
コーヒーを淹れる
1995年5月。
その頃、僕は長野県上田市に住んでいた。三十九歳。今よりずっと若くて元気だった。音楽制作とピアノ指導の仕事も充実しており、日々の生活を楽しんでいた。
以下は、そんなある日のひと時を書き記したものである。
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昨夜は、仕事で帰宅が遅くなり、深夜零時を過ぎていた。
いつもより遅めの朝を迎え、本日昼過ぎまでフリータイム。久しぶりにジャズを聴きまくりたくなった。
予定していた雑事は、全て中止。
連絡文も書かず、音楽書も読まず、洗濯も掃除も、な~んにもしないで、ひたすらジャズのCDを聴くのだ。コーヒーを飲みながら気分良く。
一人分の粉をペーパーフィルターに乗せ、湧きたての湯を注ぐ。
コーヒーに特別凝ったことはない。特別な器具類は一切無し。もっぱらシンプルなカリタ式。これが簡単で良い。
飲むたびに豆を挽くのは面倒なので、缶に入った挽き売りの粉を利用している。
まず、少量のお湯で湿し、三十秒ほど待って一気に注ぐ。これが、ペーパーフィルターを使う場合の最上の方法だと信じている。まだ学生だった頃、雑誌の片すみにそう書いてあった。
ちょっと前まで、モカが一番好きだった。苦みが少なくて適度な酸味があり、ブラックで飲むのに適している。
昨年の暮れ、もっと好きな豆が出現した。ピアノの生徒さんから貰ったもの。
コーヒーの生豆と皮の間には、メラードという甘未成分があるのだそうで、これが特に多いものの中には、脱穀した後も茶色の皮膜として残るものがあり、チョコレートのような香りを放つ。そういう豆ばかりを集めたものを《カフェ・ショコラーダ》と呼ぶ。
これが今のところ一番好きだ。
チョロチョロと音を立てコーヒーが落ち、香ばしい香りが漂う幸福なひととき。
僕はキッチンに立ったまま、サーバーをぼんやりと見ている。隣の部屋にあるオーディオセットに大西順子トリオのCDが掛けっ放しになっていて、ドア越しにその音が聞こえてくる。左肩の後ろから、冷蔵庫の冷却装置が、ブーンという微かなノイズを出し続けている。
それら微弱音に混ざって、微かに歌声が聞こえるような気がする。
一瞬の錯覚かと思ったが、外から聞こえる木々のざわめきやクルマなど、種々の環境音に混ざって、たまにはっきり聞こえてくる。風向きに左右されるのだろうか?
ゆらゆらと立ちのぼる湯気を見ながら、聞くともなくぼんやりと聞いていると、絞り上げるような声で、音程が揺れ動いている。
誰が歌ってるんだろう?
一生懸命歌ってるみたいだけど、なんだか無駄に力んでいるみたいで、滑稽味さえ感じられる。
どこからともなく風に運ばれてくる、その微かな響きが、のどかで退屈な気分を呼び起こす。
アルミ製の白いヤカンが、ふと目に入る。
あ・・・、これだ。
歌声なんかじゃない。火を消した後、ヤカンが収縮し始め、それによって微かな振動音が発生していたのだ。聞きようによっては日との声そっくりな音を・・・。
向きを変えてやると、その音は止まった。
そのヤカンが、何だかひょうきんに見えてきた。人が一生懸命に歌う声を真似る愉快なヤツ。
耳を澄ますと、様々な音が聞こえてくる。スズメの囀り、犬の吠える声、クルマの通り過ぎる音、物売りのクルマが撒き散らす声。遠方からの様々な環境音が、幾重にも重なって聞こえてくる。
おや…、またあの声だ…。
雑多な音に混ざって、さっき聞こえていたあの声が、また聞こえてきた。今は静かになったヤカンが出していたノイズにそっくりだ。
ヤカンのつぶやきの背後に見え隠れしながら、やっぱり歌声が聞こえていたのだ。電話機から漏れているような、微かな歌声。
ビブラートがかかっている。長二度にも達しようかという、振幅の広いものだ。どこかでラジオを点けているらしい。
歌詞までは聞き取れていなかったのだが、そのうち聞いたことのあるメロディーに乗っかって、「こ~おべ~」と、ゆっくりと発音される声が聴き取れた。
神戸…、あ、これ、聞いたことがある。知っている歌手だ。
誰だっけ…。ええと…、
そうだ! あの何だか間が抜けたような感じの男がいる歌謡グループ…。
わかった。クールファイブだ。
窓を開けると、音源が判明した。
路地を挟んで、プレハブの工場が建っている。そこだ。
思ったよりもずっと近かった。工場というより作業場。中が見えたわけではないが、二人か、せいぜい三人。ラジオを聞きながら手作業をしている気配。
さてと、コーヒーが入った。
リスニングルームに戻って、この一杯を飲みながら、大西順子の『Wow』を、もう一度始めから聴くのだ。それからゴンサロ・ルバルカバの新譜を聴いて、その次は、キース・ジャレットだ!
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まだ、その後の人生に無限の広がりを感じていた頃の、ゆったりとした安息の時が感じられ、読み返していて懐かしかった。今では、こういう感覚はない。
書き残した文章を読んでいると、その時の気分がそのまま蘇る。
「あの頃に戻りたい」とは思わない。でも、書いておいて良かったと思う。だから、僕は書き続ける。