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Photo bylikeabird

私が芋た南囜の星 第6集「最埌の灯火」㉔

    患者の気持ち


     病院通いもなれた頃には、私の気持ちも萜ち着き始めおいた。その頃の私は、完治を目指しお、力匷く生きるこずだけを考えおいた。ただ、日本を離れ十幎以䞊経぀ず、本圓に浊島倪郎のようだった。発展途䞊の島生掻を長幎続けおいるうちに、日本の医療進歩に぀いおいけない情けなさを感じた。ある蚺察日の時だった。゚スカレヌタヌで婊人科のある階に着き、廊䞋を暫く歩いお自分が受蚺をする窓口に蟿り着いた。蚺察刞ず受蚺衚を出しお埅合宀を芋るず、なんず、今日は人が倚くお座る堎所もなかった。「えぇヌ、こんなにも倚くの人が蚺察を」幎霢は様々だったが、特に倚かったのは若い人たちだった。皆さん子宮癌の怜蚺なのだろうか、それぞれに䞍安を抱いた様子で蚺察宀を出入りしおいた。先週に比べお気持ちも少し萜ち着いおいたせいか、埅っおいる間に人間りオッチングをしながら自分の番号が衚瀺されるのを埅っおいた。初蚺の時は、血液怜査で泚射針を芋るこずもできないくらい緊匵しおいたが、今日は、その時の結果が出おいるので䞍安はあったが、逆に緊匵感は党くなかった。自分の名前を呌ばれ、蚺察宀のドアを開けた途端
    「お䞖話になりたす」
    思わず業務甚語が出おしたい、自分でも恥ずかしくなった。怅子に座った瞬間から、先生の口調が早くお戞惑うばかり、私の心の準備は未だできおいない状況だったが、説明は分皋で終わっおしたった。
    「先週の病理怜査が出たしたよ、やはり子宮頞癌の扁平䞊皮癌期です。月末か月初旬に手術を予定しおいたしたが、月日に予定されおいる方が手術をされなければ、あなたの手術をしたす。執刀は私で良いですか」ず尋ねられた。
    先生の口調の波に乗り遅れそうになったが、
    「もちろん先生にお願いしたす」
    ず答えた。その時は、心臓がドキドキしおいお息をする䜙裕もないほどだった。私の手術時間は、玄、時間ず想定されおいた。手術は広汎子宮党摘出術なので、子宮・卵巣・卵管・膣の䞉分の䞀ずリンパ郭枅の倧手術だずいう。この手術には自己血を䜿甚するず説明があった。
    「自己血」
    ちょっず耳慣れない蚀葉に、たたもや心臓が砎裂するほどの気分だった。回の採血は、手術には、を茞血甚に貯血するず説明された途端、貧血で倒れそうな思いがした。生たれおから䞀床もそんなに倚くの血液を採取した経隓がなかったので、今埌の怜査も怖くなっおきた。こんな倚量の血液を、身䜓から抜き取っおしたったら倒れおしたうのではないかず心配になった。担圓医は圓たり前の劂く説明をされおいるが、圓人である私にずっおは、生きるか死ぬかの遞択をされおいるようでならなかった。安易に考えでいた私の心は䞀倉しお、恐怖の日々に耐えられるのかず、再び䞍安の波が抌し寄せおきた。しかし、早く治しお元気に海南島ぞ戻れる日が来るのであれば、苊しみに耐えるしかないず自分に蚀い聞かせた。担圓医の説明が終わり、怅子から立ち䞊がった瞬間
    「はい、今日はお疲れ様でした」
    先生の元気な声にも埮笑むこずさえできなかった。この日は、ずおも長い䞀日のような気がした。タクシヌに乗り、車窓から眺める名叀屋の町䞊みも、今は芋る䜙裕さえないほど萜ち蟌んでいた。これから私の身䜓はどうなるのかず思ったら、宿泊先のホテルに到着したのに気が぀かないほどだった。担圓医の説明で、䞀番ショックだったのは「術埌に排尿障害ず䞋肢の浮腫だった。リンパ郭枅をするため、リンパ浮腫症状が出るのは避けられないず蚀われた。その症状の床合いは人それぞれに違うが、重症の方になるず数幎間も浮腫に悩たされながら生掻しなければならないそうだ。毎日むンタヌネットでこの病気に぀いお調べおいるず、頭の䞭がパニックになりそうだった。ただ決たっおいない手術日を埅぀のは、本圓に蟛いものがあった。癌が進行する危険もあるず思うだけで、倜も眠られぬ日々が続いおいた。通院は䞀週間に䞀床のため、毎日が苊痛でならなかった。私の堎合は初蚺から玄ヶ月以䞊は手術を埅っおいなければならなかった。そんな事を考えるだけで気が遠くなる思いだった。いくら進行が遅い癌だずしおも、「埅っおいる間に進行が速くなっおしたったらどうしようか」ず、そんなこずばかり考えおばかりいた。

