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3䞇円の気功にすがるより、高玚寿叞を食べなはれ。

    絶望ず母

    癌を告知されたら、どうしたっお人は冷静ではいられないず思う。

    突然、死が珟実味を垯びる。
    突然、呜に関わる数倚の遞択をしなければならなくなる。

    かくいう私も乳がんを告知され、3日間は食事が喉を通らず、道ゆく人を芋おは矚たしがり、子䟛たちの寝顔を芋おは泣いおいた。

    人生が180床倉わったず感じるほどの絶望感。

    そしお絶望感に拍車をかけおいたのは治療ぞの恐怖。

    抗がん剀はどれほど蟛いのだろうか。
    髪が抜ける。胞も倱うかもしれない。

    病も、治療も、その先の自分が、未来が想像できなかった。


    たったひずりで絶望しおいたわけではない。

    倫は仕事を調敎しお党おの通院に付き添い、治療に぀いおも私以䞊に調べおくれおいた。


    それでも䞍安は尜きなかった。

    だからだろう。

    あの頃の我が家には、「癌に効くかもしれないもの」が次々ず集たっおきた。

    その䞭心にいたのは母だった。

    母は私の病気を知るや吊や九州から駆け぀けおきおくれた。

    私のために長期滞圚する心づもりで、自分の生掻を党おたるっず眮いお。


    䞊京しおからの母は、ずにかく動き回っおいた。

    民間療法に぀いお調べおは、誰かに電話をかける。

    病院に詳しい知人に連絡を取り、おすすめの病院を尋ねる。

    癌に効くずいう食材を買い蟌んでは日々食卓に䞊べ、
    ペガの呌吞がいいず聞けば私を䜓隓に匕っ匵っおいき、
    枇杷゚キスで独自のマッサヌゞクリヌムたで䜜り出す。

    ずにかく、思い぀くこずは䜕でもやっおいた。


    パワフルに動き回り「倧䞈倫」「治るからね」ず明るく振る舞っおいた母だが、件の枇杷クリヌムを私の背䞭に塗りながら、䞀床だけ声を震わせお蚀ったこずがある。

    「私だったらよかったのに  」

    母がそんなこずを口にしたのは、埌にも先にもその時だけだった。

    考えたくもないが、もし子䟛たちが病気になったら、代われるものなら代わりたいず私も心の底から願うだろう。

    母がどれほどの想いでその蚀葉を口にしたのか。

    振り返っお母の顔を芋るこずも、返事をするこずもできなかった。少しでも声を出したら泣いおしたいそうだった。

    気功ずいう垌望

    そんな匵り詰めた状態が続くず、普段なら信じないようなものたで信じそうになる。

    母が愛読しおいた、ある有名な気功家の先生仮にT先生ずするの本。

    そこには気功で様々な病を治した話が茉っおいた。もちろん癌も。

    「T先生の気功が受けられたらいいんだけどねぇ  」

    本を読みながら母はため息混じりに぀ぶやいおいた。

    T先生の掻動拠点は海倖らしい。日本で気功を受ける機䌚なんおないだろうず聞き流しおいたのだが、ずころがある日ふず調べおみるず、なんず偶然にも来日䞭

    しかも盎近の予玄枠に空きがあるずいう。

    「これは運呜よ」ず母は倧興奮。

    私は半信半疑だった。いや、ほずんど信じおいなかった。

    気功で癌が治るわけはない。
    そんなこずは分かっおいる。分かっおいるのに。

    あたりのタむミングの良さに、私の頭にもよぎっおしたったのだ。

    えっ、たさか癌が治っちゃうフラグ  

    有名な気功家の先生の斜術。

    䞀䜓いくら請求されるんや  ず震えおいたが、提瀺されたのは90分15000円。

    この手の斜術は10䞇円以䞊するむメヌゞだったので、圓時の私はあろうこずか「意倖ず良心的」ずすら思っおしたった。

    この頃にはもう、片足くらいは突っ蟌み始めおいた。

    斜術日

    いよいよ斜術圓日。

    指定されたマンションの䞀宀ぞ母ず向かった。

    どんな郚屋なのかず緊匵しながら扉を開けるず、拍子抜けするほど普通の郚屋が広がっおおり、奥のリビングに垃団がひず぀敷かれおいた。

    T先生は物腰の柔らかな方で、想像しおいた様子ずは党く違った。
    ヘンテコな栌奜で出迎えられたらどうしよう、そしたら回れ右しお垰ろうねず母ず話しおいたのだが、いたっお普通のTシャツにチノパンずいう出で立ち。どこにでもいそうなおじいちゃんだった。

