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My Bloody Valentine「Loveless」から考える炎上プロジェクト

    前回のシューゲイザー御三家の記事で、My Bloody Valentineとアルバム「Loveless」について軽く触れたのですが…いや違うな、結構細かいところまで(最終トラックのSoonを先に聴いた方が良いのでは説とか)触れたんですが、それでもやはり語り足りない気がしまして…

    せっかくなので、今回はLovelessだけで1本書いてみようかと思います。

    …と言うことで、まずは有名なエピソードから。
    1991年頃、Creation Recordsは、瀕死の状態にありました。原因は、看板バンドのアルバム制作費です。
    My Bloody Valentine(以下、マイブラ)は、フロントマンのケヴィン・シールズ主導のもと、2年以上にわたってレコーディングを続けていました。費用は25万ポンド(ざっくり4000万円、インディーズレーベルにとってはとんでもない大金です)を超えて、レーベルのオーナー、アラン・マッギーにとっては、もはや生死に関わる金額になっていました。

    マッギーは毎日のように問い詰めます。「いつ出るんだ?」

    ケヴィンの答えは「Soon(もうすぐ)」

    その後、リリースされた先行シングルのタイトルは、まさかの「Soon」。「これはアルバムのリリース予告か!?」というマッギーの期待をよそに、アルバムのリリースには、そこからさらに長い時間がかかることになります。いわゆる、そば屋の出前ですね、、、

    さらに次にリリースされたシングルのタイトルは「To Here Knows When」。意訳すると「いつになるかは神のみぞ知る」もはやヤケクソです。ケヴィン自身にも分かっていないということでしょうか。

    そして、ようやく出たアルバム収録曲「When You Sleep」は、「いつ出来るのか?」という問いに「お前が寝てる間にだよ!」と答えるという…
    笑えるような、笑えないようなエピソードですが…マッギー視点で考えるとなかなかの地獄。

    この辺りは、まぁシューゲイザー史に於いては有名なエピソード(定番のジョーク的なやつ)なので、ご存知の方も多いのではないかと思います。
    ※ちなみに、「I Only Said」は、ケビンに説教するときのマッギーの口癖、という説などもあります。

    Loveless収録曲のタイトル、特に上の3曲については、「ケヴィンがマッギーをおちょくってつけたタイトル」という文脈で語られることが多いかと思います。

    でも、一旦ちょっとその説から離れまして…
    改めてアルバム『Loveless』全曲タイトルを、収録順に並べてみます。

    1. Only Shallow(浅いだけ、浅はかだ)

    2. Loomer(何かが近づいてくる)

    3. Touched(ちょっとおかしくなってきた)

    4. To Here Knows When(いつになるかは神のみぞ知る)

    5. When You Sleep(お前が寝てる間にやるよ)

    6. I Only Said(私が言ったのは…)

    7. Come in Alone(一人で来い)

    8. Sometimes(ときどきやります)

    9. Blown a Wish(ひと吹きの願い)

    10. What You Want(何が欲しいんだ)

    11. Soon(もうすぐ出来ます)

    …翻訳がこなれてなくてすみませんね。

    ですが、並べて眺めて見ると…
    これって「炎上プロジェクト」の議事録になっているのでは?!というのが今回の話です。

    「炎上プロジェクト」とは?

    そもそも「炎上プロジェクト」とは何??
    ということで、少し用語について補足させてください。
    「炎上プロジェクト」とは、主にIT・システム開発の現場で使われるスラングです。(※いわゆるSNSの炎上とは別物なので念のため)
    当初の予算・納期通りに進まず、時間・お金・人も不足して泥沼化、関わる全員が涙目になっているプロジェクトのことです。

    具体的に炎上プロジェクトの症状として、代表的なものをいくつか挙げてみます。

    〇ステータス系の症状

    進捗報告では毎回「問題ありません」「順調です」と聞こえてくる。でも気づいたら、納期を大幅に超過しています。「もうすぐ終わります」という言葉が、週をまたいで、月をまたいで繰り返される。

