
知名度ゼロから一流ホテルが選ぶ食材へ。「宮ゆず」ブランド化の戦略
ゆずの産地といえば、高知県や徳島県などの四国を思い浮かべるのではないだろうか。実は、栃木県宇都宮市でもゆずが生産されている。それが「宮ゆず」だ。
かつては四国産のゆずに市場を奪われ、まともな値段がつかないほど買い叩かれていた。しかし、今ではブランドを確立し、高級ホテルや飲食店、食品メーカーからも選ばれる存在になっている。
なぜ、宮ゆずはブランド構築に成功したのか。床井柚子園を経営する床井光雄(とこい・みつお)さんの話に、無名の生産地が独自の価値で輝くための手がかりがあった。
一流ホテルが選んだ、宇都宮の小さなゆずブランド
宮ゆずとは、栃木県宇都宮市新里町(にっさとまち)を中心に生産されるゆずのブランド名だ。床井さんは同町で、近隣のゆず農家17軒とともに宮ゆずを生産している。
ゆずは本来、温暖な気候での栽培に適した果樹で、国内では主に四国で生産されている。しかし、栽培に必要なのは暖かさだけではない。日中に上がった気温が夜にぐっと下がり、昼夜の寒暖差が大きくなることで良質なゆずが育つ。宇都宮はまさにその条件に合う土地だった。

ただし、四国などの産地に比べて気温が低い宇都宮では、ゆずの皮が厚くなる。果肉や果汁の多さが魅力となる果物ではデメリットに思える特徴だが、実はこれが宮ゆずの強みになっている。柑橘類の香り成分は皮に多く含まれるため、宮ゆずはとくに香りが強いのだ。
その特徴を活かした商品も開発されている。なかでも人気なのが、香り豊かな柚子胡椒とドレッシングだ。香りの抗ストレス作用に着目したルームスプレーもある。このような消費者向けの商品を展開する一方で、ゆず皮の細切りやクラッシュ(粉砕)といった業務用商品の開発にも力を入れている。宮ゆずの商品構成について、床井さんはこう語っている。
「床井柚子園では、果実としてそのまま出荷するゆずは1割程度しかありません。5割は業務用商品に、残りを消費者向けの商品に加工しています。ただし、柚子胡椒やドレッシングは飲食店の食材としても納品しているので、実質的には業務用の割合がかなり多いですね」

宮ゆずの年間収穫量は20〜30トンほど。国内のゆず収穫量約2万8000トンのうち、0.1%ほどに過ぎない。しかし、取引先にはさまざまな顔ぶれが並ぶ。
たとえば、ザ・リッツ・カールトン日光や日光金谷ホテル、関東圏で展開するファミリーレストランのフライングガーデン、亀田製菓グループの日新製菓などがある。タイ・バンコクのゆず専門ジューススタンドや、日光や那須にある個人経営のレストランとも取引している。
このように数多くの取引先が宮ゆずを選ぶのは、その香りが格別だからだ。
生産者だから実現できる、誰にも真似できない品質
宮ゆずが誇る香りをできるだけ損なわずに届けるため、床井さんは収穫後の果実の扱い方を見直した。
「以前は11〜12月に収穫したゆずを冷蔵倉庫に保存していました。5度程度の温度を維持してゆずを保管し、収穫期が終わった1〜2月に出荷すると高値で売れるんです。でも収穫したての香りや皮の張りが、2ヶ月も経つと明らかに失われてくるんですよ」
そこで考え出したのが、収穫後すぐにゆずを加工して冷凍保存する方法だ。今の冷凍技術なら新鮮な香りまで閉じ込められ、年間を通して安定的にゆずを供給できる。
こうしたすばやい加工は、小さな生産者ならではの強みといえる。床井柚子園で栽培されているゆずの木はわずか250本ほど。決して規模は大きくないが、大掛かりな加工設備を必要としない収穫量だからこそ、フレッシュで香り高いゆずを自社ですぐに加工できるのだ。

