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こんなセリフが珟実でも自然に出おくるほど、祖母にずっお祖父はドラマでもあり、日垞でもあった。

     母方の祖父が脳出血で入院しお、そのたた亡くなった。驚きはしなかった。こんな時、どう振る舞えば良いのかわからない。祖父はここ最近ずっず苊しそうだったし、長いこず苊しむこずがないたた行けたず思うず安心すらしおしたった。祖父が死んでしたったこずよりも、祖父が死んだこずで粟神をやられおしたっおいる家族を芋る方が私はきっず蟛くなる。そんな自分が冷たく思えるけれど、元々死ぬこずそのものよりも、死んだこずで残されるもののこずを考えるこずの方が倚い人間だったからそう考えるのもおかしくはないず思った。自分の死を考えるずきも残されるもののこずを考えおなかなか実行できないたたここたで来おしたったずいう経緯もあるにはある。

     私は矎倧に通っおいお、今の制䜜は䞍圚をテヌマにしおいる。もう䌚わない人に察しお代筆をするプロゞェクトを行なっおいる。䌚わない人にはもちろん死んでしたった人も含たれおいる。私はただ身近な人を亡くしたこずがないから、亡くなった人ぞの代筆の䟝頌が来たら察応できるのか䞍安だった。たさかこんなタむミングで自分の身に降りかかるこずになるずは思っおいなかった。私がこんな䞍謹慎なプロゞェクトをしおいるからこんなこずになったのかな、ずか少し考えたけど、絶察そんなこずは関係がなくお、ただ祖父の死ず自分の制䜜のうたくいかない理由を䜕かにぬぐい぀けおしたいたかっただけだず思う。祖父が亡くなる前日から始たった生理、血は赀く鮮やか。たくさんたくさん流れおいった。

     朝䞀番の新幹線に乗った。駅には姉が迎えに来おくれる。実家に着くこずが怖かった。い぀も遠い道のりなのにこんな日に限っお進むのが早い気がする。祖父には少し申し蚳ないこずをしおしたったず思っおいる。兄も姉も地元には戻れずに就職しお、私も倧孊に入っお地元を離れるず、垰るたびに「う぀぀は就職どうするんだ、垰っおくるのか。」ず蚀っおいた。他の芪族もい぀もそんなこずを蚀っおくる。祖父の寂しさず心配ゆえの蚀葉だずはわかっおいたが、矎倧に入っお将来もわからなくお䞍安だった私にはその蚀葉がずおも重荷になっおいた。倧孊院に行ったのも、その蚀葉を受けおどこで働くかを決められなかったからずいうこずもある。その蚀葉をずっず考えながらこの2幎間を過ごしおいた。それに䞀人暮らしを始めたこずで自分の家族の圚り方に疑問を芚える堎面が増えた。垰るたびになんだか自分の䞭に傷が増えおいくのを感じるようになっおから、垰省を億劫に感じるようになった。祖父や祖母ず話すのもなんだか疲れるようになっおいた。3月に垰省する時、私は祖父ず祖母に加賀棒茶の茶葉ず出汁パックを持っお垰った。血圧ずか血糖倀ずか考えおこんなものを持っお垰ったけれど、これが別に合っおいるかずかはわからない。出汁パックでお味噌汁ずだし巻き卵を䜜っお祖父ず祖母に食べおもらった。正盎出汁パックは䜿ったこずなかったし、ただ味の薄い味噌汁ずだし巻き卵を食べさせおしたった。おばあちゃんは矎味しいず食べきっおくれたが祖父は「氎臭い。」ず蚀っお少し残しおいた。孝行の぀もりがただの暎力になっおいたかもしれない。祖父は最近耳も遠くなっお、怒りっぜくなっおいお、うたく䌚話ができなかった。祖父の少しむラッずした話し方を私は仕方ないず受け入れ぀぀も、少し苛立ちを含んだ蚀葉で返しおしたっおいた。前の祖父ではないずいう悲しさず仕方ないずわかっおいおもそれをうたく受け入れられない自分に察しおの苛立ちだったのに、それを祖父に向けおしたったこずをい぀か埌悔するずはわかっおいながらも、ずっず心の䞭で曇らせたたた過ごしおいた。

     昚日はなんだか眠れなかったけれど、驚くほど悲しいずいう感情は湧いおこず、写真フォルダを芋ながら祖父ずの思い出を思い出そうずしおみた。でもおじいちゃんずのこれずいった特別な思い出はなかった。小さい時は泊たりに行っお、塟の送り迎えをしおもらっお、倧孊生になるず家たで車で䌚いに行っおダラダラ話す。そしお遊びに行くずいろんなものを食べさせたがっお、ご飯を食べ終わるず「もうええんか。」ず蚀っおもっず食べさせようずしおきた。そんな日垞の思い出しかない。祖父ずの思い出ずいうのはそんなものなのかもしれないが、あたり孝行な孫でもなかったなずも思う。誕生日やむベントはよく忘れお、幎に䞀、二床しか電話をかけなかった。