    〇スコープ系の症状

    最初に決めた仕様から、いつの間にか要件が膨らんでいきます。様々な部門や人の「これもあったらいい」「あれも入れよう」が積み重なって、最初に設計したものと別物になっている。さらに炎上している中、外部要因での仕様変更が降ってくることもある。

    〇組織系の症状

    現場のメンバーは、実はかなり早い段階で「これ、ちょっとまずいかも」と気づいています。でも、それがなかなか上には伝わりません。「言ったところで何も変わらない」「自分の責任にされたくない」そんな空気が、さらに報告を遠ざける。
    そして、いちばん厄介なのが、状況がマズいはもう誰の目にも明らかなのに、誰も「いったん止めましょう」「やり直しましょう」という決断ができないこと。
    むしろ、止まるより前に進むほうが楽に感じられてしまう…という、不思議な心理状態に入ってしまう。

    結果として、止まれないまま遅れを取り戻そうと人員を追します。でも新メンバーへの引き継ぎ等で、さらに現場は混乱。会議は増えるが何も決まらないまま、残業・休日出勤が常態化…悪循環を繰り返しまさしく炎上していく。

    皆さんも、心当たりありませんか?

    ちなみに、こう言った炎上は、システム開発だけの話ではありません。「新たに何かを作る」「何かを変える」といったプロジェクトであれば、どこでも起きます。
    ※製造業だと、新規設備の導入のなどの場面でもあるかもしれません。

    ということで…
    改めてLovelessの11曲について、炎上プロジェクトの議事録という観点で読み直してみましょう。

    議事録:Lovelessから見る炎上プロジェクトの全記録

    フェーズ1|キックオフ

    1.Only Shallow:計画は立てました。でも「浅いだけ」です。要件定義が甘く、スコープが決まっていない。でも「とりあえず走り出しましょう」。こういうプロジェクト、だいたいここで詰んでいます。曲自体は、冒頭からいきなり轟音のギターが押し寄せる、「あ、コレは只事じゃないぞ…」と誰もが感じる、まさに有無を言わさぬサウンド。少なくもと全然浅くはない…

    2.Loomer:loomerとは「不気味に近づいてくる何か」を意味するそうです。リスクの予兆はある。でも誰も直視しません。みんな「なんとかなる」と思っています。
    音的にも前曲から一転、輪郭をぼかしたようなギターが漂う曲です。ビートは遠のき、地に足のつかない、宙に浮くような浮遊感のある楽曲です。

    フェーズ2|異変の始まり

    3.Touched:touchedには俗語で「ちょっとおかしい」「イカれた」という意味があります。最初の異変です。「なんかこのプロジェクト、おかしくない?」と気づく人が出てくるんですが、まだ声には出しません。
    ちなみにこちらは、1分ほどのインスト曲。間奏のような、不穏な音の断片が漂う曲です。

    4.To Here Knows When:「いつになるかは、神のみぞ知る」。スケジュールが機能していません。誰も進捗を把握できていない。でも、まだこの時点では「神のみぞ知る」とか言ってしまえる余裕があるとも言える。

    アルバムの中でも特に輪郭の溶けた曲で、グライド奏法によるギターのうねりだけが漂います。聴きながら自分が音の中のどこにいるか分からなくなる感覚。マッギーが初めて聴いたときに、テープが壊れてるのでは?と疑ったというエピソードがあるほど…

    フェーズ3|機能不全

    5.When You Sleep:「お前が寝てる間にやるよ」とはなかなかですが…管理者が目を離している間に問題が進行、あるいは「管理者が寝ていた(見て見ぬふりをしていた)」。遅延に対するヤケクソの捨て台詞かもしれない。いずれにせよ、進捗管理が完全に破綻していますね。
    タイトルが示唆する状況とは裏腹に、このアルバム収録曲の中では比較的ポップで聴きやすい曲です。表面上は一番「順調」に聞こえる曲、というのが地味に怖い?笑

    6.I Only Said:「私はそう言っただけ」。責任のなすりつけ合いが始まります。「言った」「言わなかった」「そういう意味じゃない」…コミュニケーション不全の典型のような風景ですね。

    本アルバムを象徴するような、幾重にも重なり合う分厚いギターの音の壁に、淡々と繰り返されるフレーズとビートが特徴的な曲です。確かSound&Recording magazineのマイブラ特集では、本楽曲のスコアが掲載されていました…え、本気ですか!?

