
あの頃、怒りは私のエネルギーだった。
こんにちは、めげないやつ子です。
以前の私は、怒りをエネルギーにして生きていた。
理不尽なことや無神経な言動、変わらない世の中に日々腹を立てていた。
でも今は、あの頃ほど怒ることがなくなった。それは一見、心が落ち着いてきた証のようにも思える。
でもふとした瞬間に感じる “物足りなさ” に、私は今、少し戸惑っている。
以前の私は、いつも怒っていた。
その怒りは社会の矛盾や人の心ない言葉に対してだった。
「もっとこうすればいいのに」
「どうしてそんなことを言うのだろう」
「みんなが生きやすくなるにはどうすればいいのか」
大げさではなく、私はそんなことをいつも真剣に考えていた。
けれど、今はその温度が下がっている。
どうしてだろう?---
その理由は、はっきりしている。
怒る必要がなくなったからだ。
今の私は以前よりも心が安定している。
日常でネガティブな気持ちになることがあっても、すぐに整理ができるようになった。
感情をしっかりと感じ、視野を広げたり価値観を見直したり、自分の気持ちを受け止める。
そうすると自然と心が落ち着くようになった。
ただ、それでもたまに考える。
ニュースを見て疑問を感じた時、あの頃のように頭が働く瞬間がある。
でも以前のようにエネルギーが溢れてくることはもうない。
あの “怒り” の熱量は、どこへ行ったのだろう?
私は、怒りっぽい自分がずっと嫌いだった。
母から「お父さんに似てる」と言われるのが嫌だったから。
でも今になって思う。
怒る自分も、悪くなかったのかもしれない。
ただ、エネルギーの止め方を知らなかっただけなのだ。
もしあの頃の私が、もう少し感情とのバランスを取れていたなら。もっと自分に優しく、心が疲れすぎずに生きられたのかもしれない。
今、私はもう一度、問題提起ができる自分に会いたいと思っている。
でも今度は、あの頃のような極端な怒りではなく、穏やかで落ち着いた心と共に、自分自身と向き合いたいと思う。
怒りは、私にとって確かに大きなエネルギー源だった。その奥には、気づかぬうちに悲しみや寂しさがあったのだ。
でもその感情を当時はうまく扱えなかった。
今の私は、怒りと距離を取りながらも自分の感情に誠実でいられるようになった。
怒りのエネルギー
それを嫌がらず、もっと優しい形で活かすことができるのではないかな---と、最近の自分に期待のような気持ちが出てきているのだ。
私はこれからまた、より深く、よりしなやかに問題提起ができる気がする。
それではまた。