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ハゲ家系

    まごう方なきハゲ家系である。

    父はハゲていたし、父の兄弟もハゲていた。早逝した祖父も長く生きたらきっとハゲたに違いない。

    ただひとりフサフサだった叔父は、幼少期に養子に出されたことがあると聞いた。こうなると、もはや呪いに近い。

    ハゲる覚悟を決めて生きてきたが、なかなかハゲずに40歳になった。

    「ここまでくれば、もう良いかな」と思ってしまった。

    宿命はその瞬間を見逃さなかった。

    自宅マンションのエレベーターにはモニターがついていて、防犯カメラの映像が映し出されている。ある日、そこそこのハゲが写っていた。私であった。

    私は焦った。慌てた。覚悟なんて全くできていなかった。すぐに育毛剤を買った。毎日つけた。毎日鏡をみた。そこそこのハゲが写っていた。

    上司との面談があった。特に話すこともなかったので、この話をした。普段ニヤけている彼が、珍しく真剣な顔をして言った。

    「リアップの一番高いやつを買った方が良い。それも、今すぐに」

    「実は、俺もリアップで復活したんだ」

    そう付け足すと、いつもの柔和な表情に戻った。

    すぐに買った。安くはないが躊躇している暇はなかった。規定量の倍つけた。まとめ買いをしたリアップが恐ろしいスピードで空になっていった。

    12本目が無くなろうとしていた。鏡には、フサフサどころか剛毛になった私が写っていた。動悸が激しくなった。おそらく副作用だろう。それでも、私はリアップをつけ続ける。家系の呪いを断ち切るため。

    小さいころ、父がハゲていることが恥ずかしかった。

    祖父と孫ほど歳が離れていたので、買い物に行くと「優しいおじいちゃんだねぇ」と良く声をかけられた。

    せめて髪の毛があればもっと若く見えるのにと、父を責めて何度も泣いた。

    ある日、家に帰るとフサフサの父がそこにいた。私はびっくりしてまた泣いた。

    髪がある姿を見たのは、それが最初で最後だった。しばらくして、授業参観に来た父はベレー帽を被っていた。

    父の葬儀のあと、荷物を整理していたら立派な箱に入ったカツラを見つけた。

    今度は泣かなかった。

     
     
     
    新規事業開発とPMIに携わる40代サラリーマン。ストレス耐性と声は高め。数奇な幼少期と濃すぎる青春時代を織り交ぜながら、新規事業開発、会社経営、海外出張、教育、コーヒーなどについて、記憶の断片を書いています。アクセントに屁やウンコなども散りばめています。全て実話です。

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