    フェーズ4|孤立、場当たり的対応

    7.Come in Alone:「一人で来い」。各自が孤立し始めます。チームワークの崩壊、サイロ化。あるいは「誰も助けに来ない」という孤独感。プロジェクトメンバーがまさしく「無の境地」に入り始めるフェーズです。(←経験者の方にはきっと頷いていただけるかと笑)実際、Lovelessのレコーディングもケヴィンが殆ど独りで行なったと言われてますね。

    前曲に引き続き、最大限に歪みがかかったギターサウンドと上昇していくような美しいメロディいう組合せが絶妙に心地よい曲です。

    8.Sometimes:「ときどきやります」。対応が場当たり的になります。「ときどき」確認する、「ときどき」対処する。全体的に対応に一貫性がなくなっていきます。

    アルバムの中では珍しく、アコースティックギターの質感が前に出た内省的な曲です。轟音から一歩引いて、ふと我に返るような瞬間です。映画ロスト・イン・トランスレーションで使用された楽曲としても知られますね。

    フェーズ5|本質的な問い

    9.Blown a Wish:パッと見では「希望が吹き飛ぶ」みたいな場面を連想しますが、実際の意味は真逆です。日本語にすると「願い事をひと吹き」、タンポポの綿毛に息を吹きかけて願掛けをする、あのイメージです。炎上の末、現場にできることはもう祈ることだけ、という状態でしょうか。

    曲調は、収録曲の中でも優しく儚い雰囲気で、轟音よりも浮遊感が前に出る、まさにタンポポの綿毛のイメージがしっくりくる楽曲ですね。

    10.What You Want:「そもそも何が欲しいのか?」炎上の末、ようやく本当の目的を語り出す。「当初の目的ってなんでしたっけ?」本来はキックオフのときにやっておくべきだった問いが今ごろ出てくる。

    轟音ギターの中で揺らぐメロトロンのような鍵盤の音色と疾走感のあるビートが印象的な楽曲です。

    フェーズ6|もうすぐ出来ます

    11.Soon:「もうすぐ出来ます」。職場でこのセリフ、聞いたことがある方も多いんじゃないでしょうか。「もうすぐ終わります」は、プロジェクトが炎上しているときほど頻繁に出てくる言葉です。そば屋の出前のように、実はこれから着手するのかもしれませんが…果たしてこのプロジェクトはどうなるのか?

    冒頭から打ち込みビートの質感が前面に出た、アルバムの中でも異色の曲です。轟音ギターとは違った浮遊感のある音像で、長い夢から覚めるような、不思議な余韻を残します。

    ここまでは完全に私の妄想ですが…実際に炎上プロジェクトに携わったことのある人ならきっと共感してもらえるはず!笑

    作者の意図はともかく、並べて見てみると2年間の炎上の記録が生々しくそこに浮かんできます笑

    では、なぜ止まれなかったのか

    Lovelessという炎上プロジェクトに於いて、言うなればプロジェクトオーナーという立場にいたマッギーは、止まれませんでした。
    いや、正確には「止めなかった」。25万ポンドもの費用を投じる前に、中断するという選択肢があったはずです。でも彼はそれをしなかった。なぜでしょうか?

