
【不登校】学校に通っていたら身に付くはずだったこと7選
こんにちは、めげないやつ子です。
うちのチャッピー(Chat GPT)に、
『子どもが学校で身に付く力を7つ教えて』と聞いてみた。
その回答がこれ。
基礎学力
集団生活への適応
コミュニケーション力
自己管理力
問題解決力
社会性・規範意識
自己肯定感
もちろん、どれも大切な力だ。
学校に通えば子どもは自然と成長する
そう信じて疑わなかった時代があった。
でも、ふと立ち止まって考えたくなる。
1の基礎学力は、確かに覚えてはいる。
けれどその多くはテストで点を取るため。
終われば忘れるような学びに、意味はあるのだろうか。順位にこだわるばかりに、劣等感だけが積み上がっていないか。
「知るって面白い」と思える学びになっているか、胸を張って言えるだろうか。
2の集団生活への適応力、空気を読むのみんな上手だろう。
でもそれは、自分を出さないための技術だったり人に嫌われないため、目立たないため、浮かないため――
本当に「尊重」や「補い合う」といった関係性が育っているのか、疑いたくなる。
3のコミュニケーション力は、話し合いの時間がある事と、分かり合おうとする姿勢がある事は、別の話だ。
いじめの件数を見ればそれは明らかだろう。
違いを認め合うどころか、排除し、沈黙を強いる空気に飲み込まれてはいないたろうか。
4の自己管理力は、毎日の時間割、宿題、提出物――
それは先生や親に「管理されている状態」ではあっても、「自己管理」とは言いにくい。
自分の意志で選び調整し、責任を持つような体験が、本当にあるだろうか。
5問題解決力については、ほぼ無いように私は思ってしまう。
問題が起きたら、原因を探し誰のせいかを追及する。
でもそれが「問題を解決する力」だとは、到底思えない。
どうすればこの状況が良くなるのか、どうすればそこにいるみんなに良い結果をもたらすのか、
そんな風に考えられる子がどれだけいるのか、そして先生たちは、そこへ導けているのか現実的に考えて疑問だ。
6の社会性・規範意識は協調性とも言えるかもしれない。
学校は「社会」ではある。
ただそれは学校という独特で、閉ざされた小さな社会だ。そこのルールや常識が、外の社会でも通用するとは限らない。
「学校の中では通じた」が「本当の社会では通じない」ことは山ほどある。
7の自己肯定感、、これはむしろ学校で最も失われていることなのではないかと思う。
自分を守るために、本音を隠し誰かに合わせて、やり過ごす。それで得られるのは『傷つかない技術』かもしれない。
でもそれは、自分を大切にし好きになる力ではないはずだ。
だからこそ、問いたい。
「学校で学ぶべきことは何か」
「学校でしか学べないこととは何か」
「そして、学校で失われているものは何か」
それを大人が真剣に考えなければ、子どもたちは育つどころか、適応のために、自分をすり減らす事になってしまうのではないだろうか。
子どもが本当の力を育むには
どんな関わりがあれば、子どもが本当の力を育むことができるのか。
それは、家庭の中にも、学校の中にも、そして親でも先生でもない「第3の誰か」との関わりにも確かにヒントがある。
ただ、それらすべてを今すぐ用意するのは簡単なことではない。
時間も、場所も、お金も、知識も必要になる。
私たち大人は、今それが足りないこと自体に申し訳なさや後悔を感じなければならない。
実際に私は息子を18年育てながら情けなさを感じることもある。
けれど、そんな私たちが「今すぐ」「誰でも」「無料で」できることが、ひとつだけある。
それは――失敗してもいい空気をつくることだ。
失敗は未来の土台になる。
うまくいかなかった経験の中にこそ、自分なりの工夫や発見、学びが眠っている。
誰かに否定されることなく「よくやってみたね」と肯定された失敗は、宝になる。
この “空気” があるだけで、子ども達が挑戦できる社会の土台が積み上がると思うのだ。
学校で見落とされていると感じる多くの問題――
自己肯定感が削がれること、違いが排除されること、協力よりも競争が強調されること、それらは失敗を許容できる大人が増えるだけで、かなり変わっていくと私は思っている。
そしてこれは、不登校の子どもに私たち親が今すぐにできることでもある。
学校に行けなくても
「問題ないよ」と言ってもらえる空気。
うまく話せなくても
「大丈夫だよ」と見守られる空気。
学校に復活してまた行けなくなっても
「疲れるよね」と理解してもらえる空気。
その土台があるかないかで、その子の未来は全く違ったものになる。
ただし失敗を良しとするというのは、大人にとっても簡単ではない。自分がしてきた失敗を「なかったこと」にしてきた人ほど、なおさら。
だからこそ、まずは私たち大人自身が、自分の失敗と向き合うことから始めることが大事なのだ。
あのときの自分は、何を怖れていたのか。
何を守りたかったのか。
それでも立ち上がった経験があるなら、それをもう一度、自分自身に許してあげることだ。
「失敗しても大丈夫」
それを本当に伝えられるのは、挑戦し失敗し試行錯誤してきた人だけだ。
そんな大人に私たちからなっていこう。
子どもが不登校になった今なら、きっとそれが出来ると思う。
それではまた。