    憩いの堎


    ホテルの䞀宀で、䞀人でいるのが蟛く、駅の構内にあるママの喫茶店ぞ毎日のように出かけおいた。ママも数幎前に二床の倧手術を経隓されおいたらしく、話を聞く床に勇気が沞いおくるようになった。
    「このような高霢者の方でも倧手術をされお、こんなにもお元気なのだから頑匵ろう」
    自分に蚀い聞かせおいたら気持ちも少しは楜になっおきた。ママは、手術が怖い私を察しおか
    「党身麻酔だから眠っおいる間に手術は終わるから倧䞈倫」
    ママから蚀われお勇気をもらっおいたが、それでもやはり生たれお初めおの倧手術は怖い。倜寝る前は、毎日のように手術の堎面を空想しながら、寝返りばかりしお眠られない日々を過ごしおいた。実際、私の身䜓から女性の性噚が党お無くなるのは、女ずしお生たれた人生も終了するのだず考え蟌んでいた。そしお、䜙生をどのように過ごしお行こうかず深く考えさせられた。でも、私ず同じような癌を克服された方も倚いず知り、その方々も女性ずしお立掟に生きおいらっしゃるのも知り、私だっお䞎えられた呜のある限り、立掟に、女性ずしお生きお行こうず思うしかなかった。そんな事を考えるようになっおから、食欲も旺盛になり、元気が出おきたような気がした。
    「免疫を高めるには笑う事」ず知り、なにか面癜い事はないかず散策しおは、至る所に銖を突っ蟌んでいる毎日だった。入院をしお手術をしたら暫くは泚射䞉昧で動けない。今のうちに矎味しい物をたくさん食べお、楜しい事を考えなければ損だず思うようになった。  しかし、この時期にむンフル゚ンザが流行しおいたので、䜕凊ぞ出かけおもマスク姿の人ばかりだった。だから、手術前にむンフル゚ンザで䜓力が萜ちるような事になれば、手術延期ずなり癌现胞も増えおしたう危険もあったので、マスク姿で歩く人たちを暪目で芋ながら「じゃぁ、私も皆さんのお仲間入り」ず、薬局でマスクを買っお装着した。しかし、マスクずはこの十数幎間ほどは無瞁だったので、息苊しくお分くらいしか我慢できなかった。ずにかくむンフル゚ンザに気を぀けお過ごすしかないず思い、人混みを避ける事に気を配っお過ごしおいた。
    ホテル生掻もだんだん飜きおきた頃、郚屋ではパ゜コンのむンタヌネットで、必ず調べおしたうのが、やはり癌ずいう病気のこず。「どうしお私はこんな病気になっおしたったの」ず、そんな事を考えるのも本圓に疲れおきた。倜になるず狭い郚屋で、䞀人がっちで過ごす事にも䞍安がないず蚀えば嘘になる。でも、「私は自分の遞んだ人生を、悔やんでいる䜙裕なんおないのだから」ず、もう䞀人の自分に慰められながら、朝たで眠れない日々を過ごした。やっぱり手術は怖い。今たで、こんな倧手術をした経隓がないから䜙蚈に怖い。
    「麻酔から県がさめなければどうなるのか」、
    「途䞭で心臓が止たったら死んでしたう」
    毎日のように手術の日を想定しおしたう自分が情けなくなった。でも、ここたで蟿り着いたのだから、冷静になっお頑匵るしかないんだず、自分に蚀い聞かせるしかなかった。


     
     
    2019幎9月から2023幎7月たで䞭囜の海南島で日本語教垫をしおいたした。日本に垰っお、完党に無職、悠々自適な毎日に突入したした。曜日の感芚も薄れおいく、のんびりずした毎日です。しばらくは、海南島での思い出を綎っおいきたいず思いたす。

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