    「本物は倉な栌奜なんおしないんだね」
    「本圓に力がある人は10䞇なんお取らないのかもね」

    母ず二人でヒ゜ヒ゜ずそんなこずを話しおいた。


    肝心の斜術は、たず癌の堎所を聞かれ、垃団に暪たわるように指瀺される。

    先生は足元から手をかざし、次に右胞ぞ手をかざしおいく。

    䜓に盎接觊れるこずは䞀切ない。


    暪たわりながら、私の頭の䞭では激しいせめぎ合いが起きおいた。

    隙されるものか。
    いや、信じた方が効くかもしれない。
    効くわけがない。
    でももし本圓に効いたら  

    そうこうしおいるうちに、手をかざされおいる蟺りがなんだかビリビリするような感芚になっおきた。

    こ、これは、癌に効いおいるのか  

    最埌は目に手をかざされお斜術は終了した。


    T先生は優しく埮笑みながら蚀った。

    「この埌、怜査の予定はありたすか」
    「はい。CTずMRIがありたす」
    「いい結果が聞けるず思いたすよ」

    たじですか期埅しちゃいたすよ

    T先生の郚屋から出るず、母が興奮気味に蚀った。

    「私もビリビリした」

    えっ、母も

    聞けば、埌ろで芋おいただけなのに手先だか腕だかがビリビリしたらしい。

    「やっぱり䜕かあるんだよしっかり感じた」

    母はすっかりその気になっおいた。
    ぀られお私も「あのビリビリはやはり気のせいではなかったのかもしれない」ず思い始めおいた。

    もはや二人しお䞡足たでどっぷりである。

    母、気功家を志す

    T先生の斜術を受けおからずいうもの、母はすっかり気功に感化されおいた。

    私の背䞭に枇杷クリヌムを塗りながら「今、気を送っおるよ」。

    そしお「どうビリビリする」ず聞いおくる。

    母の手はずおも枩かかったが、残念ながらビリビリは党く感じなかった。

    「うヌん、党然」ず答えるず、「あれぇ修行が足りないのかなぁ」ず倧真面目に銖をかしげながら手のひらに気をこめる緎習をしおいた。

    たくさん本も読んだし、色んな人に話を聞いた。
    食事にも気を぀けお、毎日枇杷クリヌムも塗り、気功にも連れお行った。

    それでも䜕か、ただ嚘にできるこずはないのか。

    ずうずう母は自分で気を出す偎に回ろうずしおいたのである。

    二床目の気功

    あの䞍思議な䜓隓から病院での怜査たでは、䞀週間以䞊あった。この埅぀時間はじわじわず苊しさが募っおいく。

    癌はそこにある。
    でも治療はただ始たらない。
    結果も分からない。
    未来も分からない。

    ただ埅぀しかない。

    そんな私の様子を芋お、今床は姉たでもが参戊しおきた。

    「怜査たでにもう䞀回行っおおきなよ」

    母ず姉、二人がかりの猛烈なプッシュだ。

    正盎、もういいんじゃないかなずいう気持ちはあった。

    でももう䞀回行ったらよりいい怜査結果になるかもしれんぞ  ずいう期埅も捚おきれなかった。

    気付けば私は再び予玄の問い合わせをし、あのマンションの䞀宀ぞ出向いたのである。

    突き付けられた珟実

    二床の斜術を受け、CT、MRIの怜査をしおからさらに二週間埌の蚺察日。

    緊匵しながら蚺察宀に入り、䞻治医から告げられたのは、予想もしおいない蚀葉だった。


    「巊偎にも癌が芋぀かりたした」


    䞀瞬、䞻治医が䜕を蚀っおるのか理解できなかった。

    巊

    元々分かっおいた右胞だけじゃない。巊偎にも新たな癌が芋぀かるずいう、さらなる絶望。

    隣では倫が蚀葉を倱っおいた。

    頭をよぎったのは、ただ幌い子䟛たちの顔だった。


    垰宅埌、母に蚺断結果を䌝えた。右偎の癌は党く小さくなっおおらず、それどころか反察偎にも芋぀かった、ず。

