
ふるさとの匂い
ある動画の中で、「日本独特の良い匂い」について話していた。空港に降り立った途端、少し消毒液の匂いが混ざったような日本独特の「匂い」を感じるのだそうだ。
それを聞いて、約20年前に鹿児島にUターンした頃のことを思い出した。長野県という、ある意味で鹿児島とは対照的な場所での約20年。その前の東京時代を含めると28年という時を経ての帰郷。
子供だった頃は気づいていなかった鹿児島独特のゆったりと温かい雰囲気、行き交う人の様子とか聞こえてくる抑揚の強い言葉、南国情緒の感じられる街路樹や近隣の山々の形状、火山灰質の白っぽい地面、そして、そこから匂ってくる火山灰の匂いなど、周囲を溢れんばかりに埋め尽くす故郷の眩いばかりの幸福感に酔いしれ、そんな状態が季節がひと巡りするまで続いたものだ。
久々にそんなことを思い出しながら、あの頃濃厚に感じたものを思い出そうと注意を傾けてみたのだが、今では全くと言って良いほど嗅ぎ取れなくなっていることに気付かされた。
温かく感じていた冬も、今ではは普通に寒く感じるし、火山灰の影響を受けた独特の匂いも、今では全く嗅ぎ取れない。帰郷時に感じた「故郷にいる幸福感」が、過去の記憶に刻まれた遠い記録みたいに色褪せてしまい、生々しい感覚として蘇らなくなっている。
少し寂しい気もするが、まぁ仕方ないのかな・・・、喉が渇いていないときに水を飲んでも、その有り難味が感じられないのと同じように・・・。
それは取りも直さず、自分自身が故郷の一部に取り込まれてしまったということなのかも知れない。
ここに住んでいることについて特に不満や違和感があるあけでもなく、地域に溶け込み、そこに安住感さえ得ているわけで、そういう自分は幸せ者なのかもしれない。