25年いた業界を離れた。決め手は「好きかどうか」ではなかった
好きだった。それでも、離れることを考えた
23歳から25年間、音楽業界で働きました。
アーティストの音源を、少しでも多くの人に届けていく仕事です。
営業や宣伝を担当し、イベントを仕掛けることもありました。
後半はマネージャーとして、業務管理やスタッフの管理・育成にも携わりました。
そのうち20年間は、同じ会社にいました。
振り返れば、かなり長い時間です。
そして、私は音楽が好きでした。
好きな音楽に毎日関われること。
たくさんのいろいろな人と出会えたこと。
自分が関わった仕事で、携わった方々が喜んでくれること。
それが嬉しかった。
だから、離れることを考え始めたときも、
「音楽の仕事が嫌いになったから」
ではありませんでした。
むしろ、好きだったからこそ、離れることには迷いがありました。
それでも、最終的に私は25年いた業界を離れました。
決め手になったのは、好きか嫌いかではありませんでした。
この先、自分がどうなっていくのかが見えなくなったこと。
それが大きかったです。
▫️ 23歳から25年間、音楽業界で働いた
大学を卒業したとき、最初から音楽業界に入ったわけではありません。
就職氷河期の中で金融業界に就職しました。
そこは長く続きませんでした。
もともと音楽を聴くことが好きで、
「好きなことを仕事にできないだろうか」
と考えていました。
そして23歳で、音楽業界に入りました。
そこから25年間。
アーティストの音源を売っていく仕事を中心に、営業、宣伝、イベントなど、さまざまな仕事を経験しました。
後半にはマネージャーとして、業務管理だけでなく、スタッフの管理や育成採用にも携わりました。
最初から仕事がうまくできたわけではありません。
むしろ、最初はまったくうまくいきませんでした。
そんな自分を根気よく私の強みを、先輩が引き出してくれました。
そこからは、必死な気持ちで行動し、
少しずつ仕事のやりがいや、楽しさを感じられるようになっていきました。
そして、役割も増え、後半には肩書も持たせてもらいました。
振り返れば、
仕事を通じて多くの人と出会い、自分自身も成長できた25年間だったと思います。
▫️ 20年も同じ会社にいた理由
私はその会社に20年間いました。
今振り返っても、
「なぜ20年もいたのだろう」
と思います。
でも、理由はたくさんありました。
収入が安定していた。
人間関係も良かった。
会社への愛着もありました。
スタッフやアーティストのことも好きでした。
そして何より、音楽が好きだった。
好きな音楽に毎日関われる。
音楽に関わる人たちと仕事ができる。
その環境そのものが好きでした。
人間関係も、最初から良かったわけではありません。
長く一緒に仕事をする中で、少しずつ関係を築いていった。
継続してきたからこそできた関係もありました。
だから、
「音楽と、仕事に関わる人が好きだった」
というのが、20年いた理由として一番大きかったのだと思います。
40代半ばまでは、転職する必要性も感じていませんでした。
むしろ、このままここで仕事を続けていくのだろうと思っていました。
▫️ 仕事はできていた。でも、その先が見えなくなった
そんな自分に変化が出てきたのは、40代半ば頃でした。
会社が、人員整理を数年かけて進めようとしていました。
もちろん、それだけが理由ではありません。
年齢とともに、自分に求められるものも変わってきました。
役割も変わる。
肩書も変わる。
周りから求められることも変わる。
そして、業界そのものも変わっていきました。
世の中の音楽の楽しみ方が変わる。
それに合わせて、業界も変わっていく。
自分も変わらなければいけない。
でも、
「では、自分は何を身につければいいのだろう」
ということが、だんだん分からなくなっていきました。
仕事そのものは、できていました。
長く経験してきたので、仕事を回すこともできる。
周囲との関係もある。
役割もある。
それでも、
「この先、自分はどうなるんだろう」
という感覚が消えませんでした。
業界の先輩たちを見てきたので、ある程度その先も想像できました。