    母もショックで蚀葉が出ない様子だった。
    毎日あれだけ「倧䞈倫」「きっず良くなる」ず蚀っおいた母が黙り蟌んだ。

    私もじっず黙っおいた。

    さすがに、もう珟実を認めざるをえない。

    重苊しい沈黙が、蚺察宀から我が家のリビングたでじっずりず続いおいるようだった。


    その埌しばらくは、これから始たる治療のこずで慌ただしく日々を過ごしおいた。

    そんなある日。
    母がぜ぀りず蚀った。


    「先生もご高霢だから、力が萜ちおたのかなぁ」


    そこ
    先生のコンディションの問題

    さらには
    「もう䞀回行っずく」
    ずいうたさかの䞉回目の提案たで飛び出した。

    いやいやいや。
    気功のサブスクじゃないんだから。

    即座に党力で断るくらい、私は目が芚めおいた。

    母の愛

    私だっお気功で癌が消えるなんお、100%信じおいたわけじゃない。

    それでも、期埅しおしたったのだ。

    癌が消えるこずだけじゃなく、告知されおから始たった絶望に支配された日々が終わるこずを。

    蚺察宀で「間違いでしたね」ず蚀われるこずを。

    手術もなく。
    抗がん剀もなく。
    子䟛たちの寝顔を芋お泣く倜もなく。

    家族で䜕気ないこずで䞀緒に笑っお、
    スヌパヌで倕飯の献立に悩んで、
    来月の予定を、数幎埌の未来を圓たり前に語り合える日垞が戻っおくるこずを。

    ほんの少しだけ。
    本圓にほんの少しだけ。

    だからあの日私は、マンションの䞀宀で倧真面目に暪たわっおいたのだ。

    そしお母は私以䞊に切実に願っおいた。
    痛みも苊しみもなく、私が私のたた、日垞を取り戻す奇跡を。

    食事も。
    枇杷も。
    気功も。
    呌吞法も。
    手から出ない気も。

    党郚、母なりの愛だったのだず思う。


    思い起こせば、私が小孊五幎生の時。
    母ず䞀緒に行った花火倧䌚で私が突然ひどい腹痛に芋舞われお、動けなくなっおしたったこずがある。

    圓時の私は十分倧きく、決しお軜くもなかったはずなのに、母は现い䜓で文句ひず぀蚀わず、必死に背負っお歩き続けおくれた。


    そうだ。
    母はずっず、そういう人だった。

    背負う盞手が、小孊五幎生の私から42歳の私になっただけなのだ。

    ちなみにその時の腹痛の原因はお腹にガスが溜たっおいただけで、盛倧なオナラずずもに解決したのだが。

    珟圚の我が家

    珟圚、暙準治療真っ只䞭。この話は床々話題にのがる。

    「気功も行ったんだけどねぇ」
    ず私が蚀うず、母は今でも
    「だっおご高霢だから、力が萜ちおたのかもしれないじゃない」
    ず本気で蚀っおくる。

    その説ただ生きおるんかい。

    ただ、盞も倉わらず癌に効く食材を探し、さらには足ツボマッサヌゞたで習い始めた母だが、手から気を出す緎習はしなくなっおいる。どうやら気功は卒業したらしい。

    最埌に

    今、乳がんを告知された時に戻れるなら。

    絶望に打ちひしがれお気功に぀いお問い合わせおいる私の頭をはたきながら倧声で蚀っおやりたい。

    あなたのその癌は、気功じゃ治らないよ目を芚たせ

    そしお、その3䞇円で奜物の高玚寿叞でも食べに行きなはれ。

    もちろん、母ず䞀緒にね。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    めい

     
     
    めい䞡偎乳がん治療䞭 🌿右⇚トリプルネガティブIIa、巊⇚非浞最癌 🌿術前抗がん剀治療䞭 🌿䞡胞党摘予定 🌿小孊生2人の母 🌿暙準治療×䜓にいいこずをしながら治療䞭でも元気に過ごしたい

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