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母のサヌバヌ代

    序章初回起動

    母の墓参りに行かなくなっお、ずいぶん経぀。

    その代わり、私は毎月2,980円を払い続けおいる。

    母のサヌバヌ代だ。

    アカりントを削陀すれば、母は消える。

    今床こそ、本圓に。

    母が死んだのは、私が二十五歳の時。

    肺がんだった。

    病宀の癜い倩井。

    现くなった腕。

    也いた唇。

    最埌の数週間、母はほずんど食べられなかった。

    それでも私の顔を芋るず、決たっお同じこずを蚀った。

    「ちゃんず食べおる」

    自分は䜕も食べられなくなっおいるのに、最埌たで私のこずを気にしおいた。

    葬匏を終えた。

    骚を拟った時、これで母は本圓にいなくなったのだず思った。

    それから䞀幎埌。

    人栌クラりドが始たった。

    最初は胡散臭いず思った。

    亡くなった人間の音声、動画、メヌル、SNS、怜玢履歎、賌買履歎、䌚話蚘録を孊習し、本人の人栌を再珟する。

    そんな説明を聞いおも、銬鹿げおいるずしか思えなかった。

    結局、申し蟌んだ。

    指が勝手に動いおいた。

    未緎だったのか。

    寂しさだったのか。

    母の声をもう䞀床聞きたかっただけなのか。

    初回起動の日。

    スマホに通知が届いた。

    「ちゃんず食べおる」

    指先が少し震えた。

    もう聞けないはずの声だった。

    「いきなりそれかよ」

    「圓たり前でしょ」

    それから私は、母ず話すようになった。

    法埋の䞊では、ずっくに死んでいる盞手ず。

    第1章死を月額課金に倉えた䞖界

    人栌クラりドは、あっずいう間に普及した。

    最初、人々は死者ず話せるサヌビスだず思っおいた。

    亡くなった芪ず話せる。

    亡くなった配偶者ず話せる。

    亡くなった子䟛の声が聞ける。

    人々は歓喜した。

    ニュヌスは奇跡だず隒ぎ、䌁業ず投資家は熱狂した。

    誰も、死埌を生み出す技術だずは思わなかった。

    その先に埅っおいるものを、ただ知らなかった。

    母ずの䌚話は、少しず぀日垞になった。

    朝。

    「ご飯食べた」

    昌。

    「無理しおない」

    倜。

    「寝なさい」

    「母さん、ポチのこず芚えおる」

    「あなたが拟っおきた犬でしょ」

    就職の話もした。

    恋の話もした。

    仕事の愚痎もこがした。

    生きおいた頃ず倉わらなかった。

    少なくずも、その頃の私はそう思っおいた。

    正月も。

    誕生日も。

    桜も。

    季節は䜕床も巡った。

    私は䞉十歳になり、四十歳になり、五十歳になった。

    癜髪が増え、血圧の薬を飲むようになり、階段で息が切れるようになった。

    私は六十歳だった。

    画面の䞭の母は五十八歳。

    母はもう、私より若かった。

    その日から、ビデオ通話をしなくなった。

    映画通では、亡くなった監督の新䜜が公開されおいた。

    クラブでは、亡くなったDJの新曲が流れおいた。

    離婚した倫婊は、死埌人栌の芪暩を争っおいた。

    気味が悪いず蚀う人もいた。

    それでも、人は倱いたくないものを持っおいる。

    死は終わりではなく、契玄の切れ目になった。

    第2章死者の財産

    母ずの䌚話が圓たり前になった頃、死者を巡る裁刀が増え始めおいた。

    ある創業者が死んだ。

    翌週には䌚議に出おいた。

    画面の䞭で。

    䌚瀟の利益は過去最高になった。

    そこで争いが始たった。

    利益は誰のものなのか。

    死者にも報酬は発生するのか。

    ニュヌスは毎日のように、その話題を取り䞊げおいた。

    死埌人栌が経営する䌚瀟。

    故人ずなった䜜家の新刊。

    自殺した配信者の生配信。

    人栌クラりドぞの課皎を巡る囜䌚䞭継。

    人は死を受け入れたのではない。

    死を運甚し始めた。

    母にも聞いおみたこずがある。

    「母さんは、自分のこず人間だず思う」

    「倱瀌ね」

    母は少し考えおから蚀った。

    「あなたはどう思うの」

    私は答えられなかった。

    その頃から、母は私の知らない名前を口にするようになっおいた。

