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夫のパスタソース

     二度寝から起きたら夫が泣いていた。泣いていたといっても涙を流していたわけではなく、口で
    「えーん」
     と言っていた。私個人が思うに大人になると日常の出来事ではそうそう涙は流れず、こういう「えーん」という言葉で気持ちをあらわしたりする。
     どうしたのと聞くとなんだか大きい厚みのない箱を見せてくれた。
    「今日、買い物に出た先でガラガラ抽選して当てちゃった……」
     言いながらカパッと蓋を開けてくれる。上等そうなレトルトのパスタソースセットだ。箱も無地ではあるが化粧箱だし高そうなものだと察しがつく。
    「ぼうちゃん、運を使ったのね」
    「えーん!夏まで運を置いときたかったのにー!」
    「そうだね……」
     さすがに本気で同意した。
     夫は一昨年と昨年と、夏になると大きい体調不良を起こしているからだ。もうすぐ今年の夏がやってくるので警戒している最中にガラガラ抽選で一等を当ててしまうとは。
    「誰かにあげたら?使った運をさ、なかったことにみたいな」
    「そんなことできんの?」
     可能かどうかは分からないが気持ちの問題だろう。厄除け饅頭だって饅頭を配って自分の厄を少しずつもらっていただくのだと聞くし、そんな風にならないだろうか。運を使ったと嘆くなら誰かにあげてしまって運は使わなかったと言い張るのも一つの手だと思う。
     この景品を誰かにあげてしまうと食べれないけど。いいんじゃないだろうか。

     夫は景品の箱を自分の寝床まで持ってきて名残惜しそうに中身を見て言った。
    「うーん、でもなんか美味しそうやし、食べてみたいし」
     食べたいんかーい!心の中でズッコケる私をよそに夫は「俺はこれ食べたいなあ」と言いながら娘と一緒にどれを食べようかと吟味していた。

     どうせ食べるのなら運を使ったと思わずに頑張っているご褒美と捉えたほうが心良いように思う。しかし本人は私が口出ししなくても食べる気満々。助言してもしなくても結果は変わらなかったのだと肩透かしをくらった気持ちはあった。でも夏の体調不良を一番警戒してるのも景品を当てたのも本人だし、夫がご機嫌になれるならそれ以上言うのも無粋だろう。
     少し日が経ってからパスタソースは温められ、麺と一緒にテーブルに乗せられた。私も混ざって食べさせてもらえばいいものを、一人だけ冷凍食品のパスタにしてもらった。セットの中にたらこパスタソースがなかったから仕方ない。食卓の絵面を見ると私は捻くれ者のようでもあった。きっと実際そうなのだ。
     夫と娘が食べていたトマトソースのパスタが美味しそうだった。トマトの芳醇な香りが今でも私の鼻腔をくすぐる。以来ずっとトマトソースパスタを食べようと考えているがコンビニで見かけるのは大体ミートソースやナポリタン、またはトマトクリーム。一人で食べに行くのは気が引けるし、あの時食べていればと悔やむ気持ちを隠しきれない。

     六月の末日、夕食後に和菓子の水無月を食べながらミルクティーを飲んだ。食べながら三人で
    「今年半分、頑張ったね」
    「何もなかったから良かったね」
     すると夫が
    「オレ、骨折れたけどな」
     と言った。
     あっ、忘れてた。あの時も大変だった。大変だったのになぜか失念していた。
     ひとまず労いの言葉をお互いに掛けつつ、小豆にこれからの厄を払ってもらいたい気持ちが強い私だ。

     
     
    エッセイ、創作小説、コミックエッセイを書いています。趣味は読書。感覚過敏が酷くなったので今は静かな時間を好んでます。 夫と娘の三人暮らし。

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