お帰り、わたし⑧帰る場所は、ずっと私の中にあったー人生は、台所で育っていった
帰る場所は、ずっと私の中にあった
第1章 私はケーキを焼きながら、母になっていった
娘が生まれて、初めて迎えるクリスマス。
小さな娘は、まだサンタクロースも、ケーキも分からない。
それでも私は、その年だけの特別なクリスマスにしたかった。
母になって初めて迎えるクリスマス。
私にとっても、一生に一度しかない日だった。
ケーキは買うのではなく、自分で焼こうと決めた。
料理は毎日していたけれど、お菓子作りはまだ慣れていなかった。
レシピの本を開き、何度も材料を確かめながら、卵を泡立てる。
「ふんわりするまで。」
その言葉どおり、一生懸命泡立てた。
たくさん泡立てれば、その分ふわふわになる。
そう信じていた。
オーブンに入れると、生地はきれいに膨らみ始めた。
ガラス越しに見えるスポンジは、こんもりと丸く盛り上がっている。
「できた。」
思わず笑みがこぼれた。
ところが、焼き上がったケーキをオーブンから取り出した。
すると、次第に
真ん中が、ゆっくりと沈み始めた。
「あ……。」
思わず声が漏れた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
目の前で、あんなにふくらんでいたケーキの中央が、みるみるへこんでいく。
どうして…
何がいけなかったのだろう。
私は焼きたてのケーキを前に、しばらく立ち尽くしていた。
悔しかった。
娘の初めてのクリスマスだったのに、
ふっくらとしたケーキじゃないなんて…。
でも、その失敗が、お菓子作りの先生になってくれた。
本を読み返し、何度も作るうちに、泡立てすぎてはいけないことを知った。
空気は、たくさん入れればいいわけではない。
何事にも、「ちょうどいい加減」がある。
次に焼いたスポンジは、オーブンから出しても沈まなかった。
ふっくらと均等に焼き上がったスポンジを見たときの嬉しさは、今でも忘れられない。
昨日の私より、ほんの少しだけ、うまくできることが増えた。
そのことが、何より嬉しかった。
振り返ると、あの頃の私は、ケーキを焼くたびに失敗を繰り返しながら、少しずつ母になっていったのだと思う。
子育ても、きっと同じだった。
思いどおりにならない日も、失敗したと思う日もあった。
それでも、一日一日を積み重ねるうちに、気づけば子どもも、私も育っていった。
あの日、初めて焼いた少しへこんだスポンジケーキは、母としての私の、小さなはじまりだった。
第2章 台所は、私の居場所だった
忙しい毎日の中で、不思議と台所だけは嫌いにならなかった。
朝は時計とにらめっこをしながら朝食とお弁当を作り、仕事へ向かう。
夕方になっても、子どもたちを私が「お帰り」と迎えることはできなかった。
夫は仕事が忙しく、その日のうちに帰宅できれば、「今日は早かったね」と話すほどだった。
私も一時期は仕事が立て込み、家に帰るのは深夜近くという日が続いていた。
その頃、小学生だった子どもたちを支えてくれたのは、父と母だった。
毎日家へ来て、夕飯を作り、子どもたちと一緒に食卓を囲み、宿題を見て、お風呂に入り、「おやすみ」と布団をかけてくれる。
子どもたちが眠った後、私が帰宅し、入れ替わるように両親は自分たちの家へ帰っていった。
静まり返った家に入ると、台所には、さっきまで家族が過ごしていた気配が残っていた。
鍋の中には、翌朝も食べられるように残してくれた味噌汁。
布巾のかかった炊飯器。
その一つひとつが、「大丈夫だからね」と語りかけてくれているようだった。
私は静かな台所で、遅い夕飯を温め、一日の終わりを迎えた。
忙しい毎日だった。
もっと手を抜けばよかったのかもしれない。
便利なものを使えば、もっと楽だったのかもしれない。
それでも休日になると、私は自然と台所に立っていた。
ハンバーグの日は、肉をミンチにするところから。
コロッケの日は、じゃがいもをゆでて潰すところから。
餃子も手作りだった。
家族に食べてもらうものは、自分の手で作りたかった。