「自分もこの先、同じようになれるのだろうか? 同じようになっていいのか?」
という違和感も出てきたのです。
今の仕事が嫌なわけではない。
会社が嫌いなわけでもない。
音楽が嫌いになったわけでもない。
それでも、
「このまま続けていった先にいる自分」を想像すると、しっくりこない。
それが、私にとっての「先が見えない」という感覚でした。
▫️ 3〜4年悩んで、50歳を目前に決めたこと
すぐに辞めたわけではありません。
40代半ばから、3〜4年くらい悩み続けました。
今いる会社を離れるのか。
それとも、このまま残るのか。
同じ業界に残るのか。
それとも、新しいことに挑戦するのか。
そして、もちろん生活のことも考えました。
これまで得てきた収入をどうするのか。
今まで築いてきた人間関係をどうするのか。
20年間いた会社への愛着もありました。
だから、簡単には決められませんでした。
最終的に辞めると決めてからも、実際に離れるまで約半年かかりました。
その間、家族には相談しました。
一方で、上司や同僚には相談しませんでした。
自分の中では、
「今いる会社を辞める」
と決めた時点で、その決断が誰かに相談することで変わることはないと思っていたからです。
それだけ、当時いた会社への愛着が強かったのだと思います。
最後まで悩みました。
でも、あるとき、
「会社に残ったとしても、この悩みは続くのではないか」
と思いました。
そして、50歳を目前にして、
「だったら、動こう」
と決めました。
▫️ 離れた直後も、音楽への未練は残っていた
離れた直後に感じたのは、
「これで終わったんだな」
という感覚でした。
ホッとした気持ちもありました。
一方で、不安もありました。
これまでの収入はどうなるのか。
これから何をするのか。
同じ業界に残るのか。
新しいことに挑戦するのか。
何もかもが決まっていたわけではありません。
次に向かうことで精一杯でした。
それでも、前の業界のことを完全に忘れることはできませんでした。
スタッフやアーティストの様子を耳にすると、今でも思い出します。
離れて3年になりますが、それは今も変わりません。
でも、「辞めなければよかった」と思ったことはありません。
「好きだった場所を離れたんだな」
という感覚は、今でも残っています。
▫️ 3年経った今、「好き」だけでは仕事を選ばなくなった
離れて3年。
今振り返ると、あのとき離れたことは、自分自身の成長と行動につながったと思っています。
新しい環境に身を置いたことで、これまでとは違うことを考えるようになりました。
そして今は、
「好きかどうか」
だけで仕事を選ばなくなりました。
もちろん、好きなことは大切です。
私自身、今でも音楽が好きです。
だからこそ、25年間続けることができたのだと思います。
でも、50代になった今は、
「この先、自分はどう行動していけるのか」
も考えるようになりました。
私にとって「先が見える」というのは、会社や組織の中でのポジションが見えることではありません。
肩書がなくても、
「自分」で自立していける。
そんな状態に近づいていくことです。
だから今は、5年、10年先を見ながら、そのために必要な行動を少しずつ始めています。
▫️ 好きな場所を離れるときに考えたこと
長く続けてきた仕事を離れるとき、
「好きか、嫌いか」
だけで考えると、私は決められませんでした。
好きだったからこそ、残りたい理由もたくさんあったからです。
それでも、
「この先の自分はどうなっているのか」
が見えなくなった。
そこから、少しずつ考え方が変わりました。
今の私は、仕事を選ぶとき、
「生活をどう維持するか」
と、
「自分がこれからどう行動していけるか」
の両方を見るようになりました。
好きな仕事を続けることも、一つの選択。
好きな仕事から離れることも、一つの選択。
大切なのは、どちらが正しいかではなく、
自分は何を見て、その選択をするのか。
私は25年いた業界を離れるとき、
「好きかどうか」だけではなく
その先にいる自分を見ようとしていました。
そして今も、まだその途中です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
