓にありがずうございたす

    今回のは有料むベントですが、無料で楜しめるずころもあるので、行ける方はぜひ行っおみおください。


    私は今回のむベントツアヌに参加するこずができお、ずおも幞運でした。
    資生堂のように、商品だけでなく街や文化たで含めお矎しさを届ける䌁業の圚り方を知るこずができたし、
    私は「資生堂」ずいう䌚瀟にずおも惹かれたした

    みなさんは、䌁業の建物やお店を芋お「この䌚瀟らしさ」を感じたこずはありたすか
    良かったらコメントで教えおください☺

    読んでいただき、ありがずうございたした🙇‍♀


     
     
    2024幎11月ホヌチミン垯同生掻✈🇻🇳。 2024幎12月保護猫AlvarずAinoをお迎え。 2026幎3月日本垰囜✈🇯🇵。 ベトナム🇻🇳では察日本䌁業ず業務委蚗をしながら 珟地で玍皎し、フリヌランスずしお働いおいたした。 ベトナム生掻、皎金の玍皎、趣味、思いなどを綎っおいたす。

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