それが、あの頃の私にできる
精いっぱいの愛情表現だった。
包丁を握る。
野菜を刻む。
鍋から湯気が立ち上る。
その時間だけは、不思議と心が落ち着いた。
どんなに慌ただしい毎日でも、台所だけは私を急かさなかった。
「今日もよく頑張ったね。」
そんな言葉を誰かにかけてもらった記憶は少ない。
けれど、火にかけた鍋や、まな板の上に並ぶ野菜たちは、何も言わずに私を迎えてくれていた。
あの頃の私は、家族を支えるために台所へ立っているのだと思っていた。
でも今振り返ると、それだけではなかった。
台所は、家族を支える場所であると同時に、私自身を支えてくれる場所でもあった。
人生には、立ち止まりたくなる日がある。
思うようにいかない日もある。
それでも私は、何度も台所へ戻ってきた。
エプロンを結び、包丁を持ち、鍋に火をつける。
その小さな繰り返しが、暮らしをつなぎ、家族をつなぎ、そして私の心も整えてくれていたのだと思う。
第3章 静かになった台所
気がつけば、台所は静かになっていた。
毎朝のように聞こえていた
「お腹すいたー」の声も、
お弁当箱を探す音も、
「今日の晩ごはん、なあに?」
という問いかけも、いつの間にか
聞こえなくなっていった。
子どもたちは、それぞれの道を歩き始めた。
大学へ進学し、家を離れ、自分の暮らしをつくっていった。
とても嬉しかった。
ずっと願ってきたことだった。
自分の力で未来へ歩いていく姿は、親として何よりの喜びだった。
それなのに…
食卓に並べるお皿の数が減るたびに、胸のどこかにぽっかりと穴があいたような気がした。
大きな鍋で作っていたカレーも、
山盛りだったハンバーグも
もう、そんなにたくさんはいらない。
買い物かごの中も、少しずつ小さくなっていった。
私は長い間、「家族のため」に台所へ立ってきた。
けれど、「自分のため」に台所へ立つことは、ほとんどなかった。
家族が喜ぶ献立は思いつくのに、
「私は何が食べたい?」
そう自分に問いかけることは、
ほとんどなかった。
母になってから長い間、家族を優先することが、いつも当たり前になっていた。
自分のことは置き去りになっていた。
だから、子どもたちが巣立ち、一つの役目を終えたように感じたとき、自分のことがよく分からなくなった。
私は何が好きだったのだろう。
何をしていると心が満たされるのだろう。
そんなことを考える時間さえ、持たずに生きてきたのかもしれない。
静かな台所で、お湯を沸かす。
空っぽになったと感じていた
そんなある日。
家にあったハーブを何種類かブレンドして、お茶を淹れてみた。
湯気とともに立ちのぼる、やさしい香り。
ひと口飲んだ瞬間、胸の奥で何かが癒された気がした。
「あっ、私、ハーブが好きだった。」
その瞬間、思い出した。
からっぽになっていた私の心の奥に
一筋の光が差したようだった。
好きなものがなくなってしまったのではなかった。
忙しい毎日の中で、心の奥の方に
置き去りにしてしまっていただけだったのだ。
その小さな気づきが、忘れていた
「私の好き」を迎えに行く旅の始まりだった。
あの日のハーブティーは、置き去りにしていた私の「好き」と、もう一度出会い直すきっかけになった。
第4章 お帰り、わたし
静かになった台所で、しばらくして
新しい楽しみが生まれた。
きっかけは、塩麹。
ちょうど世の中で塩麹が話題になっていた頃、私も一度使ってみようと思い、市販の塩麹を買ってきた。
半信半疑で肉や野菜に使ってみると、そのおいしさに驚いた。
いつもの料理なのに、素材のうま味がぐっと引き出され、
奥深いまろやかさのある味になる。
「こんなに違うんだ。」
思わずそうつぶやいた。
それから塩麹は、わが家の台所に欠かせない調味料になった。
作り方を知ると、「こんなに簡単にできるのなら、自分で作ってみよう」と思い、作ってみた。
麹と塩と水を混ぜ、毎日一度かき混ぜながら育てていく。
少しずつ香りが変わり、角が取れ、まろやかになっていく。
その変化を眺める時間が、私は好きだった。
