
「春可という女」#55(終) 冬~夢の再会
今年の3月に久の姿を一目でも見たいと願い、
いつものように変装して元義実家近くを遠目から見ていた。
でも、今回は久の姿を確認できなかった。
「そうだった。
忘れていたわ。
久は、大学生になったんや。
私の知らない土地へ、行ったんや」
苦笑いしながら、元義実家近くを後にした。
あれから久のことが気になりつつ、
仕事に追われて、あっという間に時間は流れ、暑い8月到来。
今朝も朝からクラッと眩暈を起こしそうな暑さ。
ここ最近の日本の気候の変化が激しい。
あまりの暑さに仕事に行きたくない日もある。
でも、そんなことは言ってはいられない。
実家を出てから、自分の食い扶持は、自分で働いて稼がなくては。
まさかね、こんな人生を送るとは、予想もしていなかった。
春ちゃんと巡り合わなかったら、私は太郎さんや久、そして義両親と多少波風があったとしても、平凡な人生を送っていたことだろう。
あの春ちゃんの背中を押した感触は、いまでもこの手に残っているけど、後悔はない。
ある意味、春ちゃんのおかげで家という枠組みから解放されたのかもしれない。
私の御都合主義やな。
このことは、墓場まで持っていく。
いつものように駅の改札口に入ろうとすると、誰かに見られているような感覚に襲われた。
「誰やろう」
気持ち悪い視線ではない。
ふと振り向いた先には、夢にまで見た我が子「久」が立っていた。
1年に1度は、元義実家に姿を見に行った我が子、間違いはない。
私の身体が硬直して動けなくなった。
久が私に近づいてきた。
私の前に立って、
「お母さん」
私は、何も言えなかった。
この日を待ち続けたのに、久に対して何も言えなかった。
俯いたまま、涙が次々と流れた。
そんな私の肩を久が優しく抱きしめてくれた。
「お母さん、ずっと会いたかった」
(終)