商品づくりにも生産者ならではのこだわりがある。柚子胡椒に使われるゆずの皮は、1個100gのゆずからわずか4gしか取れない。他社からゆずを調達する場合、皮を多く使うと原価が高くなるため、唐辛子や塩の割合を多くしてコストを抑えるのが一般的だ。しかし、自分たちで育てたゆずを使えば仕入れコストが抑えられる。その分、床井柚子園ではゆずの皮をふんだんに使い、香り豊かな柚子胡椒を作っている。
「ゆずをたっぷり使っていることを理解しているから、ほかでは真似できない商品だと自信をもって言えるんです」と強く言い切る床井さんからは、商品ひいては宮ゆずブランドに対する確かな自負が伝わってきた。

「農協には出荷しない」知名度ゼロからの再出発
宮ゆずは、今や高級ホテルや大手企業に選ばれるブランドとして地位を確立した存在だが、その背景には苦境からの歩みがあった。
栃木県宇都宮市のゆず栽培の歴史は、床井さんの父・忠雄さんが1964年に苗を植えたことに始まる。
忠雄さんは早くから近隣の農家とともに「新里ゆず生産出荷組合」を結成し、農協を経由して市場へ出荷する体制を整えていた。当時、ゆずは埼玉県を中心に生産されており、四国産のものはまだ市場に出回っていなかった。さらに農家が顧客に直接販売し、市場の流通量が少なかったこともあり、1974年に初出荷された宇都宮のゆずは高値で取引されたという。

床井忠雄さん
しかし、四国産のゆずが東京市場に参入して状況は一変。市場全体の供給量が増加し、ゆずの価格は下落した。床井さんは父から聞いた当時の状況をこう語る。
「宇都宮のような小さな産地は見向きもされなくなりました。市場まで運ぶ運送費もまかなえないほど競り値が落ちて、結果的に撤退せざるを得なくなったんです」
2010年に忠雄さんが亡くなり、床井さんが農園を引き継いだ。当時は、採算の取れる価格で購入してくれる販売先がないことが課題だった。そこで、床井さんは思い切ってある決断をする。
「農協へは一切出荷しない。その代わりに私が販路を作る。その覚悟として『新里ゆず生産出荷組合』という名前を『宇都宮ゆず組合』に変えました」

床井光雄さん
1切れで料理が変わる。だからこそ狙いは「一流」
農協への出荷をやめ、自分たちで販路を作ると決めた床井さんが取引先としてこだわったのは、「一流」だ。床井さんはその理由をこう語った。
「ゆずの価値を最大限に活かせるのが、一流の場所だと気づいたんです。昔は、一度に大量に使われてどんどん売れる、いちごや梨のような果物がうらやましいと思いました。でも、ゆずは1切れあれば十分に存在感を示せる。ほんの少しのせるだけで、2,000円の料理が2万円に変わることもあります」
一流店との取引を目指す理由は、それだけではない。トップクラスの場所でゆずが使われることで、ほかの飲食店や企業が注目し、新たな販路が生まれるかもしれない。床井さんは宇都宮のゆずの可能性を信じて、取引先の狙いを単価が高い有名店に定めた。

宮ゆずを使ったデザート
とはいえ、知名度ゼロのゆずを名店に持ち込んでも相手にはされない。まずは業界内で宮ゆずの名前を広め、一流店の方から興味を持ってもらえる存在になる必要がある。
宇都宮ゆず組合の代表を引き受けた床井さんは、認知を広める活動に取り組んだ。柚子園を引き継ぐ以前の床井さんは、造園建設会社を経営していた。その際に培った営業力を活かし、市役所や県庁などの行政機関、地元のテレビ局やラジオ局に足を運び、挨拶をして回ったという。
ほかにも、地元の餃子店が加盟する宇都宮餃子会や、バーテンダーが結成した宇都宮カクテル倶楽部などの団体が開催する会合に積極的に参加。宮ゆずの認知拡大に努めた。
また、農家による加工・販売を国が支援する「六次産業化・地産地消法」が2011年に施行されると、宮ゆずをより広く知ってもらうため、床井さんは自社初の商品「俺のゆず塩」と「ゆず七味の唐辛子」を開発した。