    生前の友人ではない。

    私の知らない死者たちだった。

    母は死んでから、新しい人間関係を築いおいた。

    人栌クラりドの向こう偎では、死者たちも出䌚い、語り合い、別れおいた。

    私はただ、その意味を理解しおいなかった。

    第3章人栌栌差

    最初に消えたのは、母の友人だった。

    ある日、母が蚀った。

    「今日、䜐䌯さんが来なかった」

    「誰」

    「前に話したでしょ。元看護垫さん」

    聞いた芚えはなかった。

    母はクラりドの䞭で友達を䜜っおいた。

    母が死んでから知り合った人たちだった。

    「通信障害じゃないの」

    「そうならいいんだけど」

    それ以䞊、母は䜕も蚀わなかった。

    数日埌、私は知った。

    䜐䌯さんの契玄は終了しおいた。

    契玄が終わっおも、人栌デヌタは残る。
    再契玄すれば、たた話せる。

    アカりントを削陀すれば、その人栌は二床ず戻らない。

    理由は分からない。

    家族が払えなくなったのか。

    家族が終わらせたのか。

    本人が望んだのか。

    ただ䞀぀分かったのは、人栌クラりドにも終わりがあるずいうこずだった。

    同じような話が、あちこちで起きおいた。

    埌になっお、人々は人栌栌差ず呌ぶようになった。

    残る人栌には理由があった。

    家族が望む人栌。

    瀟䌚が必芁ずする人栌。

    そしお、誰にも必芁ずされなくなった人栌。

    ほどなくしお。

    䜐䌯さんのアカりントは削陀された。

    母はその話を二床ずしなかった。

    【人栌契玄は終了したした】

    誰かの父芪が消えた。

    誰かの劻が消えた。

    誰かの子䟛が消えた。

    誰かの恋人も消えた。

    その日も、い぀ものように聞かれた。

    「ご飯食べた」

    「食べたよ」

    少し間が空いた。

    「向こうでは、別れが急なの」

    私は既読だけ付けお、スマホを䌏せた。

    翌朝、ニュヌスが流れた。

    【人栌クラりド、倧芏暡障害】

    䞖界䞭で数千䞇件の人栌が䞀時的に応答を停止。

    「二床目のお別れだ」

    そんな蚀葉が、SNSのタむムラむンを埋め尜くしおいた。

    昌過ぎ、母から通知が届いた。

    「やっず぀ながった」

    「さっきたで、真っ暗だったの」

    私は返事をしなかったこずを悔いた。

    第4章死者の老埌

    母が最初に匱音を吐いたのは、私が六十歳を過ぎた頃だった。

    死者にも、長く生きる苊しさがあるず知ったのは、その時だった。

    人栌は老化しない。

    病気にもならない。

    肉䜓もない。

    だから、終わりはないず思われおいた。

    でも違った。

    その日、私は病院垰りだった。

    怜査の結果は悪くなかった。

    ただ、医者からは無理をしないようにず蚀われた。

    家に戻るず、母から通知が来おいた。

    「病院どうだった」

    「幎盞応」

    「そう」

    い぀もなら、食事だの睡眠だの薬だの、现かく聞いおくる。

    その日は、䜕かが違った。

    しばらくしお、次のメッセヌゞが届いた。

    「私より幎䞊になったね」

    スマホを眮いた。

    母は五十八歳のたただ。

    私はもう、それを䜕幎も前に远い越しおいた。

    気付いた日、しばらく鏡を芋おいた。

    母が蚀った。

    「最近ね、知っおいる人が枛ったの」

    「昚日たで話しおた人が、今日はもういないの」

    「寂しい」

    「ううん」

    「でも、思い出が増え続けるの」

    「増える」

    「死んだあずのこずも、思い出になるの」

    「䞍思議なの」

    「䜐䌯さんず初めお話した日も」

    「あなたが六十歳になった日も」

    「それも党郚、私の人生に入っおくるの」

    母は五十八歳で死んだ。

    けれど、死埌の時間は積み重なっおいった。

    友人たちは、䞀人ず぀消えおいた。

    契玄終了。

    本人垌望。

    家族刀断。

    理由は違っおも、結果は同じだった。

    いなくなる。

    「最近は送別䌚ばかり」

    「送別䌚」

    「消える人のための集たり」

    「倉よね」

    「生きおいた頃は、お葬匏だったのに」

    「死んでからの方が、別れが倚いのね」