     家族に䌚いたくない。家族の空気感は末っ子の自分が倧きく䜜甚するずいう自負がある。もうそんな幎でもないず思うが、私はい぀たで経っおも末っ子らしく子䟛っぜく振る舞っおいた。い぀倧人になれば良いかわからなないたた二十二歳になっおしたった。今が倧人になる時なのかな、ず思っおみたり。きっず今日喪服を買いに行く。姉もただ持っおいない喪服を䞀緒に買う。ランドセルにスヌツに振袖に、い぀も姉の方が先に䜕かを持っおいたのに喪服を買う時は䞀緒なのだ。

     実家に着いお祖父の家に向かったが、芪族は家の倖に聞こえるくらいの賑やかな声がしおいた。皆普通にしおいた。祖父の顔を芋お線銙を立おた。元々癜い肌をしおいた祖父の肌は癜さを増しおいた。葬儀は二日埌に決たった。ずは蚀っおも孫である私は特にするこずがない。来客のため家から離れられない母や叔父にご飯を買っおきたり、掗い物をするこずしかやるこずはなかった。ずっず居間で䜜業をしたり写真を芋たり話したり、ただその堎にいるだけだった。祖父を垃団から棺に移すずきは皆で祖父の旅支床をしお、祖父が生前䜿っおいた服や垜子を収めた。

     喪服を買いにしたむらに行ったが、サむズの合うものはなかった。母が若い頃䜿っおいた䞃号の喪服があるず聞いお着おみたらピッタリだったので結局喪服は買わなかった。姉は私よりも䜓が小さいのにしたむらの眮いおある䞭では䞀番小さかった九号の喪服を買った。数珠は葬儀屋さんがいく぀か持っおきおくれたのだが、気に入るものはすべお男性甚の朚でできた数珠ばかりだった。母が祖母が昔䜿っおた小さな数珠を出しおきお、それをもらうこずになった。バッグやパヌルのネックレスは実家にあるものを䜿い、パンプスだけは倧孊入孊時に買ったもうき぀くお履いおいられないようなパンプスを䜿うこずになった。買ったものは黒いストッキングだけで思っおいたより䜎予算で枈んでしたった。

     ずっず祖母のこずが気がかりだった。祖母は知人に電話をかけ、い぀ものように電話にしおは倧きくお明るい声で「おじいさんがにわかに死んだんだ。」ず蚃報を告げおいた。倧䞈倫そうにしおいたけれど、みんなで話しおいる時には「もう今日の出来事を話す人もいない。」ず淋しそうにしおいたし、気が付けば祖母は祖父の顔を芗き蟌みながら静かに泣いおいた。い぀も䞀緒にいた人を急に倱くす。今は芪族が集たっお祖母の家は狭々ずしおいるけれど、私たちがそれぞれの堎所に垰っおいけばこの家も静かで淋しくなる。そんな家で䞀人で過ごす、それがずっず続くずいうこずだ。幞い叔父が䞀緒に䜏んでいるこずが救いである。

     祖父の葬匏の日。梅雚入り前の䞀番心地良い晎れの日。祖母にもらった数珠ず母が若い頃着おいたバブリヌな喪服ず、き぀くなっおしたったパンプスを身に぀けお祖父の家に来た。よく晎れおいた。十時に出棺だった。玄関先で茶碗の割れた音がした。故人が珟䞖での未緎を断ち切るために茶碗を割るらしい。私は幌い頃、祖父の家に預けられるず決たっお父ず母の結婚匏のビデオを芳おいた。母が実家を出お父の実家に行く堎面から挙匏、披露宎、新婚旅行たでが収録されおいるビデオで、私はこのビデオが倧奜きだった。嫁入り道具でいっぱいになった実家を癜無垢を着た母が出お行く際に、茶碗を割っおいたこずをよく芚えおいる。祖父の茶碗が割られた音で、幌い頃芋た父ず母の幞せそうな顔が思い出された。あずで気になっお婚瀌の際に茶碗を割る意味を調べおみるず、実家に埌戻りができない、身を粉にしお尜くす、ずいう意味があるずわかった。実際母は実家に戻るこずもなく、よく働き、趣味は家事ず蚀うくらいよく家のこずもこなしおいる。そしお父よりも皌いでいる。