ゆず七味唐辛子
六次産業化を体現した宮ゆずの取り組みはメディアの注目を集め、床井さんもテレビ局や地元新聞社の取材を受けたという。テレビ朝日の食をテーマにした番組「食彩の王国」にも取り上げられた。メディアに露出した効果もあり、さまざまな場所に顔を出すなかで、宮ゆずの名前は業界内に少しずつ浸透していった。

認知拡大がもたらした一流との出会い
こうして宮ゆずの存在感が増すなかで、転機が訪れた。宇都宮市にあるフレンチの名店「オトワレストラン」のシェフ、音羽和紀さんと出会ったのだ。
「音羽さんは食材への感度が高く、宮ゆずにも興味を持ってくれたようです。研修会では何度も顔を合わせていたし、レストランに伺って食事をしたり、会合で提供する料理をお願いしたりすることもありました」
音羽さんとの縁がきっかけとなり、食に関わる人々とのつながりはより広がっていった。

宇都宮大学で音羽さんがパネルディスカッションに登壇した際も、床井さんは見学に訪れた。音羽さんや大学の学長が参加するこのイベントには、きっと新たな出会いがあると予感していた。床井さんは会社を経営していた経験から、どこに行けば人とつながれるかが感覚的にわかるのだ。
その予感は的中した。イベントが終わって音羽さんに声をかけたところ、紹介されたのがザ・リッツ・カールトン日光の当時の総料理長、早坂心吾さんだった。
「そのとき、早坂さんに『床井さん、初めて会う気がしませんね』と言われたんです。『私は初めてお会いします』と返すと『テレビ朝日の番組に出ていたのを見ましたよ』って。初対面とは思えないほど会話が弾み、結果としてザ・リッツ・カールトン日光で宮ゆずを使っていただくことになりました」
有名ホテルで採用されたことをきっかけに、宮ゆずの知名度は格段に高まり、企業や飲食店からも声がかかるようになった。
床井さんは一流との取引を目標に定め、営業力を武器に認知を広げた。その決断と行動力が、宮ゆずをブランドへと押し上げたのだ。

宮ゆずが示した、特産品ブランド化の条件
宮ゆずには、ほかの産地のゆずに負けない「香りの良さ」という魅力がある。商品にも生産者ならではのこだわりが詰まっている。しかし、品質の高さだけでは特産品のブランド化は実現しない。
たとえば、スターバックスを思い浮かべてほしい。従来のカフェは、商品の品質向上に力を入れていた。しかし、スターバックスが重視したのは「体験」だ。座席の配置やBGM、照明、店員の接客などにこだわって居心地の良い空間を作り、店で過ごすサードプレイスでの体験に重きを置いた。
商品から体験へとカフェの価値を見直すことで、スターバックスは唯一無二のブランドを確立した。このようにブランドが生まれるところには、常識にとらわれない「価値観の転換」がある。
宮ゆずにも「価値観の転換」があった。厚い皮から生まれる香りを強みとしたこと。農協依存から抜け出し、格の高い飲食店の取引を目標に定めたこと。農家として生産にとどまるのではなく、自ら認知拡大に努め、一流につながる場を見極めて足を運んだこと。このような既存の概念にとらわれない動きが、宮ゆずというブランドを生み出したのだ。
最後に、床井さんは特産品のブランド化に悩む生産者へ、こうエールを送った。
「地方の生産者は『田舎だから』『小規模だから』と、つい自信をなくしがちです。しかし、小さな作り手だからこそできることに気づければ、それが自分たちの強みになります。
地元の人は意外と、自分たちが持っているものの価値が見えていません。だから地域の外に出て、自分たちを認知してもらうために動いてほしいと思います。そういった活動を通して、自分たちの強みが見えてくるはずです」

床井柚子園
住所:栃木県宇都宮市新里町乙537
公式サイト:https://www.miyayuzu.jp/