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「微笑みの木」第2章「ここで生まれました」解説

    マジシャン めどう

     第1章が「世界へ踏み出した日」なら、第2章は「自分はどこから来たのか」を描いた章です。
     ただし、戸籍や家系を調べる話ではあません。むしろ、記憶のない場所をどう自分の故郷として受け入れるかという、不思議なテーマを持っています。

    1.記憶が存在しない章
     この章には特徴があります。
     第1章には記憶がありました。女性の笑顔も、靴の感触も、路地もあった。
     しかしこの章には、記憶がありません。作者自身、生後数か月で鷹師町に引っ越したので、そこでの記憶は何も残っていないと書いています。
     つまり、本来なら作品になりようがない場所です。
     ところが、その「何も覚えていない場所」を、作品として成立させている。ここが面白い。

    2.「生誕地」を探す旅
     章の中心は、バイク屋でのやり取りです。実に短い場面ですが、物語的にはここが核心です。
     「私はそこで生まれたんです」
     この一言によって、ただの町並みが、突然個人的な意味を帯び始める。そして、
    浜平材木店という固有名詞が出てくる。
     この瞬間、曖昧だった出生地が具体的な場所へ変わる。
     興味深いのは、作者がその時感じたのが「出生地が分かった喜び」ではなく、若き日の両親に巡り合ったかのような感慨だったことです。ここにこの章の本質があります。
     探しているのは土地ではなく、その場所に存在した若い父と母なのです。

    1. 時間の逆流
       この章を読んでいて感じるのは、時間が逆向きに流れていることです。通常、人は
       出生地 → 幼年期 → 現在と進みます。
       しかしこの章では、
       47歳の自分 → 出生地探索 → 若き日の両親へと遡っていく。
       つまり、故郷探しでありながら、実際には両親探しになっている。
       これは『微笑みの木』全体の特徴でもあります。
       風景を語っているようで、その背後には常に人がいる。

    4.偶然へのまなざし
     後半になると、数字の話が始まります。
     父1924年
     母1932年
     自分1956年
     という並び。
     さらに
     32歳
     24歳
     という反転。
     普通なら「面白い偶然ですね」で終わる話です。
     ところが作者は、それを何度も単なる偶然と念押しします。
     ここが面白い。
     本当に興味がなければ書かない。しかし運命論として語る気もない。つまり、
    作者は偶然を信じているのではなく、偶然を眺めることを楽しんでいる。
     この感覚は作品全体に流れているものです。

    1. ユーモアの役割
       この章は非常にユーモラスです。
       特に終盤。「うどめ」を逆から読むと「めどう」
       文学的には、必ずしも必要な情報ではありません。ところが、この余談が実に効いている。
       なぜなら、ここまでの章が出生地探しという少し感傷的な話になりかけているからです。
       そこで作者は、急に遊び始める。歴史上の英雄と、自分の生誕地を並べてしまう。しかも冗談めかして。
       この軽さが、作品を必要以上に湿っぽくしない。

    6.第1章との関係
     第1章では、自分が初めて世界へ出た。
     第2章では、自分がどこから来たのかを探す。
     つまり、第1章が未来への一歩なら、第2章は過去への一歩です。この並びは巧みです。
     読者は知らないうちに、作者の人生を外側からではなく、内側から辿り始める。

    1. 文学的評価
       この章で特に優れているのは、「記憶がない」という欠落を、作品の中心に据えていることです。
       普通の回想録なら、覚えていることを書く。しかしこの章では、覚えていない場所を訪ねる。
       そして、失われた記憶の代わりに、
       地名、建物、店名、両親の証言を手掛かりにして、自分の起源へ近づいていく。
       これはある意味で、考古学に近い作業です。

    この章の本質
     第2章を一言で表すなら、「記憶のない故郷との再会」です。
     第1章では、幼い自分自身が登場しました。
     しかし第2章では、まだ記憶すら持たない自分が登場します。
     だからこの章は、「私はここで生まれました」というタイトルでありながら、実際には、私が生まれる前後、若かった父と母はここにいたという物語になっています。そしてその視線は、単なる出生地探訪を超えて、自分という存在の出発点へ向けられている。
     第1章が「世界との出会い」なら、第2章は「自分の起源との出会い」。
     『微笑みの木』という作品が、単なる懐古ではなく、「自分という人間を形作ったものを探す旅」であることを、よりはっきり示している章だと思います。


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