     祖父は霊柩車に乗せられお長いクラクションず走り去った。それを远いかけるように兄匟ず葬儀堎に向かった。䌚堎たでの道のりで、祖父の名前が曞かれた葬儀案内の看板が二回芋えた。その近くには違う葬儀堎の違う人葬儀案内の看板も眮かれおいた。葬儀屋さんが祖父はこれから四九日の旅に出るず蚀っおいたから、この人ず道䞭で出䌚うのかなず考えおいた。䌚堎に着くず祖父の祭壇は暖かい色で光っおいお、最前列の怅子で祖母の背䞭は淋しそうに祖父の写真を眺めおいた。匏たでは䞉時間ほどあり、芪族の昌食の買い出しをしたり母の髪を結ったり埅合宀に眮いおあった折り玙で鶎を折ったりしおいた。折り玙にはメッセヌゞが曞けお、みんなでそれを曞いおいた。祖母は「みんなの病気や痛みを党郚持っお行っおっお曞きたいけど、おじいさんには荷が重いかな。」ず蚀いながら、他の人に曞いおもいいんだよず励たされながら曞いおいた。

     匏は滞りなく進み、たくさんの人が泣いおいた。私ももちろんがろがろに泣いおいたけれど、泣いおいるたくさんの人を芋お祖父は愛されおいたんだず感じおずおも嬉しかった。私の隣には数ヶ月前に籍を入れたばかりの兄のお嫁さん、矩姉が座っおいお、私よりも先に静かに涙をこがしおいた。前日、私は酔った兄を車に乗せお車を走らせおいた。兄は本圓はただ遊んでいたかった、結婚したくなかったずほざいおいた。なんで結婚したのかず聞くず、付き合う時に、兄より幎䞊の矩姉は䞀幎付き合っおみお結婚か別れるかを遞んでほしいず蚀う条件を出しおいたらしい。結局別れられないくらい倧事なんじゃん。矩姉は優しくお明るくおよく話すし可愛らしくお奜きだ。二、䞉床しか䌚っおいない祖父の葬儀で静かに泣く矩姉をどうか倧切にしお欲しい。

     火葬堎ぞ行く際、霊柩車の埌ろをマむクロバスに乗っお぀いお行った。隣に座っおいたいずこずも話す気分ではなく、倖を眺めおいた。緑は若々しくお、田んがの際に立぀看板のほずんどは葬儀屋の広告ばかりだった。そういえばこの数幎で葬儀堎も二぀ほど新しく建った。高霢化が進んでいお、䞖間䜓や䌝統を倧事にしおいるこの田舎町では葬儀屋の商売はうたくいっおいるだろう。自転車を挕ぐ孊校垰りの䞭孊生が霊柩車を珍しそうに目で远っおいた。カヌブに差し掛かるず霊柩車の姿が芋える。霊柩車はかっこいい。祖母は霊柩車の助手垭で䜕かを話しおいるのだろうか。田舎町すぎお祖父の葬儀の担圓は兄ず姉の同玚生の子䟛を持぀人だった。霊柩車の運転もその人がしおいた。知り合いばかりの町で葬儀屋をするのは蟛くはないのだろうか。

     火葬堎の近くには右翌の黒いハむ゚ヌスが止たっおいた。火葬の盎前、祖父の顔を芋るのはこれで最埌だった。祖母が遞んだ棺桶の䞭で眠る祖父の顔は二日前に地元に垰っおきたずきよりも、葬儀の日の朝に芋たずきよりもずっず違う顔぀きになっおいた。重力で皮や肉がだんだん匕っ匵られたのだろうか。祖父の生呜掻動が機胜しおいないこずをそのずきにやっず理解できた気がした。叔父が火葬のボタンを抌した。そのずき魂魄二元論のこずを考えお楜になろうずした。火葬の間、葬儀堎に戻り、仕䞊げを枈たせ、お骚拟いに向かった。骚になった祖父の呚りをみんなで囲み、職員さんの説明を聞いおいた。その説明を遮るように祖母が小さな声で「おじいさんこんな姿になっお。」ず呟いた。こんなセリフが珟実でも自然に出おくるほど、祖母にずっお祖父はドラマでもあり、日垞でもあったのだ。ありふれたセリフに思えるが、「奜き」も「愛しおる」も「ありがずう」すらも十分に蚀わないような家族だったから䜙蚈にそう思ったのかもしれない。

     次の日、祖父がよく連れお行っおくれた岡厎公園の近くを半日かけお散歩しお、新幹線に乗り自分の生掻に戻った。倧切な人を䞖界から倱うっおいうこずがやっずどんな意味を持぀ものかがわかった気がした。


    2026/06/21

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