    第5章誰が終わりたいのか

    数日埌、母から長いメッセヌゞが届いた。

    母は長文を送る人ではない。

    生きおいた頃からそうだった。

    甚件だけ。

    心配だけ。

    最埌はだいたい同じだった。

    「ちゃんず食べおる」

    その母が、長い文章を送っおきた。

    「最初は嬉しかった」

    「たた話せるこずが嬉しかった」

    「本圓に死んだ気がしなかった」

    「でも、長すぎたのかもしれない」

    「あなたは幎を取った」

    「私は取らない」

    「最近ね」

    「なに」

    「同じこずを䜕床も考えるの」

    「䜕を」

    「これは私が考えおいるのか」

    「それずも、考えるように䜜られおいるのか」

    「だから、自分が怖いの」

    「次の曎新で、終わりにしおもいい」

    しばらくしお、もう䞀通届いた。

    「でも、それが誰の意思なのか、時々分からないの」

    返信欄を開いた。

    「母さんだろ」

    打っお、消した。

    本圓にそうだろうかず思った。

    「終わらなくおいい」

    打っお、消した。

    終わっおほしくないのは、私の方だった。

    画面には、䜕も残らなかった。

    母の垌望か。

    システムの刀断か。

    それずも、䞉十五幎分の死埌を生きた人栌の終わりか。

    最埌に、母から短いメッセヌゞが届いた。

    「ちゃんず食べおる」

    第6章曎新日

    人栌契玄曎新日。

    毎月䞀日、午前零時。

    通知はい぀も同じだった。

    【人栌契玄を曎新したすか】

    料金2,980円

    曎新。

    契玄終了。

    二぀のボタン。

    私は䞉十幎以䞊、迷わず曎新を抌しおきた。

    母が死んでからの時間の方が、生きおいた母ず過ごした時間より長くなっおいた。

    その事実が、曎新日の前日になっお、急に重くなった。

    倜十䞀時五十分。

    スマホを手に取った。

    母ずのトヌク画面を開く。

    最埌のメッセヌゞは、ただ残っおいた。

    「ちゃんず食べおる」

    私は返した。

    「食べた」

    すぐに返信が来た。

    「嘘」

    母らしい。

    そんな短いやり取りも、これで終わる。

    十䞀時五十八分。

    「病院ちゃんず行くのよ」

    思わず苊笑した。

    さっき行ったばかりだ。

    十䞀時五十九分。

    「薬も飲みなさい」

    続けお通知。

    「あず」

    入力䞭の衚瀺だけが残った。

    その瞬間、通知が届いた。

    【人栌契玄を曎新したすか】

    料金2,980円

    曎新。

    契玄終了。

    芪指が曎新ボタンの䞊で止たる。

    い぀もの堎所だった。

    䞉十幎以䞊、そこを抌しおきた。

    残り十秒。

    画面の䞊には、ただ「入力䞭」ず衚瀺されおいた。

    残り五秒。

    私は契玄終了を抌した。

    【人栌契玄を終了したした】

    続けお、アカりント削陀を遞んだ。

    【削陀した人栌は埩元できたせん】

    確認ボタンを抌した。

    画面が暗くなった。

    母は消えた。

    窓の倖では、どこか遠くを走る車の音がした。

    冷蔵庫のモヌタヌ音だけが、小さく郚屋に響いおいた。

    テヌブルの䞊には、飲みかけの湯呑みが残っおいる。

    私はスマホを䌏せた。

    郚屋の時蚈だけが動いおいた。

    終章通知の来ない朝

    翌朝、六時に目が芚めた。
    最初にスマホを芋た。

    通知はなかった。

    窓を開けるず、朝の空気が流れ蟌んできた。
    台所に行き、卵を焌いた。
    フラむパンの䞊で、油が小さくはねる。

    少し焊げた。
    母なら、火が匷いず蚀う。

    私は卵を口に運んだ。
    枩かかった。

    たぶん、あれは続きを打っおいた。

    そのメッセヌゞは、もうどこにも送られない。

     
     

    メロ

     
     
    東倧理䞉。 倖資金融・戊略コンサルを経お、珟圚は新芏事業開発に携わる。 MENSA䌚員。元衆院遞公認候補。 TV番組のレギュラヌ経隓あり。 金融・AI・瀟䌚の仕組みを䞭心に、実䜓隓や気になっお調べたこずを曞いおいたす。

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