    ここで少し組織論の話をします。
    組織行動文脈に於いて、「エスカレーション・オブ・コミットメント(commitment escalation)」と呼ばれる現象があります。
    Barry Staw(1976)が提唱した概念で、「失敗の兆候が見えているにもかかわらず、一度コミットした意思決定への投資をやめられない(エスカレートしていく)」というものです。
    なぜ止まれないのか?主なメカニズムは3つあります。

    ① サンクコスト(埋没費用)の罠

    すでに投じたコストは、どう頑張っても取り戻せません。本来、意思決定は「今後の見通し」だけに基づくべきで、「過去に使った金額」は判断に含めるべきではないはずです。
    でも人間はそうできない。「ここまで使ったんだから」という感覚が、判断を歪めます。25万ポンドの前では、合理性は簡単に負けるんですよね。

    ② 自己正当化バイアス

    「やめる」という選択は、同時に「あの判断は間違いだった」と認めることを意味します。自分の過去の判断が間違っていたことを認めたくないため、より固執してしまう。
    特に、周囲に対してコミットを宣言した後では尚更です。

    ③ 社会的プレッシャー

    途中でやめることで「失敗の責任」を問われることを恐れ、成功しないと分かっていても事業を継続してしまう。いわゆるメンツというやつです。

    Creation Recordsの看板バンドのプロジェクトを「失敗」として中断することは、対外的にも困難でした。「マッギーはマイブラを潰した」なんて評価は、到底受け入れられなかったでしょう。

    この3つが絡み合うとき、合理的な撤退はほぼ不可能になります。

    更には、そこに楽観主義も加わってきます。都合の良い情報ばかりを集め、「いつかは状況が好転するはずだ」と根拠のない期待を抱きはじめる…

    ちなみに、よく似た概念として、「コンコルド効果(コンコルドの誤謬)」という言葉もありますね。これは超音速旅客機「コンコルド」の共同開発事業に由来します。巨額の開発費を投じた後、採算が取れないと判明したにもかかわらず、投じたコストが無駄になることを恐れて開発を中止できず、結果的にさらなる巨額の赤字を生み出したことから名付けられました。

    それでも、止まらなかったから

    1991年11月4日、遂に『Loveless』がリリースされました。

    評価は、言うまでもありません。今日に至るまで、ロック史上における最重要作の一つとして語り継がれています。30年以上経った今も、新しいリスナーが発見し続けています。

    「炎上プロジェクト」、「エスカレーション・オブ・コミットメント」、「コンコルド効果」、これらは通常は組織の失敗事例として語られます。サンクコストに引きずられ、合理的判断を失い、プロジェクトを泥沼化させる—そういうものとして教科書に登場します。

    でも、Lovelessは…どうなのか?
    ここで大事な観点は…炎上プロジェクトとは、プロセスの話である、ということです。

    作っている間は間違いなく地獄でした。マッギーもケヴィンも追い詰められ、Creation Recordsは倒産寸前でした。プロセスだけを切り取れば、それは完全な失敗です。

    でも、アルバムが完成した瞬間から、時間の流れ方が変わりました。

    制作にかかった時間は約2年。でも、Lovelessが聴かれてきた時間は、すでに30年を超えています。これからも聴かれ続けるでしょう。

    作っている時間より、聴かれる時間の方が長い。

    プロジェクトの価値を「プロセスの効率」だけで測るなら、Lovelessというプロジェクトは失敗です。
    でも「アウトプットが世界にどんな影響を与えたか」で測るれば、おそらく大成功と言っても過言ではないでしょう。

    もちろん、すべての炎上プロジェクトがLovelessになれるわけではありません。止める、撤退する、方向転換する、そうした対応が良い局面も確実にある。
    ただ、「炎上しているからダメだ」という判断の前に、一度だけ問い直すべきことがあるのではないかと思います。

    それは、そのアウトプットが完成したとき、どれくらいの時間、影響を与え続けるのかということです。

    そこに確信があるなら、エスカレーション・オブ・コミットメントは、狂気ではなく信念かもしれません。

    ケヴィン・シールズは今も現役です。次のマイブラのアルバムはいつ出るのでしょうか。きっと「Soon」と言われそうですね笑

     
     
    京都大学卒。製造業で管理職。3児の親。 元バンドマン。今は管理会計・経営戦略等に携わっています。 ロックバンドと組織の話 プレイングマネージャー、チームマネジメント、経営戦略など

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