それ以来、塩麹は買うものではなく、自分で仕込むものになった。
毎日のように使い続けるうちに、ふと、こんな思いが湧いてきた。
「発酵って、いったい何だろう。」
なぜ、こんなにもおいしくなるのだろう。
目には見えない小さな働きに、私はすっかり魅了されていた。
もっと知りたい。
もっと深く学んでみたい。
そう思って調べているうちに、オンラインで発酵を学べる場があることを知った。
画面の向こうで学ぶなんて、少し前の私なら考えもしなかった。
それでも、不思議なくらい迷いはなかった。
ただ、「ここで学んでみたい」。
そんな小さな直感が、静かに私の背中を押してくれた。
子育てがひと段落した今だからこそ、自分の「知りたい」という気持ちを大切にしてみよう。
そう思えたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
あの日、そっと開いた小さな扉は、忘れていた「私の好き」へ続く
入口だったのかもしれない。
第5章 学びの扉が開く
発酵を学び始めると、それまで独学で積み重ねてきたことが、
ひとつひとつ意味を持ち始めた。
本を読み、作ってみて、また本を読む。
そんなふうに続けてきた時間は、
決して無駄ではなかった。
「だから、こうなるのか。」
「なるほど、そういうことだったのか。」
知識と経験が結びつくたびに、小さな感動が生まれた。
学ぶことが、こんなにも面白いものだったなんて。
私は、改めて知る喜びに夢中になった。
発酵をきっかけに、興味は薬膳へ、スパイスへ、ハーブへと広がっていった。
振り返れば、「好き」の芽はずっと前から私の中にあった。
子育てをしていた頃から、庭にはいつもハーブが育っていた。
料理に摘みたてのハーブを添えたり、何種類もの花を部屋に飾ったり。
ローズマリーやローレルでリースを作り、料理をするときに少しずつ摘み取って使ったり。
そんな暮らしに憧れていた。
自分で読んだ絵本や、子どもたちに読み聞かせていた絵本。
それらに出てくる世界だった。
薬膳にも興味があり、本を読みながら少しずつ学んでいた。
体は季節とともに変わり、食べるものも季節に寄り添って変える。
そんな考え方に興味があり惹かれていた。
でも仕事や子育てに追われていたあの頃は、その世界を深く学ぶ時間までは持てなかった。
今なら学べる。
その喜びが、次の学びへ、また次の学びへと私を導いてくれた。
発酵。
薬膳。
スパイス。
ハーブ。
保存食。
中国茶。
どれも別々の「好き」だと思っていた。
でも、本当は違った。
どれも、季節とともに暮らし、自然の恵みをいただきながら、誰かの健康を願って台所に立つことにつながっていた。
私は料理を学んでいたのではなかった。
暮らしを学んでいたのだ。
そして、その暮らしを通して、自分自身を学び直していたのだと思う。
子育てを終えて始まった学びは、新しい自分になるためではなかった。
忘れていた「私の好き」を、一つずつ迎えに行く旅だった。
あの日、静かになった台所でぽっかりあいたように感じていた寂しさは、いつの間にか、新しい喜びへと姿を変えていた。
第6章 母の台所は、私の中に生きていた
梅の季節になると、台所は忙しくなる。
青梅の爽やかな香り。
赤紫蘇の鮮やかな色。
完熟梅の甘く芳醇な香り。
瓶を並べ、手を動かしていると、
「今年もこの季節がやってきた」と、静かに心が弾む。
梅干しを漬ける。
梅シロップを仕込む。
紫蘇ジュースを煮出す。
麹を仕込み、保存食を作る。
そんな時間が、私は好きだ。
ある日、梅を一粒ずつ拭きながら、ふと手が止まった。
この手の動き。
どこかで見たことがある。
そう思った瞬間、母の姿が浮かんだ。
子どもの頃、季節が巡るたびに、母はいつも台所に立っていた。
大きな鍋から立ち上る湯気。
まな板の上に並ぶ旬の野菜。
包丁が刻む、トントントンという心地よい音。
窓から差し込む午後の光。
味見をしながら、
「もう少しかな。」
と、ひとりごとのようにつぶやく母。
私はその横で、できあがるのを待っていた。
一番の楽しみは、お玉ですくってもらうできたての汁物だった。
「はい、味見してみる?」
そう言って差し出されたお椀を、両手で受け取る。
ふうふうと息を吹きかけて、一口飲む。
「あー、おいしい。」
思わず笑顔になる私を見て、母も笑う。
たったそれだけの時間。
でも、その一口には、安心も、ぬくもりも、母の愛情も、全部溶け込んでいたような気がする。
母は料理の作り方だけを教えてくれたわけではなかった。
旬を大切にすること。
食べる人を思いながら手を動かすこと。
毎日のごはんが、家族の心と体を支えていること。
そんな大切なことを、言葉ではなく、毎日の背中で教えてくれていた。
あの頃は、それが当たり前すぎて気づかなかった。
けれど今、私も母となり、長い年月を台所で過ごし、子どもたちが巣立った後になって、ようやく分かった。
発酵を学び、薬膳を学び、スパイスやハーブに出会い、「新しい世界」を知ったと思っていた。
でも、本当は違った。
私は新しいものを探していたのではない。
母が教えてくれていた暮らしの意味を、一つずつ確かめながら歩いてきたのだ。
外へ向かって旅をしているつもりだった。
けれど本当は、母の台所へ帰る旅だった。
そして、ようやく気づいた。
母の台所は、もうどこか遠くにあるのではない。
季節の手仕事を楽しみ、家族の健康を願い、静かに台所に立つ今の私の中で、生き続けている。
帰る場所は、ずっと私の中にあった。
終章 帰る場所は、ずっと私の中にあった
長い間、私は思っていた。
家族を育ててきたのは、私だと。
毎日ごはんを作り、お弁当を詰め、季節が巡れば手仕事を重ね、家族の健康を願って台所に立ち続けてきた。
子どもたちは成長し、
それぞれの人生を歩き始め、
それぞれの家庭を作っている。
今では、娘も息子も料理を作り、休みの日には家族のためにケーキを焼いている。
孫たちは、「おいしいね」と笑いながら食卓を囲んでいる。
その姿を見るたびに、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
台所で過ごした時間は、決して消えてはいなかった。
ちゃんと、次の世代へ受け継がれていたのだ。
若い頃の私は、料理は家族のためにするものだと思っていた。
でも、今は少し違う。
台所に立つことは、自分の心を整えることでもある。
野菜を刻む音。
鍋から立ち上る湯気。
発酵がゆっくり育っていく時間。
梅の香り。
ハーブの香り。
季節の移ろいを感じながら手を動かしていると、不思議と心が落ち着いていく。
人生には、思いどおりにならないこともあった。
忙しさに追われた日も、自分を見失いそうになった日もあった。
それでも私は、そのたびに台所へ戻ってきた。
エプロンを結び、包丁を握り、火をつける。
すると不思議と、「また今日を始めよう」と思えた。
台所は、特別な場所ではない。
どこの家にもある、小さな場所だ。
けれど私にとっては、喜びも、悲しみも、涙も、迷いも、希望も、すべてを受け止めてくれた場所だった。
家族を育ててきたと思っていた年月を振り返ると、その年月の中でいちばん育てられていたのは、私自身だったのかもしれない。
発酵を学び、薬膳を学び、スパイスやハーブに出会い、たくさんのことを学んできた。
もっと知りたい。
もっと深く学びたい。
そう思って歩き続けた先で、ようやく気づいた。
私が探していたものは、新しい知識でも、新しい生き方でもなかった。
母が教えてくれた暮らし。
季節を感じながら台所に立つこと。
誰かの健康を願って料理をすること。
食卓を囲み、「おいしいね」と笑い合うこと。
そのすべてが、もう私の中にあった。
帰る場所は、離れた実家ではなかった。
母が残してくれた暮らしの中にあり、
そして今は、私自身の暮らしの中にある。
だから今日も私は台所に立つ。
誰かのために。
そして、自分自身のために。
帰る場所は、
すでに私の中にあった。
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